17.初依頼
「きゃー!! ぷよぷよしてるー!追いかけてくるー!」
「落ち着いてください! 奴は魔物の中でも最弱! 逃げ回らなくても大丈夫ですから!」
「いっくぜー!」
「待って! 素手で殴りかかってもどうにもなりません!」
なんだこの状況……
私はなぜか、見知らぬ少年少女と草原でスライムの討伐をしているのだった。
時はさかのぼる。
「この依頼、お願いします」
私は依頼ボードから難易度Eのスライムの討伐依頼の紙を剥がして、カウンターへと持っていく。
もう仕事を始めるには時間が遅い。近場で済ませられそうな物の中で、良い依頼は取られた後だった。
報酬が少ないこの依頼くらいしか残っていなかったのだ、
「はい、分かりました。依頼内容を確認しますね。スライムの討伐、難易度E、一体ごとに小銅貨1枚の報酬、生息地は外壁周辺の草原、となっています。間違いないでしょうか」
受付嬢が丁寧に依頼内容の確認をしてくれる。
「はい、間違いないです」
「討伐証明部位は、一体に1つずつある、スライムの核です。これを持って来ないと依頼達成となりませんのでご注意ください。手続きをしますので、ギルドカードを見せていただけますか?」
私は昨日発行したばかりの、タマムシ色のギルドカードを受付嬢に見せる。
「ありがとうございます。スズキ・アカさん、依頼の受付はこれで完了です」
受付嬢はポン、と依頼の紙に大きな赤いハンコを押した。飴色になった木製の持ち手が年季を感じさせる、古風なハンコだ。
「それでは、いってらっしゃい」
にっこり笑って受付嬢が送り出してくれる。
「行ってきます」
釣られて私もふっと微笑み返して、冒険者ギルドを後にしようとする。
さて、初めての魔物の討伐か。わくわくするな。しかもスライム! 異世界といえば、やっぱり定番だよね。この街に来る途中には出会わなかったので、どんな姿をしているか楽しみだ。
それに、報酬は良くないが、治癒が魔物にも有効かを検証するには良い実験台になるだろう。初依頼だし、難易度低めで丁度いい。
「あ、あの、アカさん」
ん? ふいに受付嬢に呼び止められた。なんだろう。
「先程は、何もできなくて申し訳ありませんでした。規則とはいえ…… 本当にすみません。サップはことある事に新人に絡む、ギルドでも頭を悩ませていた冒険者だったんです。大丈夫でしたか? 何もされていませんか?」
確かに私はさっきサップに呼び出されて戻ってきたばかりだった。
依頼の受付の手続きをしていた事務的な対応とは打って変わって、人間味のある声音で心配そうに話しかけてくる。
あ、よく見ればこの受付嬢、サップに絡まれたときに目が合った人か。本気で心配してくれているようだ。
私は安心してもらいたくて柔らかな声で返事をする。
「大丈夫ですよ。サップにはもうこんなことはするな、と言っておきましたから。きっとこれから新人に絡むことは無くなると思います」
「そうでしたか…… 何もお礼ができないのが歯がゆいところですが、個人的にお礼を言わせていただきます。サップを止めてくれてありがとうございました。それにしても、サップに目をつけられて何も無いなんて、アカさんはお強いんですね」
関心したように受付嬢が言う。
「そんなことないですよ。まだまだ駆け出しです」
冒険者としてはまだ、登録したばかりだ。いくらスキルが強いからといっておごってはいけない。
……でも褒められるとちょっと嬉しいな。
「今年は魔物氾濫の年で、街道沿いは特に魔物が狩られてしまって少ないんです。スライムを探すなら、少し外れた所がいいと思いますよ」
親切な人だな。
「ありがとうございます。では、行ってきますね」
「はい、お気をつけて」
私は2度目の行ってきますを言って、今度こそ冒険者ギルドを後にする。
そうしてしばらく歩いたあと、スライムと2人の少年少女に出会った。
遠くから2人の人影とスライムを見つけたと思ったら、「わー」とか「きゃー」とかいう声が聞こえて来て、1人は人は明らかに逃げ回っているようだったので、私は慌てて2人の方に走っていったのだった。
とりあえずさっと鑑定する。
---ステータス---
【個体名】
【年齢】0
【種族】スライム
【状態】通常
【スキル】移動
-----------
---ステータス---
【個体名】
【年齢】0
【種族】スライム
【状態】通常
【スキル】移動
-----------
移動:身体の表面に触れたものの上を移動する。
「弱っ」
えっ、スキルが無いと移動もできないの? 弱すぎて可愛く思えてきた。ひとまずスライムに攻撃手段がないことは分かったので、この子たちに大した危険は迫ってないみたい。
次はこの2人の鑑定。
ダメージを与えられていないのに、ずっとスライムをサンドバッグのように殴り続ける少年と、攻撃手段のない、ぷるぷるの移動する塊から逃げ回る少女……
何がしたいんだ?
