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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第二章 コーヒーミルを回したら
9/30

2-3

「囲炉裏なんて、テレビとかでしか見たことないんだけど、何でここに?」

 具詩は素朴な疑問を口にした。いくら歴史のある和菓子屋だからって、店の奥に囲炉裏が設置されているなんて、おかしな話だと思う。

「そろそろ良い頃合いでしょうかね」

「はい」

 囲炉裏を挟んで向かい合っていた店員が具詩たちを気にする様子もなく、会話した。囲炉裏の上には自在鉤に吊られた鍋があり、何かをぐつぐつと煮立たせている。甘い香りがするということは、砂糖や小豆か何かを煮ているのだろうか。

 気になって具詩は店員に問いかける。

「これは何を作ってるんですか?」

「あまづら」

「ん……?」

 あまづらと言う言葉はこれで一つの単語なのだろうか。づら、と言う言葉はまるで方言のようにも思える。

 腑に落ちないような表情をしている具詩に、

「ツタの樹液ですよ」

 店員が続けて言った。

 具詩は鍋の中身を確認した。なるほど、確かにツタのように長いものが、煮えている鍋の中でぐったりと萎れている。水と一緒に煮ているのか、そこにある液体は粘どろどろと粘土が高そうだった。


「なー、これどうやって食べる物なのか聞いてくれよ、具詩」

 ツゲが具詩の体を揺すった。

「あ、うん。店員さん、これはどうやって食べるものなんですか?」

具詩は店員を見て訊いた。

「冷えたら氷にかけて食べます」

「氷に……ってことは、これかき氷のシロップみたいなものなんですか」

 半ば驚愕を内包した声色で具詩は言った。

透明で、どろっとしているそれを氷にかけて、それが果たしておいしいのかどうか、具詩には想像が及ばなかった。市販のかき氷シロップのように鮮やかな色も付いていないし、ツタから煮出しているのだから、甘さもかなり控えめだろう。


「それにしても、あまづらのかき氷なんて聞いたことが無いなぁ」

 具詩は考えこむような仕草をしながら呟いた。しかし、具詩は特別スイーツに詳しいわけでもなかった。まぁこんな甘味もあるのだろう、と深く考えず、その場を後にした。

 重要なのは、お菓子の研究ではなくて、コーヒーミルの付喪神の動向を探ることだ。

 ぞろぞろと暖簾を越えて、和菓子屋の店内に戻ってみると、

「お客さん、試食していきますか?」

 さっきまで地面に木の実を並べていた店員に訊かれた。

「あ、いえ。大丈夫です」

 具詩は断って、そのまま外に行こうとした。和菓子屋の店内を一通り見たが、コーヒーミルの付喪神が見当たらない。つまりここではなく別の場所にいるだろうと推測し、うかうかしていられないと焦っていたのだ。


「待て具詩。餅だぞ。まさか、素通りしていく気ではあるまいな」

 水蓮が目をぱちくりと動かして言った。

「餅って……」

 具詩は試食を勧めた店員を横目で見た。どこに置いてあったのか、巨大な臼の中に白い生地を置いて、重々しそうに杵を振り下ろしていた。白い生地にはまだ少しだけ形の残った米粒が見えた。今時、和菓子屋で並べる菓子のための餅を、こうやって臼と杵で作ることもあるのか、と具詩は思った。21世紀のお菓子作りは、まだ完全に機械化されてはいないらしい。

「餅だぞ。いくら付喪神世界のことがあるとはいえ、見逃せん」

 水蓮が力強い瞳で具詩に言った。何でそこまで餅に気持ちが奪われるのか、平成生まれの具詩はぽかんと口を開けてあっけに取られた。


「わ、分かったって。どうぞ」

 具詩は付喪神たちに餅の試食を勧めた。水蓮だけではなく、他の付喪神も餅には目が無いらしく、賑やかにその店員を囲った。

「はい、もう出来上がったのがありますよ。ぼたもちです」

 店員は木の板の上にぼたもちを並べて差し出した。ぼたもちは、かなり実の大きな小豆に包み込まれていて、一つ一つがかなり大きかった。あまり甘いものを好まない具詩には、胸やけがするほどでは無いかと思われた。他の付喪神とは少し離れ、具詩は賑わいを遠巻きに眺めていた。

「良かったね、美味しい?」

 水蓮がそのぼたもちに口を付けたのを見計らって、具詩は質問した。

 すると、おや? というような表情で水蓮は、

「何故だ。甘くなくて、しょっぱい」

 と感想を述べた。

「しょっぱい?」

「そうですね、塩の味がします。あ、美味しいですよ」

 シャムがもぐもぐとしながら言った。味に不満はなさそうなのだが、甘いと思って食べたら甘くなかったので、どうやら付喪神たちは面食らったらしい。

「砂糖は貴重なので、たくさん使ったりは出来ないんですよ」

店員は申し訳なさそうに言った。


「砂糖が貴重?」

具詩は店員の言葉に首を傾げた。現代のお菓子屋さんなんて、どこも大量に砂糖を使用しているのが、当たり前のはずだ。甘くないぼたもちを売るとなると、この店の先行きが不安な気がした。


