私に平凡な恋が出来ますか?
お久しぶりです。
久しぶりの投稿なので、短めです。
お付き合いいただければ、幸いです。
私は、今まで本当に男運がなかった。
もちろん、自分の性格もあるだろう…でもこの運命になったのは、この世界が乙女ゲームの世界で無駄にキャラ設定を作ったせいだ!
有栖川 愛莉。御伽高校の三年生だ。
そして、乙女ゲーム『Fantasic Alice』の愛されヒロイン…いや、愛されてはいないか。
このヒロイン、制作会社にも舞台にも嫌われているんじゃないかってほどの災難っぷりを発揮している。
例えば、出来の良い姉妹に比べられて、両親に冷遇されて、一人暮らしをせざるを得ない環境だとか。
言い寄ってくる男はみんな『ワケあり物件』なところだとか。DV、ストーカー、ヤンデレ…もうなんでもありだ。
とにかく、ドキュメントバラエティ番組が出来るくらい私の不幸自慢は多いのだ。
そして、何より不幸なのが、ヒロインに最も必要な底抜けのポジティブさを転生者の私は持っていないこと。
さらに、前世の私も男運がなかった。
私の女友達目当てや身体目的、単に彼女としてのステータス欲しさに寄ってくる男ばかり…
選り好みしていたのかもしれない。気がついたら、結婚どころか彼氏もできぬまま、乙女ゲームの世界に転生していた。
こうして、18年間、有栖川 愛莉として生きてきたコミュ障の私はすっかり人間不信になっていた。
原作通り、紆余曲折して、キャラの濃い攻略対象と結ばれるなんて想像出来ない。
というより、これ以上、余計な設定は欲しくない。キャラの濃いパートナーなんて、ごめんだ。
「愛莉、今週末にビリヤードしに行かないか?」
「興味ない。週末は英気を養うって決めてるの」
「なんだそれは。修行でもしているのか?」
「ある意味この世界で生きてること自体が修行かもね」
首を傾げる私の幼なじみを一瞥しながら、学校への道を歩いていく。
そう、色恋沙汰は根拠もない噂を立てられてうんざりしているのだ。
原因はこの男だ。私の幼なじみである茶位響也。小さい頃からやたらと私に構ってくる。
そして、三月 暁兎や山根 眠月を筆頭に響也の友達も構ってくるせいで、ついたあだ名が『姫』である。
周りは姫の心を射止めるのは誰だと根も葉もないゴシップを作っては騒ぎ立てる。
おかげで、ろくに女友達も出来やしない。
転生した人がもっとタフな人だったら、この状況も楽しめるだろうが、私はちっとも楽しめない。
「はぁ…癒しが欲しいわ」
教室の机に突っ伏して、嘆くと目の前に座っていた唯一の女友達は楽しそうに嗤う。
「何が不満なの?モテモテじゃない。クラスメイトの猫宮からも好かれているし」
「…妃は知っているでしょう。私は平凡な人生を送りたいの」
「それは無理じゃないかしら?茶位くんはすっかり愛莉にお熱じゃない」
女友達はネイルカラーを塗ったばかりの爪にふっと息を吹きかけて、答える。
そんな素っ気ない彼女のことを私は机に突っ伏したふりをして、ちらりと見る。
端正な顔立ち。齢18にして、妖艶さを醸し出す少女。
彼女の存在は私が唯一転生者で良かったと思うポイントだ。
そう、彼女はこのゲームのライバルキャラである赤井 妃なのだ。
転生者である私は、原作の設定に基づいて、彼女の機嫌を取りまくり、虐められるフラグを回収した。そして、気に入られるように努力をした。
その結果、姫と呼ばれるイタい私の友人になってくれた。
「愛莉、今日の放課後に駅前に出来たカフェに寄らない?」
「ごめん、今日から学園祭の準備で毎週金曜日の放課後は生徒会の集まりがあるの」
少し残念そうにする妃に軽く詫びを入れる。
私は大学の推薦入試を視野に入れている為、肩書きや面接の話題作りとして生徒会に入っている。
ここでも、原作通りに行けば、生徒会長であるハーフイケメンのルイス・キャロルとの恋があるのだが、全力回避をしている。
