今までもこれからも
安城との戦いの後、ギルマスが手配してくれた冒険者の方々に助けられ、俺らは中央ギルドの優遇された宿屋にしばらく泊まる事になった。
どうやらギルマスはいざという時の救助役として手配してくれたようで、何かあれば俺らを拾うように言われたらしい。
すごい助かった。ぶっちゃけ俺も眠かったし疲れてたし。何よりロビンと安城の二人を運ぶ力が残ってなかった。地獄に仏とはよく言ったものだ。
「よう、ハイネ。元気そうじゃないかい」
「わぁ、ギルマス。またッスか」
そして宿屋に泊まっている間、結構な頻度でギルマスが来訪してきた。主に雑談だ。特に何かあるわけではない。なんでも女傑なギルマスは俺が気に入ったから遊びに来ている、という理由らしい。
ちなみにギルマスはいつも仕事を終わらせてから来ている。出来る大人は仕事が早くて何よりです。
「……アカネは未だに目を覚ます様子は無い。鳩尾に受けた一発は既に治ってるから、呪いを受けた精神の方が弱ってるんだろうね」
「そうですか……」
ギルマスの報告にため息をつく。
保護されてから数日経つが、安城は病院でまだ眠ったままだった。エルフや上位職業しか解除できない呪いは詳細が不明な事も多く、原因はわからない。
そもそも安城がいつ呪いを受けたのもわからない。武術大会の後なのは間違いないが、それでも終わったのは午後6時近く。襲撃を受け始めたのは午後10時近くなので、掛けるとしたら4時間以内だ。
まだ賑わっている時間なので、誰にも気づかれずに安城に呪いを掛ける事が出来るのか……ぶっちゃけ疑問だ。まあこの件はこれ以上調べられないのでギルマスたちに任せるしかないけどな。
「ロビンの方は体力も魔力も戻ったよ。今日ここに帰すからね」
「! マジですか!?」
今度は朗報だった。
ロビンも安城と一緒に病院送りにされたが、どうやらこっちは無事らしい。
「ホントだよ。浄化や回復系の魔法を使ったら、ごっそり魔力と体力を奪われるからね。アイツは昔からそうだったからピンときたのさ」
「昔から……。ロビンの事を知ってるんですか?」
「そりゃあね。単独行動を取る『人工』ダークエルフは何かと問題に直面しやすいから、目を光らせてはいたんだよ。アイツ、結構絡まれやすいからね」
「……『人工』?」
ギルマスの話を聞き、だけど話に出てきた『人工』という不釣り合いな言葉に目を開いた。
「……アンタ。知らなかったのかい?」
「……ロビンは隠したがっていましたし、俺も無理に詮索する気は無かったので」
「そうかい。……良い仲間を見つけたね、アイツは」
微笑を浮かべながら頷くギルマス。
お茶を一口飲んでから、真剣な表情で向き直る。
「アンタがどこまで知ってるかわからないから初めから話すよ。エルフ族は二種類いるのはさすがにわかるよな?」
「まぁ、それくらいは」
「あいよ。エルフは光属性や回復系統の魔法が得意な一般的なエルフ。闇属性や攻撃系統の魔法が得意なダークエルフに分かれている。……アンタは10年前に起きた、『ユグドラシル教の暴走』は知ってるかい?」
「ユグドラシル教の暴走……?」
暴走とはこれまた物騒だな。しかも宗教絡みか。嫌な予感しかないぞ。
「その歳なら知らないのも無理は無いから構わない。……近年で世界樹の魔力が衰えている事が問題視されていて、世界各国が重く見ている。特にユグドラシル教は世界樹を神として崇める団体。ある意味では六大国家以上にピリピリしているのさ」
なるほど。世界樹をどうにかしろというのはルナシェリアの連中も言ってたからな。
それが神として崇める団体なら余計に敏感になるって事か。
「ユグドラシル教は世界各国に渡り、回復魔法に長けた連中を集めたり世界樹に祈りを捧げたりしたが、結果はすべて惨敗。……業を煮やした連中は、ついに禁術に手を出しやがったのさ」
「それが……ユグドラシル教の暴走って奴ですか?」
俺の問いに「そうさ」と頷くギルマス。
……それにロビンが関わっているというのか?
「……具体的に、どんな禁術なんですか?」
「簡単に言えば『生贄』だね。魔方陣にいる人間たちから生命力と魔力を引き抜き、その二つを世界樹に送るというものさ」
「生贄……!?」
思った以上にとんでもない答えが返ってきた。
しかも生命力と魔力って……どっちも奪われるのは一大事だぞ……!
