22.襲撃
どうしよう。せっかく盗賊団の殲滅依頼を受けることができたのに、余計なものが付いてきてしまった。人肉を食べるチャンスだと楽しみだったのに、このままではそれも叶わない……
「クリムソン、いくら私に興味があるからといって、わざわざついてくることはなかったんじゃないですか?」
「何を言っている。お前のその身のこなし、どう見ても戦闘に関しては初心者だろう。それなのにあの黄金の閃光がお前に依頼をしてきた。彼らはそこそこ実力のあるパーティーだ。そんなパーティーに頼られる駆け出し冒険者。気になるに決まっている」
そうは言ってもな……
はっきり言って本当についてきて欲しくなかったよ。クリムソンに人肉を食べているところを見られる訳にも行かないし、今回はお預けかなぁ。
嗚呼、私の肉……!
結局私は、あの後クリムソンに押し切られて、一緒に街を出てきてしまった。
お前の実力では盗賊団の殲滅などできない、このままだと死ぬぞと言われ、さらに報酬も何も要らないからついて行かせろとまで言われて断り切れなかったのだ。不本意ながら、2人仲良く街道を歩いている。
幸い、クリムソンには会話の前半は聞かれておらず、私が既に盗賊団を殲滅した経験があることは知られていないようで安心した。それにしても盗み聞きとは趣味が悪いな。今度からはもう少し注意して会話するようにしよう。
「それにな、私は、単に気になるからついてきただけではない。黄金の閃光はお前の実力を買って依頼したのかもしれないが、駆け出し冒険者に盗賊団の殲滅をさせるなんて、さすがに危険だ。私が居ればお前が怪我 することもないし、死ぬことも無い。私なら、お前を守れる」
「へえ……」
思いがけず真剣な声色に驚いた。振り返ると、私を真っ直ぐに見つめている。失礼なやつには変わりないし、油断ならないやつではあるが、案外、人の心も持ち合わせていたらしい。
「ここじゃないですか? ギルドで聞いた情報によると、この木が目印だったはずです。ここから森に入って歩けば、おそらく人が行き来した痕跡か何か見つけられるでしょう」
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【名称】アラマト
白い実の成る木。
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うん、間違いない。アラマトは一般的にみんなが知っている木のようだったが、私は当然、名前と見た目が一致しないので、街道沿いの手前に生えている木を地道に鑑定しながら歩いていた。鑑定助かるわ。
アラマトは太い幹から放射状に伸びた枝が地面に向かって垂れ下がって、その枝から直接、クリスマスツリーに飾るオーナメントのようなまん丸い実が成っている不思議な木だ。さすがファンタジー。それにしても綺麗な木だな。
クリムソンとそこから2人で森に入り、しばらく茂みの中をザクザクと分け入って歩いていくと、私はふと立ち止まる。
「クリムソン、盗賊団のねぐらが近づいています。見てください。ここら辺、草が生い茂っていますが、よく見ると踏まれて何度も人が通った跡があります」
「ほう。良い目をしているな。ただの草むらとして見過ごしそうなところを」
クリムソンが、癖なのか、顎をクッと上げて私を見下ろしながら、関心したように言った。
周辺の地面には、根元を踏まれて地面に倒れている草が多かった。その上に踏まれなかった背の高い草が覆いかぶさっている。
そのせいで一見すると普通の草むらだが、今まで歩いてきた所と比べて中がすかすかしていたり、少し低くなっていたりして、よく見ると違和感に気がつけるのだ。
元の世界では田舎に住んでいたので、春と秋になると、たまに山の幸を頂きに近くの里山に入っていた。人の手も随分入ってコンクリートの道路もあったし、ここまで深い山には入ったことが無いが、人の通った跡くらいは見分けることができる。
まさか田舎暮らしがここで役に立つとは。
「まあ、田舎から来たのでね。ただ、踏みしめられて道になっているわけではないので、もう少し歩くとは思いますが」
「ああ、そうだな。黄金の閃光から聞いていた情報からしても、時間的にもう少し歩くはずだ。盗賊と出会う可能性もあるから気をつけろ」
それ、黄金の閃光が私に話してくれた情報なんだけどね。しっかり盗み聞きしやがって。
またしばらく歩くと、草が踏み潰されて道のようになってきた。
「もうそろそろですね」
「お前、後ろに下がれ。ここから先は私が前を歩く。背後から襲撃されても私ならなんとかできるが、目の前の視界が狭まるのは良くない」
そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど。とはいえ、クリムソンと違って気配察知も持っていないし、不意打ちに弱いのは確か。下手に実力を悟られたくもないし、視界の邪魔にならないように大人しく下がろう。
私達は警戒を強めながら、森の中を歩き続けた。
サクッ、サクッと地面を踏みしめる音と、さわさわと木々の擦れる音が響く。何かの魔物の声なのか、遠くから鳥のさえずりのようなものも聞こえてくる。かなり盗賊団のねぐらが近い事を予感して、もう会話は無くなっていた。
そのとき、目の前を歩くクリムソンの肩が、一瞬強ばった気がした。
シュッ――
斜め前の方向から、何かが私に向かって真っ直ぐ飛んできた。
それが矢だと認識した瞬間、私の視界はビロードのような黒に染まった。