【鑑定】が規格外だった。
夕方に帰ってきたロビンに角ウサギの事を報告すると、ロビンは目を丸めて驚いた。
ただ倒した事はそれほど驚かなかったが、角を根元からばっきり砕いて取った事を言うと「乱暴過ぎだろ!」と突っ込まれた。
やっぱ角の採取は力業だったか。
「戦闘や解体の心得があるのはいいが、力業で解決するのはやめてくれ。角ウサギやバイパーならまだいいが、中には繊細な素材だってあるからな」
呆れながらロビンにそう言われた。狩りをしているだけあり、戦闘も解体もできるらしい。そういえば、弓を持って出かけてたっけ。
今度魔物の解体方法について教えてもらおう。
「……ああ。そうだ。念のため言っておく。俺は今日は夜も狩りに行くけど、おまえは結界の外には絶対に行くなよ」
「え。なんで?」
夜行性の魔物もいるのか? でも俺は絶対に出るなって何でだ?
「……この森。新月の日の夜はゴーストって言う不死系の魔物が出るんだよ。不死系の魔物は魔法じゃないと倒せない。魔法の使えないハイネじゃ危険過ぎる」
「なるほど」
それは確かに厄介だな。物理でどうこうなるならまだしも、それが効かないんじゃ意味がない。
魔法が使えない俺からすれば致命的な相手という事か。
「……ん? それならなんでロビンは外に出るんだ?」
「ああ。ゴースト……というか、不死系の魔物は倒した時、魔石を落とすんだ。ここら辺だと、割りとそこそこの値段で買い取ってくれるから稼ぎ時なんだよ」
「へぇー。……倒すって事はロビンは魔法が使えるのか?」
「……ああ。攻撃系の魔法ならいくつか使える」
ん? 微妙に歯切れ悪いような……。
ただゴーストの話はすらすら言えてたから、その生態も魔法の事も嘘じゃないだろうけど。
「わかった。そういう事ならおとなしく待つとしよう」
「理解してくれたなら何よりだ。……ホントにおとなしく待っててくれよ?」
朝もそうだったが、なんでそんなに疑わしげに言うんだよ。
そう思っていると「ハイネって自分の力量が通じるとわかったら、遠慮なく倒しに行きそうだから」と言われてしまった。
……あながち間違ってないから否定できないな。
真夜中。ロビンは装備を整えて再び家を出ていった。
稼ぎ時と言われれば俺も反対できないし、魔法関係は俺は管轄外だからな。
「30分で帰るみたいだし……大丈夫だよな」
真夜中。それも新月でいつもより暗いらしい。
夜目は利く方らしいけど、夜中だといろいろ不便だからな。無事に帰って来てほしいものだ。
そしてロビンが狩りに行って、1時間経過した。
「……遅い……」
ロビンは30分で帰ると言っていた。なのに1時間も経過している。
出会って1日しか経ってないが、あいつが嘘をつくとは思えなかった。
「……結界に出なければ、良いんだよな?」
さすがに物理の効かない相手がいる森に出る程、俺はバカじゃない。
結界内なら問題無いとの事だから、念のため日中と同じ装備を持って外に出てみることにした。
「……なるほど。これはヤバい」
扉を開けて外に出ると、外はすごく真っ暗だった。
その中で、森の中から時々白い何かが現れる。
あれがゴーストって奴か?
「俺も夜目はそこそこ利くけどこれは無いな。……あ」
「ア……ア……」
あ。ゴーストと目があった。
ゴーストは俺に気づくとゾンビのように手を伸ばし――だけど結界のせいか、庭には入って来なかった。
ガラスを引っ掻くような動作で指を動かしている。
「うわぁ……ロビンには感謝しかないな」
こんなのに襲われて死ぬのは嫌だな。
そう思いながら、ゴーストにも【鑑定】を使ってみた。
――だが【鑑定】の結果を見て、おかしな事に気づいた。
【ゴースト:魔物】
闇の魔力が強くなった際に現れる霊体系の魔物。全体的に能力が低いが、魔法以外は基本的に受け付けない。
・生命力:G
・魔力:S
・物理攻撃力:G
・物理防御力:G
・魔法攻撃力:F
・魔法防御力:F
・素早さ:G
・属性
闇【Lv.1】
・弱点:炎・水・土・風・光
・弱点備考:魔法を発動する際に魔力を取り込む為、発動前なら物理でも倒す事ができる。
・所持スキル
物理無効【Lv.3 特定条件下で解除】
・所持魔法
闇属性
ダークボール
・魔法発動までの時間
闇属性=10秒
【鑑定】自体はいつも通りなのだが、項目が追加されていた。
まず魔法に関する事が追加されている。属性や魔法、スキルにも強さを表すと思われるレベルの表示があるし、発動までの時間も書かれている。だが現状に置いて、今はこれはどうでもいい。
問題なのは物理関係に対する項目だ。
(コイツらも殴れば倒せんのか!?)