しかし、物理的かつ心理的に距離を置いているにも関わらず、ヒロイン至上主義のルイスは爽やかな笑顔を浮かべて、毎回アピールを続けている。
幸い、今回の学園祭ではルイスが統括しているため、生徒会としての出し物を考案するグループにいる私にばかり構ってはいられないと思うので、少し安心だ。
放課後。
現在、生徒会は生徒会長のルイス含めて13人で構成されている。
そして、今回は4人1グループでチームを編成し、各々が担当の役割をこなしていくことになっている。
前述した通り、私は生徒会主催の出し物担当だ。チームも乙女ゲームに登場しないモブキャラだ。安心して作業が出来る。
「先輩〜。食べ物屋とかやりたいです〜」
「ううん、他のクラスもやるだろうし、衛生面の管理も不安だし、学校のカラーを出すとしてもお金がかかりそうよね…これらの問題を解決出来るなら良いアイデアだと思うわ」
生徒会は普通のクラスの出し物とは違い、学校を外部に紹介するようなイベントも兼ねている。
「じゃあ、お化け屋敷とかは?」
「学校モノホラーなら良いと思うわ。学校紹介と上手く絡められるシナリオを作る必要があるわね」
「え〜それじゃあつまらないじゃないですか」
難色ばかり示していたら、後輩の女子生徒2人がブーイングをした。
しまった、初っ端から否定ばかりしていたらモチベーションが下がってしまう。
どうフォローするか迷っていると、グループの男子生徒がとりあえずアイデア出しだから色んな意見を言っていこうと場を納めてくれた。
「はぁ…」
いくら学生の催し物とはいえ、理想論ばかり並べては話が進まない。
結局、あの後も私は反対意見ばかり述べてしまい、すっかりグループで浮いてしまった。
落ち込んでいる私の影にもう1つの影が差した。お疲れ様、と声を掛けてきた影の主は同じグループの男子生徒だった。
私はお疲れ様、と申し訳なさそうな顔をすると、男子生徒は少し不思議そうな表情をした。
「今日はありがとう。有栖川さんのお陰で話が纏まったよ」
気を遣ってくれているのだろう。
居た堪れなくなった私はその言葉を社交辞令として受け止め、こちらこそ、と軽く会釈して、その場を去ってしまった。
「…本当なのにな」
背後でぽつりと男子生徒が何かを呟いた気がしたが気のせいだろう。
次のミーティングが来るのはあっという間に感じた。なぜなら、あらゆるプランを連日夜遅くまで考えていたから。
そして、私は満を持して、資料を両手に抱えて、会議室に向かっていた。
「先輩〜、なんですかその紙?」
会議室に向かう途中、同じグループの女子生徒2人が声をかけてきた。
「これ、あなたたちの意見を私なりに纏めた草案よ」
2人はパラパラと資料を捲ると、一瞬、白けたような表情をしてから、笑顔に変わった。
「流石、先輩!一人でなんでも出来ちゃうんですね」
「これでいいと思います〜」
「賛同してくれるのは嬉しいけど、反対意見も出していいのよ?修正出来る時間はあるし」
いえいえ、大丈夫です、と2人は足早に去ってしまった。
2人を追って、会議室に着くと、2人はお菓子をつまみながら、携帯ゲームに夢中になっていた。
いつもこうだ。
先走って、空回りして、ひとりぼっち。
本当に不思議の国のアリスみたい。
二兎を追っていないのに一兎も得れず。
目の前のウサギを追いかけ回っても、ハプニングしか起こらない。
泣きそうな気持ちを自業自得だと納得させて、自分の持ってきた草案を見直そうとした時。
後ろから手が伸びてきた。
「これ、有栖川さんが作ったの?凄いね」
同じグループの男子生徒は、その資料をしげしげと見て、感嘆の声を上げた。
そして、1枚の紙を2人の女子生徒の方へ持って行った。
「2人とも見た?学園七不思議お化け屋敷。これいいんじゃない?」
