19.母親
「どこ行ってたの……!」
そう言って、ぎゅう、と子供たちを抱きしめる母親。その声色には怖いくらいの愛情が滲み出ていて、私には少し狂気じみたものが感じられた。母親という生き物は皆こうなのだろうか。怖いな。
「「ごめんなさいー!!」」
うわぁーん、と泣きながら母親に抱きつくバーンとシェンナを、私はどこか冷めた気持ちで見ていた。店の奥には、ほっとした表情でこちらを見つめる父親の姿が見える。
バーンとシェンナの案内で、私は2人の家である「ポーション屋」の看板が出た店のへ来ていた。店の中にはたくさんの小瓶が並んでいる。
「それで……あなたはもしかして、冒険者さん?ここまでこの子たちを送ってきてくれたのかしら」
母親が私を見て言う。今のところ私に怒っている様子はない……でも、やはりキンキン声で怒鳴られるだろうか。でも、怖いけれど、ここは誤魔化さずに話そう。
バーンとシェンナはこの人の大切な子供だ。親の目が届かない場所で一緒にいた者として、その間の出来事はちゃんと伝えなければならない。そういう責任がある気がする。
「はい、私は駆け出し冒険者の鈴木アカといいます。スライムを討伐しに草原に出たところ、スライムと戦う2人を見かけて、今まで一緒に倒していたんです。2人もてっきり冒険者かと思ってこんな時間まで連れ回してしまい…… すみません。
私は最近遠くからここに来たばかりで、15歳にならないと冒険者になれないことも、子供だけで街を出てはいけなかったことも知らなかったんです。2人が教えてくれました。
そして、黙って家を出てきたことも聞いたので、それから直ぐに帰ってきて今に至ります。知らなかったとはいえ、言い訳にはなりません。本当にご心配お掛けしたと思います。申し訳ありませんでした」
私は深く頭を下げた。でも、やはり言い訳っぽくなってしまったかもしれない。責められるかな。どうしよう。
「あらあら、そうだったんですね。ずっと一緒にいてくださったの?」
私は頭の上から降ってきた明るい声に、恐る恐る顔を上げる。
「……はい。最初の方はわかりませんけど、ずっと一緒にいました」
「それはそれは、お世話になりました。ありがとうございます」
そうして柔らかく微笑みながら軽く頭を下げられる。……怒らないどころか感謝されるなんて。子供たちを犯罪や悪事に巻き込んだとか、怪しまれて疑われてもおかしくないと思っていたのに。拍子抜けだ。
「あの……怒らないんですか?」
私は思わず、これ以上怒られる危険があるのかどうか確認したくて、そして安心したくて尋ねた。
「怒るなんてとんでもないですよ。あなたがいなかったら草原で危険な目に遭っていたかもしれないし、街の中でも、この年代の子は人さらいに遭うことも多いんです。そういう危険から子供たちを守ってくれたんですよ。ありがとうございます」
「そう……ですか。ありがとうございます」
優しいんだな。ほっと力が抜ける。
前の世界では家に帰れば何かにつけて怒られてばかりだったのに。まあ、私が門限を守らなかったりトロいから悪いのだが。でも、本来なら疑われる余地が十分にある場面で、怒るのではなく状況を聞いて、信じて、お礼まで言ってくれるなんて。
母親という生き物の中には、こんな人もいるのか。私は少し救われた気持ちでいた。
「バーン、シェンナ、今の話聞いてた? 子供だけで出歩くのは危険なの。それは、いつも言っているからあなた達も分かるはず。どうして草原に行ったの?」
子供たちの方に向き直って、母親はそう言った。さすがに内心は少し怒っているかもしれないが、そんな様子はおくびにも出さず、柔らかく問いかける。
すると子供たちがパッと上を向いて、素直に話し出した。
「あのね、あのね、私たち、冒険者になりたいの。でも、いつも無理だって言うでしょ?それでね、スライムを倒してきたら、認めてもらえるんじゃないかって、バーンと話してね、それで草原に行こうと思ったの!」
「俺、ちゃんとスライム倒してきたんだぜ! ほら!!」
バーンが大切に手に持っていたスライムの核3つを、自慢げに掲げた。
「私も! 私も、あのね、風魔法で倒したの!」
シェンナも同じく3つの核を、母親に見せつける。
その瞬間、母親の目が、信じられないというように見開かれ、スライムの核と子供たちの顔を行ったり来たりし出した。
なんだろう。様子がおかしい。
「えっ!? スライムを倒したの!? それに、風魔法、風魔法って! 本当に? こんな、こんなことって有り得るの!?」
あれ? なんかすごく驚いているな。そこまで驚くことだろうか。
確かに、スライムを倒したのもシェンナが風魔法を使ったのも初めてのようだが、おそらくスライム自体はそれほど強くないはず。依頼としても難易度は低いし、攻撃系のスキルが使えるなら、それこそ誰でも簡単に倒せるだろう。
私は少し母親の反応が大袈裟すぎる気がして、問い返してみる。
「あの……そんなに驚くことなんでしょうか……? バーンも私が剣を貸して、2人とも上手く倒していました。スライムもそんなに強い魔物ではないと思うんですが」
「いいえ、魔物は、スキルを使わないと倒せないんです。でも、平民の子は15歳で成人して、教会で鑑定の水晶を使ってスキルを見るまで、自分のスキルは分かりません。つまり、自分のスキルを把握できていないこの子たちが、スライムを倒すなんてできないんです」
あれ、これは……雲行きが怪しい。普通、子供たちはスキルを知らない状態なのか。だとしたら、鑑定なんて余計なことをしたかも…… 鑑定のことはバレたくないな。
「いやでも、実際に倒せてるんですからきっと才能があったんですよ2人とも!」
苦しいかもしれないが、なんとか誤魔化そうとしてみる。ギフトの存在を知られたくない。
「そうでしょうか。魔物に対して、偶然スキルに適した武器を使うとか、偶然魔法に目覚めるとかすれば、それも有り得なくはないかもしれません。でも、魔法は基本的に貴族の血を引く子しか使えないんです。私たちはただの平民ですから、自分は魔法が使えるなんてまず思いません。偶然使えるなんて無いんです。それに、剣だって、あなたがバーンに貸したんでしょう?」
「は、はい……」
あー、はい、とか言っちゃったよ私……どうしよう。これはもう、勘づかれてるよね……
「あなた、どうにかしてバーンとシェンナのスキルを知ったんじゃない? どうして分かったんですか?」
「っ……!」
これは、やってしまった。なんて言い訳しよう……
私が異世界人だということは、絶対にバレてはいけない。もちろん、ギフトの存在も。
バレたら私の身の安全が危ういから。危険だとして捉えられるか殺されるかもしれない。もしくは研究対象としてモルモットにされるとか。
とにかく、心身の安心安全のため、疑われることすら避けたいのだ。
どうしようか。