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9.食事と殺人の自覚

主人公視点に戻ります。前々回の続きです。

「だ・れ・に・し・よ・う・か・な」

 私は指を差しながら、13人の盗賊達の身体を見回す。


「やっぱり筋肉が付いてる身体は美味しそうだよね。あー、このお腹を破裂させちゃった2人は駄目だな。食べられる状態じゃない」


 大腸やら小腸やらを破裂させてしまったものは、糞やよく分からないドロドロしたものが肉に飛び散っていた。流石に食べたくない。


「んー、やっぱりこれかな!」


 そう言って私は、洞窟に入って最初に首から上を破裂させた肉体を選ぶ。

 首から上が綺麗に無くなっているので、多分この中で1番、血の抜け方がましな肉になっているはず。


「次からはちゃんと深さを考えて首を切って、息のある状態で放置して、血抜きを綺麗にやりたいな」


 即死しないように首を切って放置すると、心臓が動いたままになるので血抜きがよくできるのだ。


「さて、食事をするときは周りを綺麗にしないとね」


 私は残りの12人の身体をアイテムボックスに収納した。


 そして、首から上がない肉体を横向きに置くと、腰に下げたナイフを鞘から抜く。


「ふふ、いただきまぁす」


 満面の笑みで綺麗に筋肉のついた腹を捌きにかかる。待ちきれない。頬が紅潮してくる。

 今は小さなナイフ1本しかないので、やはり手のひらくらいの肉を切り取ろう。


「やっぱり腹筋が1番美味しそうだよね」


 スーッと腹にナイフで線を入れる。皮を引っ張りながら剥がすと、綺麗な白い脂肪が見える。そこにもまた線を入れて、同じように引っ張りながら、ナイフを入れて剥がしていく。

 しかし、なかなかうまくいかない。今回は2回目なので、1回目よりは上手くなっているが、筋肉から脂肪を剥がす作業は意外と難しいのだった。


 削ぐようにして、少しずつ脂肪を剥いでいく。


「ああ……! 綺麗! ふふ、この少しずつ白い脂肪が取れて、真っ赤で綺麗な肉が露出していくところ……!」


 たまんないよね。


 ある程度脂肪が取れたところで、肉に切込みを入れていく。筋肉は硬いので筋を切るイメージで。


 その後また深めに線を入れて、引っ張りながら肉を切っていく。ナイフを肉の裏に入れて、スッスッ、と剥がしていく。


「とれたぁ……!」


 もう少しで食べられると思うと興奮で身体が痺れるようだった。

 私は肉を両手で慎重に持ち上げて、顔の目の前まで持ってくる。身体から肉を引き離すとき、糸を引くように滴る血がなんとも艶かしい。


「いただきまぁす」


 うっかり2回目のいただきますを言ってしまうくらいにはこの食事が楽しみだったのだ。

 はぐっ、と肉にかぶりつく。


「んんん……!」


 美味しい……! ごにょごにょとした肉を、舌の上で転がす。舌に伝わる滑らかな肉の表面の感覚を、存分に楽しむ。


「はあぁぁ……」


 鼻から抜ける血の匂いが良い。

 血抜きをしていない肉は鉄の味が濃くて、飲み込むとその血が少し喉を刺すようだ。


 だが、それすらも食事を美味しくさせるスパイスだった。


 私はひとしきり満足すると、金属のコップに入った水に手を伸ばす。


「先に食べちゃったけど、この素晴らしい景色に、乾杯」


 目の前に設置した鮮紅色の花に向かってコップを掲げてから、ゴクッと水を飲む。


「今までで飲んだ水の中で1番、美味しいかも」


 目の前に広がる鮮紅色の花があまりにも美しかったので、それを景色にして食事を楽しもうと思ってこの場所に座ったわけだが、最高だな。


「特別な食事には特別な景色を、上質な食器を使いたいもんね」


 まあ、今は食器と言ってもコップしかないわけだが。


「ご馳走さまでした」


 私はしばらくゆっくり食事を楽しんだ後、そう言って手を合わせた。


「おなかいっぱいだな」


 私はお腹も乾きも満たされて、幸せな気分でいた。

 この洞窟の中には食料も水もたくさんある。野ざらしではないから身の安全もある程度保障されている。


 つまり、ここには死の危険がない。


 異世界に来て初めて、心の余裕ができた。


 ゆっくりと視線を男の肉体へ移す。胴体があって、それに手がついていて、足がついている。首がのびていて、その先がない。地面には血の染みができている。


 私はその身体を眺めているうちになんとなく、その先端にあった手に目が行って、ゆっくりと近づいて握ってみた。


「ひっ……!」


 これは手だ。手だ。まだ、あたたかい!

 あの小さい頃に握った友人や家族の手と同じ!

 これは、生きていた人間なのだ。さっきまで生きていたのだ。


「私は、私は」


 人間の体温に触れて、唐突に自覚した。私は、人間を食べたのではなく、人間を殺したのだ。

 私がしたのは食事じゃなくて、殺人だ。

 これは身体とか肉体である前に、人間だ。肉じゃなくて、人間だ。


 この人は、人だ……!

 生きていた人……!


「うわぁぁぁあ……!」


 身体が震えた。


「ああ、ああ、ああぁぁぁ」


 目の前にある首のない身体が、どうしようもなく私に事実を突きつける。

 いや、身体じゃなくて、人、だ。


「しかももう、これは遺体だ……」


 アイテムボックスの中にはあと12体の遺体がねむっているのか。


「うううぅ」


 最初に食べた、いや、殺したあの男を含めて14人。


「私は、私はぁぁ……14人も……殺したぁぁ……」


 命の危機と興奮が去って、冷静になってしまった私に、現実が突きつけられる。


「でも、美味しかった。美味しかったんだよぉ……」


 殺人という大罪を犯してなお、私は人肉の味を忘れられずにいた。


「殺人より人食願望が勝るなんて、私は確かに人食に強い適正がある、食人鬼(グール)、なんだ……」


 私は立ち上がって、アイテムボックスから全ての遺体を出す。自分が殺人をした確かな証を、持ち歩く勇気がなかった。


 遺体の身体は、様々な部分が弾け、内部の肉がめくれ上がっている。内蔵がびろびろ飛び出て、茶色いどろどろした中身が垂れ流されている。


「ううう……」


 私は遺体と、地面についた花のような形の血の跡に向かって浄化を使用する。


 少しでも殺人の事実から目を背けたかった。


 嫌味なくらいに綺麗な水色の光が発せられ、浄化が作用する。


 地面の血の跡は完全に消え去り、遺体の表面にべっとり付いた血や体液はある程度拭われた。


 自らのスキルが罪の証拠に完璧に作用したことで、逆にこれはお前がやったことなのだと、まざまざと突きつけられているようだった。


「おーい、だれかいないのかー?」


 そのとき、洞窟の入口の方から3、4人の足音と仲間を探す声が聞こえてきた。どんどんこちらに近づいてくる。

入口に見張りもおらず、中に人の姿が見えないのを不信に思っていることだろう。


「まずい、このままだと鉢合わせしていまう」


 そう口に出したところで事態が好転するわけでもなかった。

 ここから出るには、今外から帰ってきたであろう盗賊たちが歩いている通路を通るしかない。


 私はできるだけ殺さずに逃げる方法を考えながら、大人しく遺体の山の前で待つことにした。


「今、更に人を殺すのはちょっと嫌なんだけどな。いい方法、ないかな」


 このままだと、間違いなく私が何かしたとバレるだろう。

 私は大きくなる足音を聞きながら、先程食べた首のない男の遺体に目を向けていた。

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