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15.方針

「はー、緊張した」


 私は気持ちを整理して今後の方針を考えようと思い、『クロ』改め、クリムソンと別れて部屋に戻ってきた。


 初対面であんなにずけずけと質問してくるなんて失礼なやつだったので、今後クリムソンを呼ぶ時はさん付けなしだ。私はちょっと怒っている。


 少々わざとらしかったが、最後ににっこり笑って握手した私を心の底から褒めたい。


 それにしても、さっきは人生で3本の指に入るくらい緊張した。

 殺されて喰われる、または脅される、それか通報されて人生終了。

 最悪の可能性が、クリムソンと対面したあの瞬間に詰まっていた。


 ただ、あいつの言っていることはそこまで外れてないんだよな……

 ちょっと言い過ぎな気もするが。

 ただの憶測ではなく、気配察知のスキルで見ている上での発言なだけある。


「不気味なほどの冷酷さ、ねぇ……」


 なんだか精神的にどっと疲れてしまって、枯葉のベッドに仰向けに倒れ込む。


 クリムソンと会って、身の危険を感じたことによる緊張と、自分の内面と向き合ったことに対する疲れだ。

 きっと今まで無意識に、自分の冷酷な一面を見ないようにしてきたのだ。


「今まで人食願望があることは異常だって分かってたよ、でも……」


 でも、それを除けば、性格の面では至って普通だと思ってきたのにな。


「はぁ…… そういえば、『常人ならしばらく感情に流される場面で、恐ろしいまでに冷静』とか言ってたなぁ……」


 私は、他人の言葉で自分の性格を規定されるのはなんだか嫌な気分がして、これ以上クリムソンの言葉を思い出すのをやめた。


 冷酷だからなんだというのだろう。

 冷酷だとなんだろうと、常に、やるべき事をやるだけだ。


 例えばこの世界に来てあの男を殺したのは、私を襲って来たからだ。ナイフに手を掛けられて、殺される危険があったからだ。

 あの場では、自分の身の安全をまずは確保すべきだった。


 今考えれば、行動不能にするだけで、殺す必要は無かったかもと一瞬思った。


 だが、やはり殺して正解だったのだ。下手に生かしておいて、もしもいつか出くわした時に逆恨みされて襲われるかもしれないから。

 その可能性を排除しただけ。


 例え、そうなる可能性が限りなく低いとしても。


 次に服を剥ぎ取った。身ぐるみ剥がされたあの男は一般的に見れば哀れかもしれないし、人の物を奪うのは犯罪かもしれない。

 しかし、自身の生存を考えれば、あの場で身ぐるみ剥いだことにはなんの後悔もない。当然の行動なのだ。


 自身の身の安全のために、心の安定のために、手段は選ばない。私を脅かす可能性のあるものは、迷わず排除する。


 そして、男の肉を食べた。身の安全を考えるなら、誰かに見つかる前にその場からすぐに離れる必要があったにも関わらず。

 いくら冷静とはいっても、人食願望だけは抑えられなかったのだ。


 強いて理由を言えば、ずっと抑えてきた願望を叶えられる機会を目の前にして、それを我慢するのは心の安定を損なうから、といったところか。


「そうだ、この異世界なら、人の肉が食べられる……」


 監視カメラも、DNA鑑定もない。

 盗賊を殺しちゃっても咎められすらしない。

 やりたい放題だ。


「ふふ、元の世界と比べれば、無法地帯にも等しいな」


 私は目を細めて人肉の味を思い浮かべ、心の底から笑みを浮かべた。


 ただ、ずっと人肉を食べ続けていれば、いずれ勘づく人も現れるだろう。どこからとも無く、そういうことはバレるものだ。


 ちょうどクリムソンが、裏の仕事をしているという、本来なら知られてはいけない噂を立てられていたように。


「さて、どうしようかな」


 人肉を定期的に食べられて、かつ、バレにくいようにするには。


「……旅をしよう」


 1箇所に長く留まるのではなく、商隊や旅人を狙う盗賊が出やすい街道沿いに、旅をすればいい。


 かなり合理的なやり方ではないだろうか。

 そうすれば、人肉も食べられて、かつ、万が一なんとなく勘づいた人がいても、その後会うことがなければバレるリスクは減るのだ。


 それに、受付嬢からの説明によると、ずいぶんとこの国には盗賊が多いそうだ。

 だから、盗賊という悪を狩ることで人々の信用も得られる。

 感謝されて信用が得られれば、不審がられることも減るはず。


 我ながらいい考えだ。


 アイテムボックスがあれば旅に必要な道具の持ち運びには困らないし、病気や怪我をしても治癒師向けのスキルは全て揃っている。治癒という攻撃手段もある。


「完璧だ」


 私はにやりと唇を吊り上げた。


 1番の目標は心身ともに安定した上での自身の生存。そのためには手段は選ばない。

 異世界に来てしまった以上、この世界に適応し、生きていくだけだ。


 そして、せっかくの異世界という名の無法地帯、人肉を食べたいという願望を我慢せずに叶える。


 完璧だ。素晴らしい。


 元の世界に未練はない。

 ただ、己の生存と、願望を叶えるために、やるべきことをやるだけだ。


「さて、そうと決まれば、とりあえず依頼を受けて旅に必要な資金を貯めようか」


 私は起き上がると、冒険者ギルドへ向かった。

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