26.快楽
クリムソンが見張り2人の背後に一瞬で近づくと、音もなく、彼らが倒れていく。
クリムソンが消音を使い、至近距離で毒を首に打ち込んだのだろう。あっという間に腐った死体のできあがりだ。
「あ、私の肉……」
私の肉……また食べれる肉が、減った。
近くの木の影に身を潜めながらしゅん、と項垂れていると
「なにちょっと凹んでるんだ。早く行くぞ」
戻ってきたクリムソンが呆れたように声を掛けてきた。スタスタと歩いていく背中に、ちょっと涙目になりながらついていく。
私たちはあれからしばらく歩いて、盗賊団のねぐらにたどり着いていた。
前回遭遇した盗賊団の洞窟とは違い、7、8件くらいのまとまった空き家を拠点にしているようだ。小さな集落のようにも見える。その空き家と周辺の土地は随分傷んで荒れていて、以前の住民に放棄されて廃墟になったところを盗賊に利用されてしまったのだろう。
これは……前の洞窟のように出入口が1つって訳では無さそうだし、普通に考えたら2人では荷が重いかもな。不意打ちや討ち漏らしのリスクが高まる。
「さて、どうする? 私1人でやってもいいが、せっかくなのでお前の手腕も見ておきたいな」
「1人じゃ流石にこの規模は厳しいんじゃないですか?」
「何を言っている。闇魔法と消音で視覚と聴覚も効かない状態にできるうえに、毒スキルである程度は距離があっても攻撃できる。気配察知で残党狩りも余裕だ。一匹残らず対処できる」
まあ確かに……
クリムソンはスピードもあるし、単純にそこら辺の盗賊がいくら束になったところで敵わないのだろう。
「じゃ、いきますかぁ……!」
興奮で語尾がうわずる。
落ち着かなくては。これから命のやりとりをしに行くのだから。
まず……
端からひとつひとつ全部潰していくのもめんどくさいし、奥のデカい家からでいいや。多分そこに盗賊の頭がいるだろうから。
とっとと拘束して無力化して全部吐かせればいい。頭に逃げられるのが1番困る。
ということで、
ゆっくりのんびり歩きながら大きい家に向かう。ふらふら、ふらふらと呑気に進んでいく。ふふふ。なんかいい天気だし、お散歩みたいで楽しくなってきちゃった。
が、道中そんなに平和にはいかない。
「お前何者だ!!誰の許可を得てここにいる!!」
目の前に薄汚れた男が立ち塞がった。そのセリフを聞いて興味を引かれたのか、近くにいた人間たちも3人ほど寄ってくる。
4人の男に半ば取り囲まれるように立たれてしまった。
「めんどくさ……」
ボソッと呟く。ちょっとほっといてくれないかなー。
今目的地に向かってる最中なんだから邪魔しないでよ……
こんな状況で面倒くさいという感想が出てくるなんて、非力な女であった以前の私には有り得なかっただろう。
この殺伐とした空気に、早くも適応してきたということだろうか。
「なんか言ったか?」
「うるさいなあ……門番が通してくれたんだからよくない?そういう事だよ」
何かそれっぽい事を言ったら都合のいい解釈をしてくれないかなーと思いつつ、そういう事だよ、なんて適当に受け答えてみる。
「ああ?客か?」
「なーんてね」
パァン!!
とぼけた顔をした男の頭が吹き飛んだ。
パン、パン、パン!!
それと残りの3人の頭もリズム良く吹き飛んだ。
ふふ。
ぐちゃあ……ってなった脳みそと鮮紅色の血液がすごく綺麗。
ふふ。
あ、
あ、
あ、
すっごく綺麗。
なんだ!? と辺りがザワつく。
残念ながら余韻に浸っている暇はなさそうだ。
視界に入る範囲を歩いていたり、建物から顔を出したりした全員をすばやく鑑定していく。
間違って捕らえられた人間を殺してしまっては良くないので、一応、鑑定で確認しようと思ったのだ。状態や称号などでちょっとは判断の参考になるかもしれない。
---ステータス---
【個体名】二グル
【年齢】23
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】威圧 逃走
【称号】泥棒
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---ステータス---
【個体名】ジリ
【年齢】16
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】大声
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---ステータス---
【個体名】ソン
【年齢】19
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】料理 怪力
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---ステータス---
【個体名】フリル
【年齢】19
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】腕力強化 味覚強化
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---ステータス---
【個体名】ケリス
【年齢】21
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】信用
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んー、最初のやつは明らかにアウトだとして、他は決め手に欠けるな。
「冒険者でーす! 助けに来ましたー!」
どうせ治癒の破裂音で隠密行動はできないのだし、大声で叫んでみる。これで敵意を向けるような反応をしてきたら盗賊とみなす。
捕らえられている人達はちょっと安心してくれたらいいんだけど。
叫んだことで明らかに私は敵だと認識されたようで、辺りが一気に殺気に包まれる。結局、今鑑定したやつらは全員が盗賊っぽいな。
盗賊たちはそれなりに慣れた手つきで弓を構えたり槍を構えたりしているが、それが私の視界に入った瞬間に殺されていく。
殺されて、殺されて、殺されていく。
パン、パン、と子気味良い音を立てながら。
少し離れたところでは、クリムソンが逃げる盗賊を瞬殺しているのが見えた。
どんどん村が赤に染まっていく。
それはそれは鮮やかで、その光景を無意識的に目に焼き付けていく。
折れて朽ちかけた木に染み込んだ血液や、なんとも言えない表情で、目を剥いて倒れている人間たち。死ぬ……! と、強烈に悟った生物の目。
あまりにも、あまりにも、美しくて。
いや、あまりにも、それは、官能的で、
思わずふるふると体に痺れが走った。