2
とある住宅の一室。そこで1人の少年がパソコンを前にして、静かに喜んでいた。
(……やった、受かってる。)
彼の前のモニターには合格の2文字。それは大学受験の結果を示すものだった。
(あー、よかった。本当によかった)
この結果を見て彼は心の底から安心した。
彼はこの日の為に、約2年間準備をしてきた。元々平均より少し上ぐらいには勉強はできるが、彼が志望する大学は少しレベルの高いところだった。そのため早めに準備をする必要があり、高校1年生の終わり頃から勉強を始めた。
大学受験のため、自分のやりたいことを我慢するのは中々に苦労した。だが自分の将来のためだと思い努力してきた。そしてようやくその努力が今実ったのである。
(長かったなぁ……。けど、なんだかんだ楽しかったなぁ)
そして無事に終わったという安心感と同時に、少し寂しいという感情が彼の心の中に芽生えた。彼は2年間勉強をしていたが、勉強のみをしていたわけでは無い。日々の学校生活や、学校行事。勉強の合間の息抜きなどがあり、クラスメイトや友人など一定の関わりはあった。
合格した今自分の進路が決まった以上、そんな彼らとはもう会えなくてなってしまう。もちろん仲のいい友人数人とは会えるだろうが、クラスメイト全員と会うのは不可能に近い。そんなことを考えると、少し寂しさがこみ上げてきた。
(なんだかんだで、いい学校だったよなぁ)
合格して心に余裕ができたのか、彼はそんなことを考えて、今までの思い出に浸っていた。そして数分思い出に浸った後、彼は通常の思考に戻った。
(あぁ、親に結果を伝えないと)
自分が勉強に励んでいる間、色々とサポートしてくれた両親。それに対する感謝を伝えなければならない。そう考えた彼はリビングに向かおうとして、椅子から立ち上がりドアへと歩いて行く。
ドアへ向かって歩いている彼の顔は喜びが抑えきれないのか、口角が少し上がっていた。そしてこれから大学が始まるまでの時間、なにをしようかなと色々と考えながら、自室のドアを彼は開けた。
しかしそこにいつもの廊下は無かった。彼の目の前には、暗闇が広がっていた。彼の喜びの顔はそのままの形で固まってしまった。
「あ?」
思わずそんな声が出てしまった。だが仕方のないことである。誰だって自室のドアを開けて、目の前が真っ暗だったら似たような反応をするだろう。
そんな反応をした彼は何故廊下が無いのか、わけが分からず混乱していた。そしてそんな中女性の声が聞こえた。
「ようこそおいでくださいました」
その声を聞き彼ははっとして暗闇の中をよく見た。そこには女が1人立っていた。身長は170cぐらいだろうか、若干ウェーブのかかった銀色の長い髪をしており、纏っている服は白いローブのようなものだった。とても整った顔をしており、そんな彼女を彼はまじまじと見つめていた。
「もしもし、大丈夫ですか?」
彼女が話しかけてきたことにより、彼は我に帰った。そして混乱する中とりあえず言葉を投げかけた。
「あ、貴方は誰ですか?」
「あぁ、すみません。私としたことが、自己紹介をしていませんでしたね。」
混乱する中彼は彼女の言葉を聞き、言葉は通じるのかなどと考えていた。だが次の瞬間理解できないような発言が彼女の口から飛び出した。
「私は女神クレェーア。貴方から見ればそうですね、異界の創造神といったところでしょうかね」
彼は完全にフリーズした。だが彼女、女神クレェーアはそんな彼を置き去りにして、勝手に話を進めて行く。
「そして女神である私が貴方を呼び出した理由ですが、それはズバリ私の世界をどうにかして欲しいからです」
彼はまだ固まっている。
「私の世界は最初は平和だったのですが、世界創造からちょっと経ったら、なんかみんな争いを始めちゃったんですよ」
彼はまだ固まっている。
「もちろん私も最大限の努力はしましたよ。でも私では争いを止めることができなかったのです」
彼はまだ固まっている。
「そこで私は考えました。私で無理なら誰か他の人にやってもらおうと。そして他の世界を適当に探して、貴方を見つけたわけです」
彼はまだ固まっている。
「どうですか?やっていただけますか?」
一通り女神クレェーアの話が終わり、機能停止状態だった彼は我に帰り、何か喋らなくてはと思いしばらく考えて、そして言葉を発した。
「えっと……嫌です」
「えぇ!?」
彼が発した言葉を聞き、女神クレェーアは拒否されるとは思っていなかったのか、とても驚いた様子だ。
「え?いわゆる異世界転移ですよ?一生に一度、というか三生に一度あるか無いかですよ?本当にやらないのですか?」
「三生に一度ってなんですか……、それとやりませんよ。たしかに興味はありますが、今の生活に特に不満はないので」
そう。彼は今大学合格が決まっており彼の未来は明るい。家族や友人、生活環境にも不満は無い。これが受験勉強中なら話は別だろうが、今の彼にこの世界を捨てる必要は無い。そのため彼が誘いを断るのは半ば必然だった。しかし女神は女神だった。
「困りましたねぇ、異界に穴を開けるには苦労するのですよ?今回を逃すと次探すまでに時間がかかってしまうのですよ?」
「いや、知りませんよ。自分の世界のことは自分で解決して下さいよ」
「えぇ……、冷たいですね。ですが貴方には異界にきてもらいます。また探すのはめんどうですからね」
そう言って女神クレェーアは彼に手を向けた。すると彼の体から光の粒子が出始め足のつま先が薄くなって消えて、今度は足首も薄くなり始めた。
「な!?なんですかこれは!ちょ、やめて下さい!」
「大丈夫ですよ、確かにはじめての異界は色々と不安なことがあるでしょう。でも私の力を少し分け与えてあげますから、安心して下さい」
「違う!そうじゃない、異世界転位をやめろと言ってるんですよ!」
女神はまるで彼の話を聞いていない。彼は必死にもがいたが意味がなかった。そうしてとうとう首まで消えてしまった。
「それじゃ、頑張って下さいね!」
女神はものすごい笑顔でそう言い放った。整った顔から繰り出される笑顔は通常であれば、彼の心を虜にしただろう。しかし今の彼の心は不安でいっぱいである。
そうしてすっかり彼が消えてしまった後、女神は彼女の創った世界の中心に飛んでいき、そこで眠りについた。