「……結末は、どうなったんだ」
「……当然変化は無しさ。そして生贄にされた奴らは半数以上が死亡。生き残った奴らも禁術の影響により、身体に変化や異常が起きてしまった。具体的に言えば、身体の一部が魔物になったり病に侵されるようになったり。……光属性の性質を持つエルフが邪気に侵され、闇属性のダークエルフへと変わったりね」
「! それって……」
「ああ。ロビンの事だ。アイツもユグドラシル教の暴走によって生贄にされ、生き残った連中の一人さ」
だからか……攻撃魔法に歯切れ悪く言ったり、エルフ族の特長である弓の腕をひたすら上げていたのも。
彼は、元々はエルフだったから。
「まさか……たまに言われてきた『穢れた』エルフというのは……」
「そうさ。エルフだった奴が禁術の邪気に侵され、ダークエルフに変貌した。しかも本来のダークエルフはエルフと同じく長命なんだが、無理に変化した影響なのか、人工ダークエルフはアタシら人間と同じ寿命と成長しかない。……普通の生まれ方でも種族でもないから、一部の連中がそうやって呼んでるのさ。嘆かわしい事にね」
「だからか。……あと一つ。浄化の魔法を使ったら倒れたんだけど、ダークエルフは浄化魔法って使えないんだよな?」
「そうさ。普通ならね。ロビンの場合、元は補助や浄化の魔法に長けたエルフだったから、今でも使える事には使える。……だが今はダークエルフ。使い方はわかっていても性質の違う物を無理やら使うものだから、アイツ自身にも強い負荷をかけちまう。……それでも認めたくないんだろうね。元エルフからしたらさ」
「…………」
……だからか。アイツが『穢れた』エルフという単語に反応していたり、【鑑定】に載っていなかったスキルを扱えたりしたのは。
元はエルフだから。今の自分は本当の自分じゃないから。
「――それでも。俺は……。……俺は、ロビンに助けられたんだ」
ロビンの苦痛がどれだけのもなのか。そのすべてを理解できるとは言えない。
――だけど、俺自身も地球では『異端』として見られていたから、理解できる事がある。
「例え普通とは違っても、ロビンはロビンであり、俺にとっては大切な仲間だ」
俺を助けてくれたのはロビンであって、他のエルフではない。
例え生まれが普通で無くても、俺にとっては助けてくれた恩人に変わりはないんだ。
「……そうかい。やっぱりアタシの目に狂いはなさそうだね。……ほら、ロビン! そんな所にいないで、いい加減こっちに来な!」
フッと笑ったと思ったら、突然廊下に向かってギルマスが叫んだ。
何事、と呆けていると扉が開き――奥からロビンが姿を表した。
「ロビン!」
「あ……えっと……」
「まったく、自分の生まれの事になると急に止まりやがって……。ほら、男なら覚悟を決めて中に入りな!」
「ちょっ……ギルドマスター!?」
ギルマスにぐいぐいと押され、ロビンが部屋の中に来た。
ギルマス……少し強引過ぎじゃないですか?
「そろそろアタシは仕事に戻るよ。ハイネ、こいつをよろしく頼むね。ロビン! アンタもいい加減腹を決めな!」
ロビンを中に押し込んだギルマスは一言言ってから帰っていった。
この空気の中で帰らないでくださいよ……。ロビンも何を言えばいいかわからず、その場で固まったままだ。
「あー、えっと……勝手に知って、すまんな?」
「別に……隠してたのは、俺だし……」
とりあえず謝っておいた。一応は隠してたみたいだし。
それでも口下手が災いして、互いに何を話せばいいかわからない。
「……ロビンは、今の自分が嫌いか?」
「……え?」
とは言え、話を進めない事には何も変わらない。
思いきってこっちから踏み込んで見る事にした。
「その事件に巻き込まれて、勝手に違うモノに変わって。……やっぱり、嫌いか?」
「……当たり前だ。俺は……望んでこんな人間になりたかった訳じゃない」
「…………。それでも、俺はロビンが感謝しているし、ロビンの事が好きだよ」
自分の本音を思いきって打ち明けてみる。
予想外なのか、驚いた顔をしていた。
「ロビンの受けた苦痛を、全部理解できるとは言わない。だけど、俺は向こうでもこっちでも『異端』だから、『他人と違う』事に対する苦痛は、なんとなくわかる。……まあ、別に理由なんて関係なく、ロビンが大切なんだけどね」
「……っ。バカじゃねぇの……?」
「かもな。……でも、これが俺の本音」
嘘偽りじゃない。これが俺の本音。
ロビンがなんであろうと、俺には関係ない。
「憎むなとか、忘れろとか。そんな事は無理に言わないよ。代わりに、少しでもいいから、前を向いてほしいな。……ダメか?」
「…………努力は、する」
プイッとそっぽ向かれた。……まあ、前向きに考えてくれてるから良し、なのかな? うん。
「ありがとう。……これからもよろしくな。ロビン」
「…………ああ」
初めて会った時のように、もう一度改めて向き直る。
今度はロビンをちゃんと知った上で。そして理解していく事と含めて。