20.嘘のつき方
「スキルを知った訳じゃないですよ。お子さんの様子を見て、なんとなくです」
私は咄嗟に言い訳を考えて、思いつくまま口に出し始める。
考えろ、考えろ。
「息子さんの場合、最初は素手でスライムを殴っていましたから。その攻撃が効いていないようだったので、ならば剣を、と勧めたまでです」
うん、咄嗟に考えた割には結構自然な言い訳なんじゃないだろうか。一般的に素手より剣の方が攻撃力が高いイメージはあるはずだし。でも、シェンナ……魔法の場合はなんて言えばいいんだ……思いつかない。
そうして少し黙ってしまい、不自然に間ができる。
「なるほど。そういうことだったんですね。バーンの方はそれで納得できます。でも、シェンナは……魔法を使ったんです。ただの平民の子が、ですよ。そんなこと、有り得ないんです。それなのになぜ、魔法が使えるなんて発想ができたんですか?」
うう……どうしよう。突っ込む隙を与えてしまった。ここで誤魔化し損ねたら面倒なことになるな。冷静になれ、私。落ち着いて、堂々と。嘘も堂々と話せば真実に聞こえるものなのだから。
私は表面上は動揺している素振りなど微塵も見せず、ゆっくりと話し出す。
「まず、なぜその発想ができたか、それは、私が遠くの国からここに来たことに関係します。私がいた国では、身分がありませんでした。ただ、魔法が使える人と使えない人がいるだけで、そこに身分は関係がないのです」
私が遠くの国から来たこと、そこには身分が無いことも本当だ。嘘には少しの真実を織り交ぜて。
私は更に続ける。
「私は治癒が使えます。私の治癒は少し特殊で、治癒を使おうと意識をすると、その対象の人物の状態がなんとなく分かるんです。例えるなら、ちょうど病気を治すときに、どんな症状なのか、どこが悪いのか、その人の状態をよく観察するでしょう? それが魔法でできるイメージです」
良く考えれば全然関係ないことが分かるのに、例え話は一気に話をそれっぽくしてくれる。なぜか話が納得できるもののように聞こえてしまうのだ。実に便利。
「娘さんを遠くから見つけた時、スライムから逃げ回っていたので、怪我をしていたら治癒をかけようと思ったんです。そのときに娘さんの状態を見てみたら、微かに風の気配が感じられた気がしました。それで、もしかしたら、と思ったんです。
娘さんには、スライムを倒すために、絶対使える! なんて言ってしまいましたが、本当はそこまで風魔法を使える確信は無かったんですよ。それなのにスライムを一撃で倒してしまって、私も本当に驚きました。才能があるのかもしれませんね」
仕上げにおだてておけば完成。自分の娘を褒められて誇らしくない親はなかなかいないだろう。さあ、上手く誤魔化されてくれ。
「そんなに高度な治癒が使えるなんて……あなたはもしかして治癒師様だったんでしょうか? 疑ったりして申し訳ありません。お許しください」
ん? なんだ、急にへりくだって。私は治癒師でもないし、なるつもりもないんだけど。私の治癒はたまに治療のために使うことがあっても、あくまで攻撃用。世のため人のために生きてスキルを使うなんて柄じゃないからね。
「まあ、そんなところです」
とりあえず適当に話を合わせるか。元の世界でも医療関係者ってなんとなく社会的地位が高くて信用されてたし、この世界でも同じようなものかな。
「やはり、治癒師様でしたか。このたびは、子供たちを守ってくださりありがとうございました。本来なら成人するまで分からないはずのスキルまで教えていただいて…… 本当にありがとうございます」
母親はそう言って深々と頭を下げた。
なんだこれ。治癒師様って、どんだけ敬われるんだ。ただの職業名に対して反応が行き過ぎな気がする。何かあるのかな。後で黄金の閃光のみんなにでも聞いてみるか。
「そんな大した事してませんから。頭を上げてください」
私は柔らかく微笑み、同じく柔らかな声音で話しかける。頭を上げてください、なんて善人風ではないか。
「お気遣い感謝します、治癒師様」
母親はそう言って、少しこちらの顔色を伺うようにして頭を上げた。
「治癒師様なんてやめてくださいよ。アカって呼んでください。あ、私、そろそろ行きますね。みなさんもお夕飯の時間でしょう? お邪魔しちゃ申し訳ないですから」
「あら、すみませんね。今日は本当に、うちの子がお世話になりました。ありがとうございます、アカさん」
私が意識して明るく話すと、母親が笑顔を向けてくれた。上手く誤魔化されてくれたみたいだな。
それにしても治癒師ってだけでここまで態度が変わるのか。信用が厚いようだ。これから人肉を食べていくとすれば、いい隠れ蓑になってくれるかもしれない。冒険者ギルドに行けば、黄金の閃光に会えるだろうか。
私は歩き出した。
「「またね!!」」
後ろからバーンとシェンナの声が聞こえる。振り返れば、満面の笑みで大きく手を振る2人の姿が見えた。
「またね!」
私もにっこり笑って手を振り返す。
さあ、夕飯の時間だ。今日はスライムしか狩れなかったけど、近いうちに盗賊狩りもできるといいな。私は2人に背を向けて、口内にじゅわりと唾液を滲ませた。