ロビンは魔法でないと倒せない、と言っていた。実際ゴーストの詳細もそうだし、所持スキルにも物理無効がある。
……にも関わらず、そのスキルには特定の条件下で解除。と書かれていた。弱点備考にもその詳細が書かれている。
「…………」
……ちょうど目の前のゴースト。上げた片手から魔法を発動させ、それを結界にぶつけている。
そして再び片手を上げ、紫の光を集めている。
「――――そいやっ!!」
たった1秒が状況を大きく変えるのだ。狩りだろうが戦闘だろうが、それは何事も変わらない。
魔法を発動させる前に、結界の内側から杖で殴ってみる事にした。
「オォ……!」
【鑑定】の通り、殴る事に成功した。殴られたゴーストは角ウサギ以上に貧弱で、一発殴っただけで霧のように霧散していき、小さな宝石を残して消えてしまった。
「マジかよ……」
武器とはいえ、ただの木製の杖だぞ? いくらなんでも貧弱過ぎる。
……だがこれで確定した。
「……ロビンを探しに行こう」
この程度なら、俺でも何とかできる。木々という遮蔽物があるなら魔法も回避できるだろう。
物理攻撃が効くならこちらのものだ。
最後にロビンが去った方向に向かって走っていき、彼を探していく。
もちろん出会ったゴーストは片っ端からぶん殴っていき、次々と消滅させていった。
時折放たれる魔法は木を盾にするか直前で避けて回避していく。おかげでここまでノーダメージだ。
あと、もう一つ。気のせいか、身体がいつもより軽い気がする。【鑑定】の効果が上がったように、身体のレベルも上がったのだろうか。
(今の状況だとありがたいからいいけど)
便利ならばそれで良し。俺は細かい事は気にしないのだ。
「もう少しで30分……」
ロビンが去った方向は比較的に明るい方だ。
木々をが多い事には変わりないが、極端に密接している訳でない。
……見逃してはいないはずだ。
「ロビン……!」
とはいえさすがに夜だとキツイ。おまけにゴーストは結構ウヨウヨしている。数がそこまで多くないのが救いだ。
早く見つけないと……!
「……!?」
すると目の前にディスプレイが現れた。
え? 俺、何を【鑑定】したの? これ、たまに勝手に発動するから困るんだけど……。
そう思いながら、画面を見つめてみた。
【ロビン・シャウド:種族・ダークエルフ】
自身の生命力と引き換えに強力な魔力と闇属性を得たエルフ。通常のエルフと比べ、攻撃魔法の能力が高く、身体能力が低い。
・生命力:D
・魔力:A
・物理攻撃力:D
・物理防御力:D
・魔法攻撃力:C
・魔法防御力:B
・素早さ:C
・属性
火【Lv.12】
風【Lv.10】
闇【Lv.1】
・弱点:光
・弱点備考:弓と魔法が得意。ただしダークエルフの性質も相まって、近接攻撃や持久戦など、物理戦には難が見られる。
・所持スキル
【闇夜の魔力】
ダークエルフ族専用。生命力と引き換えに、魔力と闇属性の能力を大幅に上げるスキル。
【弓術の達人 Lv.5】
弓に関する能力を上げるスキル。弓スキルに補正がつく。
・所持魔法
火属性
ファイアボール・ファイアウォール・フレアゾーン
風属性
ウィンドカッター・スタンブラスト
闇属性
ダークボール
・魔法発動までの時間
火=1秒
風=1.1秒
闇=10秒
・現在の状態:瀕死【生命力低下】
「――ロビン?」
書かれている名前。種族。能力など。すべてロビンに当てはまっていた。
ただ、記載された情報によると彼はダークエルフらしく、ただのエルフではない。
確かに全部を聞いたわけじゃないが……。
「……確かめてみるか」
最後の項目……『現在の状態』。【鑑定】の結果が正しいなら、彼は命の危機にある、という事だ。