生返事しか返さない2人に男子生徒は気にせず捲し立てた。
「確か田中さんはこの前の自己紹介でパンが好きって言ってたよね。この景品のクッキーをラスクにしたらどうかな。パンの耳とか安く売ってるところ知らない?」
「うーん、隣駅のさかなベーカリーってところは20円で売ってた気がしますけど」
「いいね。佐藤さんは美術部と手芸部を掛け持ちしてたよね。安い布買えるとこ分かるかな?あとは内装のレイアウトとかアイデアあったりする?」
「ちょうど同じく隣駅に良い手芸屋がありますよ。レイアウト…これもいいけど、このあたりをもう少し色のバリエーション増やしたらメリハリつくんじゃないっすか?」
「じゃあ、2人ともこの有栖川のアイデアを起案してもいいかな?」
2人は頷いた。
先程より意欲的な姿勢をその男子生徒に見せた。
「良かった。みんなのチームワークのお陰だね。有栖川さん、こっちでもう少し詰めよう」
優しい笑顔で男子生徒は私に手招きをした。
のほほんとしたその微笑みに心が温かくなったのを感じた。
今まで感じたことのない穏やかな感情。
身を焦がすような激情じゃないこの気持ちに私はすぐに気がつかないフリをした。
素直になれない意地っ張りな私を溶け込ませる。
背景の男子生徒のお陰で、私は自然とその雰囲気に溶け込むことができたのだった。
「…最近、楽しそうじゃないか」
学校に行く途中、響也がつまらなさそうに私へ問いかけた。
そう?と私はその問いかけに対して受け流す。
「何かあったのか?」
「学園祭の準備が軌道に乗ってきたからかしら」
「相変わらずだな。てっきり悪い虫でもついたのかと思ったぞ」
「…悪い虫って何のことよ」
「いいや、単なる独り言だ」
独り言にしては随分大きな声だ。
響也の気持ちは分かっている。
残念ながら、私は本当のヒロインではないから、その気持ちには応えられない。
だから、せめてもの誠意として、私は響也に素っ気なくするのだ。
「有栖川さん。今日の帰りにみんなでラーメンを食べに行かない?今日切れのクーポン券が何枚かあってさ」
何度目かのミーティング前。
男子生徒はいつもの屈託のない笑みを浮かべて、クーポン券を差し出してきた。
無邪気な表情。
顔にラーメンが食べたいです、とでも書いてあるかのような分かりやすさに思わず笑ってしまいそうになる。
私は笑いをぐっと堪えて了承した。
なんだか、本当に学校生活を満喫している。
ふと、窓越しに映った自分の表情を見て、そう感じた。
乙女ゲームのヒロインなんて、私には荷が重すぎて地獄だと思っていたのに。
「最近どんどん可愛くなってきたな。気になる男でも出来たか?」
妃は艶のある唇を弧にして、私に尋ねた。
そういえば、ついこの前にも似たようなことを響也から尋ねられた気がする。
いない、と答えると、妃は素直じゃないな、と笑う。
「本当に可愛いわ。私はいつでも愛莉の味方。愛莉を傷つける奴はぶちのめしてあげる」
妃の激励の言葉に私は笑って礼を言うしかなかった。
次の日の放課後。
私は玄関で偶然にもその男子生徒と帰りが一緒になった。
「有栖川さんも帰りなの?もし良ければ、一緒に帰らない?」
昨日のことがあったからか、変に意識しそうになる自分の気持ちを振り払い、頷いた。
ふと、私は最近出来たボーリング場の広告に目が止まった。
別にボーリングがしたかった訳ではない。
ただ、こんな乙女ゲームとかいうメルヘンな世界に少し似合わないなという偏見を抱いたからだ。
しかし、彼は私がボーリングに興味を持っていると思ったらしく、行く?と短く、私にそう尋ねた。
いつもなら迷った挙句断る異性からの誘いも
彼となら、と承諾してしまった。
彼は一般人だから問題ない。
そう自分に言い聞かせて。
ボーリングに行った後もカフェでお茶をして、他愛もない話をして。
