14.ギルド裏の密会
食人鬼だと……!?
まさかこれまでの人食がバレた? 同じ食人鬼の称号持ちだと勘づいた?
だから呼び出したのか?
どうする。
どうする。
もしこいつがなんらかの形で人食と殺人の証拠を握っていたら……
盗賊はともかく、最初に殺したあの男はおそらく一般人だ。証拠を掴まれていたら一巻の終わり。
通報されて牢屋にぶち込まれる? いや、それならわざわざ呼び出す必要はない。
その証拠をネタに、脅しにきたのか?
わからない。
くそ。落ち着け。
異世界に放り出されてから、せっかく水も食料も得て命の危険が去り、仕事も得て一安心と思っていたのに。
なんでこのタイミングでこんなやつと出会うんだよ。
冷や汗が止まらない。
「おいお前、何をそんなに警戒している。別にお前をとって喰おうというわけじゃない。話があるんだ」
何を言っているのか。食人鬼持ちのくせに。全く説得力がない。
こっちは最悪ここで喰われることも想定している。
さすがに冒険者ギルドの裏で人を殺すなんてことはしないと思いたいが。
「お前にここに来るように伝えたあの能力は、テレパシーというスキルだ。そして、お前のその気配……違和感がありすぎる。気になったので話を聞こうと思ってな。何か、ただならぬ事情があるなら、人に聞かれない方がいいと思ってこの場所を選んだ」
私の気配に違和感がある?
どういうことだ。
私は『クロ』からできるだけ目を離さないようにしながら、手早く各スキルの詳細について鑑定する。
テレパシー:対象の人物と目が合っている間だけ、その人物の頭の中に直接声を届ける。
気配察知:周辺にいる人物の気配を感じ取る。
おそらく、この気配察知というスキルで私の気配を感じ取ったのだろう。
人物の存在だけを感じ取るものと思っていたが、その人物がどういう気配をしているかまで分かってしまうのか。
消音:動く時に発生する音が消える。
毒:毒を付与する。
闇魔法:闇属性の魔法。
消音……これで背後に来られたらもう最悪だな。『クロ』がその気になれば、そのまま殺されてしまう。今は衣擦れの音が聞こえるので常時発動ではないようだ。それだけが多少の救いかもしれない。
毒は解毒でどうにかなるにしても、闇魔法の詳細が分からない……
気は全く抜けない。
私は下から睨みつけるように『クロ』の動きを注視しながら口を開く。
「話とは? あなたは、たくさんの冒険者から強者として畏れられる『クロ』だ。そんなあなたが、駆け出しの私を呼び出すなんて正直驚いています」
震えそうになる声を抑えながら問い返す。
「『クロ』か……確かに皆、私をそう呼ぶな」
『クロ』は余裕そうな態度で話はじめる。
こっちは冷や汗が止まらないというのに。
強いからこその、余裕なのだろうか。
「基本的に、人間には人間の、獣人には獣人の、魔物には魔物の、共通した気配があるんだ。それをベースにして、各個体ごとの性格によって、微妙に違った気配が混ざっている。注意すれば、感情や体調までなんとなく感じることができる」
私は無言で『クロ』を見つめたまま話を聞く。
相槌を打つ余裕はなかった。
それを見てまた『クロ』は話し始める。
「お前は人間だろう。でも、何かがおかしい。気配が曖昧で、薄い。まるで、この世界への繋がり自体が薄いように」
ああ、こいつはまだ確信には至っていないようだが、異世界人だと薄々勘づいているのか。
よりによってこんな怪しいやつに……
「それとな、お前は表面上はただの女として振舞ってはいるが、その裏に不気味なほどの冷酷さが見える。見事なまでの2面性だな。だが、表面上のお前は猫を被っているという訳でもないんだろう? それも本当のお前で、同時に、相反する冷酷な部分を心の底に持っている」
「いくら気配が読めるからといって、あなたに何が分かるんですか」
赤の他人に、自分のことを分かったように言われるのは気分が悪かった。
初対面の人間相手にこんなことを言ってくる時点で失礼だし、こんなやつに敬語を使う必要も、あなた、とか丁寧に呼んでやる義理もないのかもしれない。
だが、危害を加えてこない相手には最低限の礼儀と理性は保って話をするのが私の信条だ。
一応丁寧語で返事をする。
「普通はここまで分からないのだがな。私はこの気配察知というスキルを含めて、取得済みのスキルはかなりのレベルまで極めている。それに、お前は人間としての気配が薄い分、個人の性格がより見えやすい。どことなく私自身に似た気配を持っていたこともあって、分かりやすかった」
気がついていないようだが、その似た気配というのは食人鬼のことだろう。