もし倒そうとしてるなら、何かスライムに有効な攻撃手段を持っていたらいいんだけど。
---ステータス---
【個体名】バーン
【年齢】10
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】剣技 勇気 幸運
-----------
剣技:剣を使った戦闘技術。
勇気:恐怖を感じる場面で怯えづらくなる。
幸運:ものごとが成功しやすくなる。
---ステータス---
【個体名】シェンナ
【年齢】10
【種族】人間
【状態】通常
【スキル】風魔法 歌唱 幸運
-----------
風魔法:風属性の魔法。
歌唱:美しい歌を歌う。
少年、バーンは剣技持ってんじゃん! 殴るんじゃなくて剣を使えばいいのに。少女のシェンナも魔法が使える。ただでさえ弱いんだから、逃げなくても十分倒せるはず。
ずいぶん若いけど、私と同じ駆け出し冒険者かな?
声をかけてみよう。
「大丈夫ですか!?」
「もしかして冒険者の姉ちゃんか!? 手を出すな! これは俺たちの戦いだ!!」
バーンがぱっと振り向いて叫ぶ。キリッと釣り上げた茶色い目から覚悟が伝わってくる。
「えっ……?」
そんなに重大な戦いなの……?
バーンは振り向いた瞬間に手が止まり、スライムににゅーんと身体を押し付けられている。多分、移動を使ったんだろうな……
スライム、せめてもの抵抗のつもりなのかな……
「このやろー!」
バーンは勢いよくパンチを繰り出した!
べし!! と華麗にパンチが決まる……訳でもなく、むにゅん、とスライムに小さな拳が吸い込まれる。
だがしかし、スライムをちょっと身体から引き離すことには成功していた。
「くっ、手強いやつめ……」
なんだろう……
水色のぷるぷると小さい男の子がじゃれてるようにしか見えない……
和むな……
い、いや、本人は至って真剣なのだ。これは壮絶な命のやりとりなのだ。そんな、和むなんて失礼……
ぷるぷる、にゅーん。「おりゃー!」
あー、和むわ……
「お姉ちゃん、お姉ちゃん助けて!!」
あ、あまりにも和む光景にシェンナのことを忘れていた。
彼女はなぜか時々立ち止まって振り返ったりしながら、スライムの周りを逃げ回っている。そんなことしなくても真っ直ぐ走れば逃げ切れるし、風魔法で倒せるんじゃないだろうか……
いや、でもパニックになっているだけかもしれない。
「ごめん、今助ける!」
私はスライムに向けて治癒を使用する。
ぷぅ〜、パン!
核を残して風船のようにまん丸に膨らんだあと、弾けて無くなった。魔物にもちゃんと効いてよかった。倒される時までなんか丸くて可愛い。
「ありがとうお姉ちゃん!」
シェンナが満面の笑みで私を見ている。あ、可愛い……
「ずるいぞシェンナだけ! 俺たちだけで倒すって決めただろ!」
「だって怖かったんだもん!」
喧嘩はよくないぞー。
それとバーン、またスライムににゅーんと身体を押し付けられている。前見て前。
「俺たちだけでスライムを倒して、父ちゃんをびっくりさせるんだって決めただろ!」
「でも、でも……! あ、お姉ちゃん! お姉ちゃん冒険者でしょう? どうしたらスライム倒せるの?」
シェンナがバーンと同じ茶色の瞳で見上げてくる。
さて、どうしようか……