ここが乙女ゲームの世界だと忘れるくらい、ひとときを楽しんだ。
そして、道中見つけた美味しそうなイタリア料理屋に今度行くことを約束して。
胸の高鳴りが聞こえるのを感じ、すぐに現実を思い出し、心が沈んだ。
所詮はゲーム内のこと。
きっとシナリオ以外のエンディングなんて存在しない。
もし、彼との縁があるとしても、モブキャラとの出会いなんて、ストーリー内の僅かなスパイスに過ぎない。
だって、私はヒロインなんだから。
自信過剰な考えかもしれない。
でも、乙女ゲームの世界はヒロインに優しく、そして残酷だ。
ゲーム本編で登場しないような透明な彼との未来なんてヒロインには用意されない。
それが運命だから。
文化祭当日は何事もなく、あっさりと終わった。
攻略対象からの一定の好感度を得ていないと、文化祭は単なる1つのチェックポイントを通過したことにしかならない。
ただ、ひたすら自分の職務を遂行した。
次の日。
私と男子生徒は約束していたイタリア料理屋に来ていた。
そして、デザートが来たタイミングで不意に手を握られ、告白された。
「…遠距離恋愛になるけれど、良ければ付き合おうよ」
「…遠距離?」
「俺が高校を卒業するタイミングで両親が離婚するんだ。俺は母親と海外へ行くことになったんだ」
「そうなんだ…」
そして、沈黙が訪れた。
レストランで流れている落ち着いたBGMとは裏腹に私の頭はフル回転していた。
もしかして、彼が私に告白してくれたのは、ヒロイン補正なのだろうか?
それか賭け事でもしているのだろうか?
誰が落としたら勝ち負けとか…
そんなくだらない不安がよぎり、私は躊躇った。
すると、彼はいつになく真剣な表情をして、
私を見た。
「俺を信じて」
その言葉に私は頷いた。
眼鏡越しの彼の柔らかな微笑みに私も思わず表情が綻んだ。
高校の卒業式が終わった次の日。
私は飛行場へ行き、彼の見送りをした。
思わず涙する私に優しくキスをして、遠くに行ってしまった。
大丈夫、波乱万丈な人生にはならない。
だって、彼はモブキャラだもの。
これでやっと乙女ゲームの舞台から降りることが出来る。
乙女ゲームのヒロインにだって、平凡で幸せな恋が出来ること、証明してみせる。
…そう思っていた。
4年後。
私は教職の勉強、彼も研究でなかなか予定が合わず、電話は欠かさずしていたが、大学在学中は会うことができなかった。
その中で、徐々に感じ始めていた違和感。
それは彼に会って、確信した。
今まで電話でしか話していなかったから気がつかなかった。
いや、気がつかないフリをしていた。
…大人になった主人公達の後日談が描かれたファンディスク。
そこで追加されたアリスの飼い猫をモチーフにしたキャラクター。
日に焼け、少し色素が薄くなって伸びた髪。
眼鏡をやめ、コンタクトにして雰囲気の変わった彼。
目の前にいる大好きな彼は前世で画面越しに見たキャラクターに瓜二つだった。
超がつくほどの天然で無自覚なタラシ男。
「黒宮…空護さん…」
「あれ?俺の新しい名字言ったっけ?」
私は思わず嘆いてしまう。
「名字だって山田なんて、いかにもモブキャラっぽい名字だったじゃない…」
「何を言っているか分からないけれど…全国の山田さんに失礼だよ?」
感動の再会のはずが、想像とは全くかけ離れたリアクションをされ、彼は戸惑いを見せた。
平凡なモブキャラとの恋になるはずが、まさかの事態。
モブキャラだから好きになった訳じゃないけど、ヒロインは乙女ゲームのシナリオから逃れられないの?
「会いたかった。会えなかった分を充電させて?」
そんな私の想いは彼の優しい抱擁で掻き消された。
私に平凡な恋が出来るか、それは誰にも分からない。
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