21.同行者
「初依頼の達成、おめでとうございます」
そう言って笑う受付嬢から、私はスライムの討伐依頼の報酬である小銅貨10枚を受け取った。これで今夜の夕食代くらいにはなるかな。
「よお! 元気にやってるか?」
振り返ると、ちょうど夕飯を食べていた黄金の閃光のメンバーがいた。片手を上げて声を掛けてきたのはビスマスだ。
「はい、先程スライムを討伐してきたところです」
「あのアカさんがスライム討伐なんて似合わないな」
アゾさんが酒を片手に苦笑いする。
「そうね、1人で盗賊団を掃除しちゃったアカさんにスライムだなんて、似合わなすぎて笑っちゃうわね」
オーカーさんが愉快そうに尻尾を揺らして、いたずらっぽくこちらに目線を向けた。
「一応、駆け出し冒険者ですから。最初は簡単なものからいこうと思いまして」
それから私は夕食を注文して、黄金の閃光のみんなと一緒に食べた。これはうどん……かな? ちょっとプルプルした食感の謎麺と果実水だ。
「で、どうだ? 初めての依頼達成した気分は」
ビスマスさんがずいっと身を乗り出して聞いてくる。
「んー、正直物足りないと感じました。やっぱりもうちょっと楽しい依頼がいいです。盗賊の殲滅依頼、とか。また受けたいですね……」
「ほほーう?」
「これはこれは」
「決まりね」
黄金の閃光の3人が、何やら悪い笑みを浮かべて目配せした。
「な、なんですか……」
「あのなあ、実は、アカさんにピッタリの依頼があるんだ。街から少し離れた街道沿いに出没する盗賊団の殲滅依頼、興味ねえか?」
盗賊団の殲滅依頼……! 突然どうしたんだろう。何にせよ、また人肉を喰らうチャンス……! 緩みそうになった頬を、内心あわてて引き締める。
完璧にポーカーフェイスを貫き通した私は、ビスマスさんに冷静に質問を返す。
「興味はありますけど……なぜわざわざ私に依頼を紹介してくれるんですか?」
「実はな、その依頼、俺たちに来てた指名依頼なんだ。だが、今日ちょうど冒険者ギルドからワイバーンの群れを討伐するよう、腕のある冒険者には緊急招集がかかった。緊急招集ってのは滅多にあるもんじゃないんだが、魔物氾濫の予兆かもしれないっていうんで、今回、俺たちはほぼ強制的に行かなきゃならない」
えーとつまり?
「つまり、その盗賊団の殲滅依頼を後回しにしなくちゃいけなくなったんだ。でもそこそこの規模の盗賊団だから、あまり放置すると被害が拡大してしまう。そこでだ、実力はあるのに初心者として招集されなかった、アカさんに頼もうってわけよ!」
あー、なるほど。そういうことか。
「僕は昨日、君の身の安全のためにも実力は隠した方がいいとか言っていたけど、今回ばかりはなんとか頼みたい。今、自由に動ける実力のある冒険者はアカさんしかいないんだ。危険だと思ったら無理はしなくていい。ただ、悪い噂の絶えない盗賊団だ。 早くしないと最悪の事態も考えられる」
なんだか必死な様子でそう言うアゾさん。なんとか頼みたいとか、ここまで言うなんて何かあるのか?
「最悪の事態ってなんですか?」
「規模の大きな盗賊団には人が、とくに若い女が攫われてくることが多いのよ。あとは……言わなくても分かるでしょう?」
要するに、その女が犯されて殺されるってことだ。これは、確かに早く殲滅すべきだな。
「わかりました。その依頼、受けます」
「ほんとか! すまねえ! 俺たちもこれ以上被害が出ているのを放置しておくのは辛かったんだ。ありがとうな、アカさん!」
その後、指名依頼の依頼主に私の名前は出さないこと、報酬は前回と同じく私が全額受け取ることなどを話す。それから盗賊団の情報をいくつか聞いて、ギルドを後にした。やっぱり目立って面倒事に巻き込まれるのは御免だからな。名前は隠すに限る。依頼主への説明はアゾさんあたりが上手くやってくれるだろう。
旅立ちの宿に戻った私は、浄化で部屋と身体を綺麗にすると、気持ちよく眠りについた。
朝、鳥の声で目が覚めた。
「知らない天井だ」
2日目だから知らない天井ではないけど、やっぱりこれ言いたいよね。
外はまだ薄暗く、早朝特有の澄んだ空気が心地よい。間もなく3の鐘が聞こえてきたので、今は元の世界で言う6時くらいかな。
私は身支度を整え、屋台で朝食を済ませる。ついでに盗賊団を殲滅しに行く途中で食べる食料も買い揃えて、街を出る準備は完了だ。
んー、でもまだ出るには早いかな。なんとなくまたあの果実水が飲みたくなって、冒険者ギルドに寄ってみる。
すると、そこにはクリムソンがいた。前に見かけた席と同じ、ギルドの隅で1人座って何か飲んでいる。
「ほう、お前か」
話しかけられた。その瞬間、さっと私に目線が集まり、僅かにギルド内がざわつく。
「おい、あいつ『クロ』と知り合いか? この間入ったばかりの新人だろ?」
「昨日だってサップのことボコボコにしたって話だぜ。何者なんだろうな……」
「あの『クロ』と知り合いなんて只者じゃねえぜ。あんま関わんねえ方が身のためだ」
はあ……
なんか私まで『クロ』と同じ扱いにされてるんですけど。関わらない方が身のため、なんて女の子に言うセリフじゃない。
「あー、はい。私です。先日はどうも。ちょっと果実水でも飲もうかと思いましてね」
「そうか」
それで会話は終了した。クリムソンはもう、フードに深く隠れた顔をこちらに向けようとはしない。いきなり話しかけてきて、なんだったんだ……
果実水を飲んでほっと一息つくと、席を立つ。外を見れば、もう完全に明るくなって、街は活動を始めていた。さて、私もそろそろ行くか。
「ごちそうさまでした」
冒険者ギルドを出ようとしたその時、
「待て。私も行こう」
「は?」
「お前、これから盗賊の殲滅に行くのだろう。同行させてもらう」
…………………………えっ。
なんで知ってんの、とか、実力がバレたら困るとか、そもそも一緒に行動したくないとか、あれ、聞き間違いかなとか、一瞬で色々な思いが駆け巡ったが、
「えっ?」
理解が追いつかず、出てきたのはこの一言だけだった。