 ――いや、そもそも地面に木の実を置いて売ってる時点でダメか……。

 

具詩はもっともなことを考えて、今度こそ店の外に出た。ロスしてしまった時間を挽回するように、コーヒーミルの付喪神を探すために、蓬莱通りのいたるところに目を光らせた。

すると、具詩はあの、足の方から透けているウェイトレス風の男性の姿――つまりコーヒーミルの付喪神をある場所で見つけた。その場所は、蓬莱通りのおよそ中央に位置する、メガネ屋の中だった。


「この中! 絶対に捕まえますよ!」

 具詩は後ろを振り返り、水蓮たちに声をかけた。まだ餅が口の中に残っているのか、誰も返答せずに、口をもごもごさせながらただ頷くだけだった。

 次の瞬間、具詩が店の中にためらうことなく踏み込むと、コーヒーミルの付喪神はにやり、と不敵な笑みを見せた。

「君が本当にコーヒーミルの付喪神? それにさっきの、和菓子屋がいつもと変わってたのも君の力!?」

 具詩は知らず知らずのうちに、大きい声で追及した。

「その通りですよ。僕はコーヒーミルの付喪神、豆黒。でも、僕に力を使わせたのは、貴方自身。そうじゃないですか」

「俺自身が、力を使わせたなんてことは……」

 具詩は自分の行動を振り返った。コーヒーミルを買ってきて、その後コーヒー豆を砕いた。それだけのはず。どこも付喪神の力を発動させるような、特別なことなど一切していない。

「ここも、変わりますよ」

 豆黒、と名乗った付喪神はパン、と一つ手を打った。

瞬きする間もなく、メガネ屋の全景は変化した。さっきまで幾何学的な線の細いデザインの商品棚があったところに、背の低い桐箪笥が見えていた。その箪笥の上にズラリ、とメガネが整列していた。


「どうやら幻惑するほどの強い力を持った付喪神であることは、間違いがないようだ」

 ようやく水蓮がまともに喋った。

「それで、どうやったら付喪神世界に連れていけるの?」

「豆黒の気を惹くしかない」

「方法は?」

「具詩がギターを弾いて聞かせる他あるまい」

「でもそれ、ここじゃ出来ないけど……」

「はっ、しまった」

 水蓮は本当に気付いていなかったのか、さっと青ざめた表情を浮かべた。

「あはは、僕を捕まえることが出来たのなら、どこへでも参りましょう!」

 けらけら、と楽しそうに笑って豆黒は姿を消した。

「だそうだ、具詩」

「あんなにしょっちゅう姿を消されてたら、捕まえられるわけないと思うけど……」

「おい、具詩。変なメガネがいっぱいあるぞ」

ツゲが桐箪笥の上をじーっと見て言った。

 どれどれ、と具詩がツゲの横に来る。確かに、桐箪笥の上には見たことのない形をしたメガネが置いてあった。普通なら、耳に引っ掛ける部分がメガネにはついているはずなのだが、それが角度を変えて確認してもついていないようだった。これじゃ、メガネとして使うには不便すぎるのでは、と具詩は疑問を抱いた。


「たぶん、こう。持ったまま、使う」

 双六がべっこう色の丸々としたメガネを一つ取り上げ、おもむろに自分の目元にあてがった。

「そういうもの?」

「あ、でもこっちには紐がついてるので、手を自由に使えますよ」

 シャムが別の桐箪笥の上から黒いメガネを持ってきた。具詩の目の前に差し出されたそれは、ぶらんと長い紐を垂らしていた。

「さっきまで普通のメガネが並んでたはずなのに、豆黒が手を叩いた直後から、なんかおかしい……」

 具詩はその紐付きメガネを訝しみながら見た。

「分かったぞ」水蓮が膝を叩いて言う。「豆黒の力によって和菓子屋も、このメガネ屋も、時の流れがぐちゃぐちゃにされたんだ」


「時の流れ?」

「あぁ。例えば和菓子屋なら、原始時代の菓子である木の実を売っていたり、平安時代の菓子である、あまづらを作っていたり、塩っぽいぼたもちもそうだろう」

 自信ありげに水蓮は説明した。なるほどー、と拍手などをするツゲとシャムを横目に具詩は首をひねっていた。


 ――でも、豆黒は俺に、俺のせいで力を使うことになった……って言ったんだ。それと店内の時の流れがおかしくなるのには、何の関係があるっていうんだ?


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