無意識にそれを感じ取られている。後々厄介なことにならないといいが。
「あなたはそう言うが、私は自分自身のことをそこまで冷酷だとは思っていません」
「お前、自覚していないのか? あまり突っ込んで話すつもりはなかったのだが……そうだな、お前、人を殺したことは、もしくは大怪我を負わせたことはあるか?」
自覚していないのか、って……自分のことは自分が1番よくわかっているつもりなのだが。
あと、人を殺したかどうかは答えるつもりはない。殺した14人のことについて、カマをかけられている可能性があるからな。
まあ、話している感じからして、言葉通り、単純な興味で呼び出されたと考える方が自然だとは思うが。
私は万が一を考えて警戒し、沈黙を貫く。
「答えたくないのならいいが。とにかく、そういう場面で、常人ならしばらくの間取り乱すものなんだ。それこそ1日中、場合によっては何年も、罪の意識に苛まれる。だが、お前の場合、違うんじゃないのか?」
何を言っているのだこいつは。
この世界に来て14人も殺したこと、何も感じていない訳じゃない。なんてことをしてしまったんだろうと、確かにあの盗賊のねぐらの中で、思った。
そんなふうに、常人とは違うと言われるのは心外だった。私だって普通の人間だ。
「違うとはどういうことですか」
私はむっとして問い返す。
「お前は、心の中の表層は普通の人だからな、おそらく一瞬は取り乱すだろう。法律で禁止されているし、少しの間は、自分のしたことの重大さに衝撃を受けながら、悪いことをしたとは思うはずだ」
何が言いたいのだろう。
私は黙って話の続きを待つ。
「でも、そのあと何かきっかけがあれば、平然と割り切って、すぐに平常心に戻れるんじゃないのか? 素知らぬ顔で人と話をしたり、飯を食ったり、できるんじゃないか? 今まで、そういう経験はなかったか?」
………………これに当てはまる出来事が、最近あった気がする。
私は『クロ』がした質問の意味を理解することを、一瞬、脳が拒絶したような気がした。
だが、思考は止められない。
私はひとつひとつ確認するように、『クロ』に質問を返す。
「人を傷つけて、殺して、そのあとすぐに気持ちを切り替えて平常心に戻る?」
「ああ、そうだ」
盗賊団のねぐらで、殺人を自覚して取り乱した。
しかしそのあと、外から入ってきた盗賊たちの声が聞こえた瞬間、その場から逃れる方法を考え、迷いもせずに盗賊たちのものを奪って、外に出たことを思い出した。
私は質問を続ける。
「そして、そのまま人と話したりご飯を食べたりする?」
「ああ」
私は、この先をもう考えたくないような気がしていた。
だが、一方で己の内面に向き合わなければいけない気もして、思考は止まってくれない。
私は黄金の閃光と会話をしながら街へ向かい、冒険者ギルドで美味しく夕食を食べたことを思い出す。
しかも、異世界に来たのだと実感し、わくわく、と心が弾むような気持ちですらあった。
そう、まるで、ついさっき人を殺したことなど忘れたかのように。
「…………」
言われてみれば異常……かもしれない。
私は少し動揺して黙り込んだ。
「どうやら思い当たる節があるようだな」
「でも、でも、もし私が人を傷つけたり殺したりしたとしても、その行為が終わったその瞬間、それは過去になる。次にやるべき事があるのなら、そちらに集中すべきなはず」
うん、そうだ。例え人を殺しても、次にやるべき事があるのならすぐにやるべきだ。
「お前の冷酷さは、そういうところだ。常人ならしばらく感情に流される場面で、恐ろしいまでに冷静」
「なっ……」
何も言い返せなかった。
その通りだと思ってしまったから。
そう言えば、人を殺したとき、自分が悪いことをしたとは一瞬思っても、
そのあと、相手に悪いことをしたとか、相手の家族に申し訳ないことをしたとか、少しだって考た時間はなかったなぁ……
「………………………………ははっ」
私は自分の異常性を理解して呆然としながら、乾いた笑い声を上げる。
「ここまで問い詰めるつもりはなかったのだがな。気になったから話を聞くだけのつもりが、すまないことをした。私はクリムソン。アリザリン・クリムソンだ。次はもう少しまともに話をしよう」
ああ、自己紹介か。
強者に不快感を与えるのはあまり得策ではないだろうから、
「私は鈴木アカ。よろしく」
にっこり笑って片手を差し出す。
さっきまで呆然としていたことなど忘れたかのように。
「そういうところだ」
クリムソンは呆れたような顔で言って、仕方なく、と言ったふうに私の手を取った。