24.お前は殺す
「どうだ、これが私の毒スキルだ。素晴らしいだろう?こうして身体を急激に腐敗させる毒を飛ばし、攻撃する」
そう言ってクリムソンは、指先から紫色の針のようなものを自慢げに飛ばして見せる。その先にあった死体の腕が更に腐敗して異臭を放った。
「もしかして、あの闇の中でその毒を飛ばして一気に盗賊たちを片付けたんですか?」
「ああ、そうだ。」
辺りを見回すと、その針が当たったと思われる頭や首、心臓の当たりなどは特に腐敗が進んでいる。1人を除いて全員の急所に当たっている。物凄い命中率だ。
「あの猛スピードで走りながら、一瞬も止まらずに、急所に毒を飛ばして攻撃したんですか?」
「そうだ。闇魔法で視界を奪い、音も立てずに攻撃するとなれば、相手は反応できないのだ。難しいことは無い。それに、使った魔法は意識しない限り使用者に作用しない。闇魔法を使っても私は視界が明るいままだ」
「へえ……便利なものですね」
しかし、そうだとしても、走り抜けながら攻撃を当てるというのは相当難しいはずだ。クリムソンの戦闘技術が卓越していることに変わりはないだろう。
するとクリムソンが、1人だけ急所から遠い場所に攻撃が当たっていた死体の方へ歩いていく。急所に当てられなかったのが悔しかったのだろうか、しゃがんで死体の様子を確認している。あ、今、目を抉り出したな。
「見てみろ、この眼球。黒目が綺麗な円だろう?」
クリムソンはそう言って、眼球をつまみ上げると、黒目の方を私に向けて目の前に差し出した。
「わっ!?い、いきなり死体の目を近づけないでください!」
流石にぎょっとした。
でもたしかに、その黒目は生物には似つかわしくないと思えるほど、コンパスで書いたような無機物的な正円をしている。
まだ眼球まで毒が回りきっていなかったようで、キラキラして綺麗だ。
しばらく、クリムソンは死体の眼球を惚れ惚れと眺めていた。
「ふぅ……」
クリムソンは少し悲しそうな顔をすると、
ちゅるっ。
眼球にキスをした。
ちゅるっ。
そのまま軽く歯で噛んで、吸うようにして口に含む。
少しの間、なんとも言えない表情で眼球を頬張っていたクリムソンは、私に見えないように顔を背けてぷっとそれを吐き出した。
「…………それ、腐って?」
「いや、大丈夫だ。顔から遠いところに毒を打ったから」
「あ、やっぱりわざとですよね……」
ですよねー。この男に限って1人だけ急所を外すとかないよねー。
「ほら」
そう言ってクリムソンは、私に見せるようにして、ナイフでサクッと腐敗した肉体の一部を切った。その瞬間、断面からふわっと甘い匂いが香る。
「ほう……この匂いは……悪くないです。表面は少し腐ってたのに中はそこまで腐ってないんですね」
この匂い、やっぱり好きだ。この、切った瞬間に香るのが良い。
「やっとお前も良さを理解したか」
「でも、クリムソン、私は肉は新鮮なのが1番だと思うんですよ。切り取ってすぐが至高!!」
うーん、やっぱり腐敗臭の中で食べる肉より新鮮な方がいいよ。
「私も以前は新鮮な肉がいいと思っていたが、今はこちらの匂いの方が好きだな。腐っているからその部分は食べられないが」
ふっ……お前と私はやはり相容れないようだな。
「ところでお前、食人鬼持ちか」
突然、なんでもない事のようにクリムソンがそう言った。
「は……?」
その言葉を、肯定も否定も出来ないまま間抜けな声がでた。
「切り取ってすぐが至高、とか言うあたり人肉を食べたことがあるのだろう?私が眼球を口にしたときも驚いていなかった」
やばい。
もうちょっとリアクションするべきだった。
「何を言ってるんですか。あなたと違ってそんな経験はありません。食用の肉の話です」
「嘘をついても無駄だ。気配察知でお前のことはある程度だが把握出来る。どことなく気配が似ていると思ったが、なるほど、こういうことか。同じ称号持ちだったのだな」
くっ……私とした事がうっかりしていた。新鮮な肉と腐肉の好みの違いがあるとはいえ、肉の良さについて話せる人間がいることが嬉しかったのだ。というか、あまりにもクリムソンが自然に切ったり食べたりするので口を滑らせてしまったーーー
治癒。
私は無言でクリムソンに攻撃を仕掛ける。
だが、クリムソンに直線に突っ込まれ目標を見失う。
ハッとして、避けようとした私は治癒を中断。
しかし、気がついた時には背後を取られ、クリムソンの腕に首を絞められていた。
「ぐぅっ…………食人鬼を知られた以上、生かして……は……おけない。お前は殺す。私の身の安全のた……めに」
「さっき助けて貰ったばかりの相手にその態度か?」
クリムソンが空いた片方の手でナイフを取り出そうとしている。首を絞めるよりも早く、確実に殺しに来ている。
このままでは首を切られる。
いや、首を切られても重大な器官が切れる前なら治せるかもしれない。そこまで考え終わると、
脳や心臓は狙っても一瞬で動きが止まらないかもしれない。だから、ナイフを持って首に近づいてくる腕を狙って。治癒。
パァン!
弾け飛ぶ。
血が顔にかかる。
しかし、首に耐え難い熱さが走った。