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ドームの中心に立っている女性は彼が戦っている間、一度も動くことなく彼を観察していた。今も自分の方へ向かってくる彼をじっくりと品定めするように見ている。そして彼が会話ができるくらいの距離までくると彼女は彼に言葉をかけた。
「……あの三人を倒すなんて、なかなかやるじゃないか。彼らはエルフの中でもそれなりに腕が立つのだが……、貴様一体何者だ?どこの種族で何が目的だ?」
彼は彼女の言葉を受けて少し考える。ここで女神様に呼ばれて異世界から来ました、と言っても信じてもらえないだろう。何かいい返答はないものかと考え、彼は一つ思いついた。
「……私の名前は時坂 空です。種族は……わかりません。記憶が一部無いんです。ここに来たのは森をさまよっていた時、彼らをみつけたからです。ここがどこなのか聞きたくて……」
彼が思いついた言い訳は自分を記憶喪失という設定にするというものだった。結構無理があるかもしれないが嘘は言っていない。種族はこの世界にいない人間だし、目的も彼らと話すためということとほぼ同じだ。それにこの世界に自分は突然連れてこられて、右も左もよくわからないのだから記憶喪失とそう変わりない。そう自分に言い聞かせて言葉を放った彼、空は彼女の目を真っ直ぐに見た。
「記憶喪失……か」
「はい……」
数分彼女は黙って空を見続けた。ダメだったかと空は心の中で思ったが、彼女はしばらく考え込む様子をして一人頷いた。
「かなり怪しいが……まぁいい信じてやろう」
「……ありがとうございます」
どうやらなんとかなったようだ。ここで即戦闘となれば話し合いに持っていけるか怪しかったので、穏便に済ませられて空はほっとした。
「ところで貴様、先ほどの戦闘で魔法を使っていたな?」
「はい……」
「……魔法は女神様によって初期に創られた原初の十二人、そのうち今は八人にしか使えない。私はその全員を知っているが、お前のようなやつは見た記憶がない」
「そう……ですか。すみません、記憶がないのでよくわかりません」
彼女は先ほどの戦闘で空が魔法を使えたことを疑問に思ったらしい。どうやらこの世界では誰でも魔法を使えるというわけではないらしいが、女神の知識にはそんな設定はどこにもなかった。どうやらその部分の知識が抜けているようだ。分け与えられた知識がざるすぎることに対して空は女神にまた怒りを覚たが、とりあえず空は記憶喪失を理由に言い訳を言った。
「魔法が使える記憶喪失……か。ふむ」
空の言葉を受けて彼女は数秒考えるような仕草をして、空を見たのち彼の肩に手を置いた。空は一瞬体を強張たせたがここで目を逸らすとダメ気がしたので彼女の目をじっと見つめ続けた。
「記憶喪失、ということはお前に居場所はないわけだな?」
「……はい」
「そうかでは、私がお前に居場所を提供してやろう。私の元で働かないか?」
彼女の言葉を受けて空は当初の目的であるエルフに属す、ということを達成できる思い心の中で喜んだ。だがここで飛びつくように喜んで賛成すると怪しまれる可能性がある。そう考えた空はワンクッション置いて賛成することにした。
「それは……大変ありがたいですが……。いろいろと大丈夫なのでしょうか」
「なに、心配することはない。君の能力なら簡単にできる。それに一人ではなくグループでの仕事が主だ。そこで延びている三人組が助けてくれるだろう」
もっともお前の方が強いから役に立つかはわからんがな、と彼女は黒衣の三人を見て言った。空はあぁやっぱり彼らと同じ仕事をするのかと思いながら、しかし今の自分の状況で仕事は選んでいられないので彼女の誘いを受ける返答をする。
「それじゃ……これからよろしくを願いします」
「うむ。よろしく」
彼女は空の返答を快く受け入れ手を差し出した。空はその手をとってお互いに握手する。空はひとまずの目的が達成で安心した。そんな空に彼女が言葉を発する。
「ところで貴様、先ほどの戦闘では本気を出していなかったな?」
「いえ、割と必死でしたが……」
「いや、本気ではないだろう。最後の最後まで魔法を使わなかったじゃないか」
彼としては使わなかったのではなく使えなかった、なのだがどうやら彼女にはあえて使わなかったように見えていたようだ。
「貴様を私の元で働かせるには、貴様の能力を私が把握していなくてはならない。そうでなくては貴様を適切に扱えないからな」
「……そうですね」
「ではこれから私と戦ってもらう」
「は?」
そう言って彼女は後ろに跳んで空と間隔を空けて戦闘態勢をとった。空は止めようとしたが彼女の目を見て、それは無理だと判断して渋々準備を始めた。そうしてお互いが準備を完了して数秒後、彼女が動いた。
彼女は停止状態から一瞬で加速して信じられない速度で空のもとへと詰め寄った。あまりの速さに空は反応できず、彼女が駆けてきた勢いそのままに放った蹴りをまともに受けてしまい壁へと吹っ飛んでいく。
(痛い!?)