自分の【鑑定】はあり得ないレベルでドンピシャなのだ。外れてほしいが、それはあり得ない。急いで助けないと……。
幸いちょっとでも方向がずれると画面が消えるので、ある意味【鑑定】がコンパス代わりになっているのは助かった。
「……ロビン!」
【鑑定】に頼って歩けば、ロビンの姿をようやく見つける事ができた。
やはり結果は正しかったらしく、木に背中を預けてぐったりしていた。
「……背中から出血してるけど、死んではいない。よかった……生きてる……」
そっと触れてみれば、まだ体温はある。背中の傷も、確認したら深くはない。浅い傷だ。
耳を澄ませば、荒い呼吸が微かに聞こえる。
「だけどいったい、何があって……!!」
この傷は間違いなく刃物だ。動物の牙や爪には見えない。
何事かと考えたその瞬間、すぐ近くで何かが潰れるような音が聞こえてきた。
思わずその方向に顔を向ければ、闇の中にいた『それ』が目に映った。
(ほ、骨が動いてる!!?)
闇の中にいたのは、人骨だった。だがその骨は人間と同じように動いており、今も剣を持つ右手を振り上げ、何かを潰している。
目を凝らしてよく見ると、動物……形状からして猪っぽいものがぐちゃぐちゃに潰されており、完全に絶命していた。
どうやら音は人骨がそれを潰しているものであり、振り下ろす度に血と肉片が飛んでいた。
(うわ、グロい……。……まさか、あれに……?)
手に持つ剣は刃物だ。ゴーストが魔法で攻撃した事を考えたら、原因はアレだと考えるのが普通だ。
人骨の正体を知るべく、俺はアレを【鑑定】してみる事にした。
【スケルトン:魔物・不死系:ランクD】
闇の魔力が強くなった際に現れる不死系の魔物。死者の骨が魔力で動いており、命ある者を感知しては武器を用いて襲いかかる習性がある。魔法以外では消滅する事は不可能。
・生命力:G
・魔力:S
・物理攻撃力:C
・物理防御力:F
・魔法攻撃力:G
・魔法防御力:G
・素早さ:C
・属性
闇【Lv.5】
・弱点
火【+1.2倍】
光【+2倍】
・弱点備考
骨を欠片くらいに粉々に破壊すれば魔力は霧散し、再生しなくなる。
・所持スキル
自動再生【Lv.1 特定の条件下で解除】
物理攻撃で身体を崩しても魔力が集まれば再び動く事ができる。
生命感知【Lv.1】
生命を魔力で感知し、索敵する。
「また【鑑定】の性能が上がってる。いや、それより……」
スケルトンの弱点属性は光は2倍。火は多少威力が増す程度か。
ロビンは火属性が使えるけど、アレは見た感じ接近戦タイプだし、ロビンだと相性的に不利だったんだろう。
仮にそうでなくても、ゴーストと同じく、もしかしたらロビンはスケルトンの能力を完全に把握してなかったのかもしれない。
(ロビンを抱えて逃げる――は、無いな。気づかれたら確実に追い付かれて殺される)
詳細が正しければ、スケルトンは生命力を感知する能力を持っているらしい。
俺は力はある方だが、怪我人を抱えては素早く逃げられない。あの猪を潰し終わったら、確実に今度はこっちに矛先を向けるだろう。
(何か他に手は……)
こいつも物理攻撃は効くんだ。倒すか、もしくは時間を大幅に稼ぐ方法さえあれば……!
何か無いか。と辺りを見回した瞬間、俺の【鑑定】があるものを捉えた。
(アレは……! ――よし、これなら……)
『それ』の【鑑定】の結果、俺の脳内が必勝パターンを弾き出した。
時間稼ぎどころか、倒す事も十分可能だ。
「……悪ぃな、ロビン」
言い付けを破った事には後で謝ろう。命さえ助かればどうとでもなる。
命は――失ったら、それまでなのだから。
「……やってやる!」
規格外の【鑑定】結果を信じて、あの骨を倒してやる!