25.共犯者
「っく……!!」
そう呻き声を上げたのはクリムソンだった。
私の耳は、その声をたしかに聞くことができた。私は、生きている。
クリムソンはそのまま後ろに飛ぶと、ズサッと音を立てて着地し、腕を抑えながらこちらを睨みつけた。
ははっ、と勝ち誇った気持ちで笑いたくなったが、首が痛くてそれは叶わなかった。急いで、溢れるように血を流す自分の首に治癒を施す。
「あ、あー」
うん、声を出してもちょっと動かしても痛くない。ちゃんと治癒できたみたいだ。
やるじゃん私の治癒。
「なんだ今のは……この緑色の光は治癒、か……?」
クリムソンが腕を抑えて止血しようとしている。しかし、破裂した断面はぐちゃぐちゃで上手く抑えられていない。
痛みゆえなのか、何か考えがあるのか、攻撃は仕掛けてこない。牽制するようにこちらを睨みつけて、その場から動かないままだ。
「痛いですか?」
わざとクリムソンに聞いてみる。痛いに決まってるのに。
明らかに自分よりも格上と感じられる相手に大怪我を負わせたこと、この一手においては勝利したこと、私はその愉悦に浸っていた。
「お前……いいから一旦落ち着け……」
クリムソンが何か言っている。
だが、極力、実力を隠したいと思っていたのに治癒の能力を知られてしまった。それに加え、食人鬼のことも知られている。どこかに情報が漏れて権力に取り込まれるとか、処罰されるとかする前に、やはりこいつは殺すしかない。
自身の身の安全のために、心の安定のために、手段は選ばない。私を脅かす可能性のあるものは、迷わず排除する。
さて……
ち……
(アカ!!!!)
治癒、と心の中で言いかけたところで、大声で、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。いや。これはテレパシーだ。
あまりに強い声が脳内に響き、脳が揺れるような感覚がした。私は思わず治癒をかけ損ねる。……また中断させられたか。
「とりあえず落ち着け。食人鬼について誰かに口外するつもりは無い。私も同じ食人鬼持ちな以上、そこから何か掴まれるとも限らん。だから、攻撃をやめろ」
クリムソンが諭すように言ってくる。
「そんなの、信用できません。ここであなたを殺してしまった方が余程安全です」
「本当にそう思うか?」
「はい」
クリムソンが何をもってそう問いかけたのかは分からなかったが、私は迷わず返事をした。
「よく考えろ。私は、そこに倒れている盗賊たちとは違う。それなりに名前も知られている。身分のある者からの依頼も多く受けている。」
「だからなんだというのですか?」
「私はそのような、武力を必要とする身分の高い人間にとって重要な駒だ。その私が殺されたと知れば……お前には追っ手がかかるぞ。いくら私に一撃を与えられる力があるとはいえ、何日も襲撃に耐え、逃げ続けるのは大変だろう。今日、一緒に冒険者ギルドを出たところは見られているのだから、間違いなくそうなるぞ」
「……」
確かにそうかもしれない。
私は元々運動が得意ではないし、不意打ちに反応する反射神経もない。毎日毎日、追っ手のことを気にしながら過ごすというのも、心の安定を保つ上では障害になるだろう。
いっそ、クリムソンは盗賊団に殺されたことにしようか。いや、無理だ。クリムソンは「クロ」の二つ名を知らないものは居ないほど、腕の立つ冒険者として有名だ。そんな「クロ」がただの盗賊団に殺されたというのは不自然すぎる。
引くしかない……?
「ここまで言って理屈をこねれば、お前は納得するか? そもそも、最初からお前のことをどうこうするつもりは無いのだ。同類なのだから。くだらぬ正義感を働かせて傭兵に差し出そうとも思っていない。少しは信用してくれないか」
クリムソンが困ったような、呆れたような顔で言う。
「……わかりました。あなたの事は殺さないでおいてあげます。でも、捕まったらあなたのことも言いますから。1人だけ無事とは思わないでください」
「なるほど。共犯者という訳だ」
「そういうことです」
正直、クリムソンと違って知名度も後ろ盾もない私が、捉えられた時に何を言おうが取り合って貰えない可能性もある。しかし、クリムソンの言う通り、少しは信じてみてもいいのかもしれない。
殺したところで追われ続けるのも嫌だし。
「クリムソン、少しこちらに来てください」
「なんだ?」
少し警戒しながらも、こちらにゆっくりと向かってくる。失血からか、少しふらついているようだ。
クリムソンは私の周りの何も無い空間を探るように見ている。もしかしたら気配察知で感情を読み取ろうとしているのかもしれない。
殺意は消えているはずだけどな。
適当な距離に来たところで、治癒。腕を治してあげた。
「ほう、信用してくれたか?」
クリムソンが少し安心したような声色で問いかける
「まあ、少しは」
「これは……腕が完璧に再生している。類まれなる治癒の技術だな。教会に行けば聖女だなんだと祀りあげられそうだ。お前、何者だ? なかなか面白いやつだな」
まじまじと自分の腕を見て、クリムソンは驚いたようにそう口にしていた。あまり私に興味を持って欲しくないのだが。
「このまま依頼を続けますか?それとも、街に戻りますか? 別に私1人でも盗賊団くらい何とかなりますし、殺されかけた人間と一緒に居たくないでしょう?」
「いや、このままお前と、依頼は続行する」
「え?」
予想外の返答に理解が追いつかない。そのままクリムソンは話し続ける。
「なんというか妙な気配といい、先程の治癒……と似た攻撃のことといい、お前には何かと気になる点が多いからな。それに、ただの冒険者ではありえないレベルの治癒能力……このまま離れるには惜しい。少し観察させてもらうぞ」
「い、いや、殺されかけたんですよ?怖くないんですか?」
「何を言っている。あの一手は譲ったが、あの後、油断したお前にいくらでもとどめを刺す機会はあったのだぞ?本気を出せば私に勝てる相手などいない」
いや自信満々ですね!?
いや、確かに治癒がなければあの時死んでいたのは私の方だが……
「恐れ入ったわ……」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもないです……」
「それに、共犯者というものはそう簡単に離れないものだろう」
クリムソンがなにか小声で言っていたが、よく聞き取れなかった。