空は壁に叩きつけられてめり込みながら、蹴りを喰らった部分が痛むのを感じていた。痛みは軽い腹痛程度のものだが、この世界に来て初めて痛みを感じた空は先程の戦闘よりも一層気合を入れて彼女の相手をすることにした。
「我が敵を貫け、氷の刃」
空が壁から抜けようとしていると、鋭い氷の塊が彼めがけて飛んでくる。どうやら彼女が魔法を発動していたようで、彼女の手のひらには水色の魔法陣があった。空は急いで壁から抜け出しその場を離れ、飛んでくる氷の塊を躱した。躱された氷の塊は壁に激突して砕けたが、氷が当たった所を中心に壁を凍らせた。
(怖えぇ……)
恐ろしい威力の魔法を見て心の中で恐怖していたが、このままやられっぱなしではいられない。空も魔法を発動させようして彼女の方を向いた。が、彼女はそこには居なかった。空はハッっとして見上げるといつのまにか自分の頭上にいる彼女を見つけた。彼女は足を上にあげてかかと落としの態勢に入っていた。
先ほどの蹴りの威力からして、まともに喰らえばかなり痛いだろうと思った空は、慌てて横に飛び退いて彼女の攻撃を避けた。彼が居たところは彼女のかかと落としを受けて地面が抉れていた。かかと落としを不発した彼女はその態勢からそのまま魔法を発動させる。
「我が敵を囲い、燃やして尽くせ、炎の渦」
彼女がそう唱えると空の足下に赤色の魔法陣が出現し、その魔法陣の円に沿うようにして炎が現れて渦が形成され空は渦に包まれた。力試しじゃなくて完全に殺しに来てるだろうと思いながら、空は脱出するために魔法を発動する。
「我が身を異なる場所へ、転移」
自分が使える四つの魔法。そのうちの一つである空間魔法を彼は発動させた。彼の足元に桃色の魔法陣が現れ、彼の体は桃色の粒子を放ちながら消えていく。そして渦から離れたところに現れたもう一つの桃色の魔法陣の上で、先ほどの流れを逆再生するように彼が再生されていく。一連の転移を見ていた彼女は驚いた様子をしていた。
「転移……空間魔法まで使えるのか!」
そう言い放った彼女は発動している渦を崩して楽しそうな顔を浮かべながら空の下へとすっ飛んでくる。彼女はすっ飛んできた勢いを止めず空の首を掴みそのまま壁に激突させ、首を掴んだままその手で魔法を発動する。
「我が敵を凍らせよ、凍結」
彼女の拘束から空は必死に逃げようとがむしゃらに暴れたが、掴む力が強すぎて抜け出せない。そして首が凍り始め凍結が全身へと広がっていく。空は数十秒間全力で抵抗したが彼女の拘束を解くことができず体は徐々に凍っていく。
(あ、やばい)
そしてついに空の体は全て凍結されてしまった。凍結によって遠退いていく意識の中で氷越しに彼女が何かを言っているようだったが、彼にはよく聞こえなかった。そして数秒後に彼は眼を瞑り意識を失った。