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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
最終章 いごこちの良い場所
30/30

5-6

 そんなことをしている間に、ようやく桜子が戻ってきた。桜子が具詩と友達の前に、急須を乗せた盆を置いた。

「千載さん、どうするんですか?」

「あ、うん。ふっ、ちょっと待ってて」

 どんぐりが全員そろって回転しだしたところでとうとう笑い声を漏らしてしまうが、なんとか立て直す。具詩は水連をこまねき、水滴を使ってくれ、とジェスチャーした。

「一体、何をするつもりなのか」

 首を傾げながら、水蓮は水滴を持ち上げ、さらさらと畳の上に水を注いだ。

すると、

「わっ、何急に、どういうこと!?」

 桜子の友達二人の体が同時に浮き、畳の上をすーっと淀みなく移動していった。水蓮の能力、居心地の良い場所に人を移動させてちょうどよく調整する、という能力が発動したのであった。

事態が飲みこめていない様子で、二人はキョロキョロと周りを見渡した。

 次の瞬間、桜子の友達二人が見事な空気椅子を披露した。


「えっ、凄いけど急にどうしたの?」

 桜子が視線を上下にさ迷わせて問いかけた。

「ご、ごめん。これが居心地よくて」

 友達の一人が申し訳なさそうに言った。

「桜子、本当は私たち正座が苦手なの。こう、お茶を飲むときは椅子に座ってないと落ち着かないっていうか」

「そうだったの? 煎茶部の部室はここみたいに畳の部屋だから、それで……」

「本当にごめん!」

 具詩は不思議と、他人事のようにその光景を見ていた。部屋の中での居心地の良さをくみ取り、調整する……。椅子に座る方が良い、という彼女たちの心境は、水蓮の力にかかるとこんな風になってしまうのか、とぼんやり考えていた。


「よし、それならば」

 水蓮がぱちん、と豪快に手を叩くと、畳から梅の花が生えて来た。その梅の花はふんわりと膨らみ、クッション性の高い椅子のようになった。桜子の友達はそれぞれその梅の椅子に腰かけた。二つの椅子が少しずつ離れ、ある程度の距離でぴたりと止まった。その距離が、二人にとって最もちょうどいいということだろう。

「ゴメン、正座がそんなに嫌だとは知らなくて……」

「ううん、こっちが悪いよ。約束破るほどの理由じゃないから」

 桜子たちはそう会話を交わした。桜子が差し出した茶を、二人はありがたそうに啜った。


 ――はっ、どんぐり来た。


 そんな微笑ましい光景に再びどんぐりが侵入してきた。どんぐりは桜子の友達が手にしている湯呑から、無音で茶を啜り込んだ。

「どんぐりで染めた半襟が近くにあるようだ。その半襟の付喪神だ」

 水蓮がどんぐりを指し示して言った。

「じゃあ、あれは」

 和室の中には続々と謎の生命体が増えていく。どんぐりに、鬼のようなもの、日本人形風の少女たち、にんじん。

「この部屋には随分と付喪神が宿った古道具が多いようだな」

 水連が腕を組んで呟いた。やはり、桜子の家は裕福なのだろう。下手すると、菊美の古同店よりもたくさん古道具が置いてある家かもしれない。

「ありがとうございます千載さん。二人とも、今年の文化祭の時は絶対に行くから、って言ってくれました」

 具詩の前に来て、桜子が恭しく礼を述べた。どういたしまして、と言って具詩は水連の宿った水滴を彼女に返した。これでもう桜子は愚痴をこぼすことは無いだろう。安心したような、寂しいような、そんな気持ちのはざまで、具詩は桜子の家を後にした。



「え、返品?」

 二週間後、桜子はまた古道具屋を訪れていた。また水滴を手にしている。しかもそれを返品したい、と具詩に言ってきたのだ。

「あれから考えたんです。私、書道は全然得意じゃないし、続きそうもなくて。もっとちゃんとした人のところに置いてあった方が、良い道具だと思うんです」

 桜子は晴れ渡るような笑顔で言った。


「そっか、色々考えたんだね」

 具詩は水滴を受け取って、ガラスショーケースの中にいれた。これでようやく、水蓮のホームシックも全快するだろうか。

「ありがとうございました!」

 桜子は深く頭を下げて店を去っていった。


 ――文化祭、上手くいくと良いね。

 言い忘れてしまったことを具詩が心の中で呟いた、その時。

「具詩ー! 早く、来てくれ!」

 ガラスショーケースから片足出した状態のツゲに話し掛けられる。

「どうしたの?」

「何か、大変なんだよ!」

 具詩はツゲに引っ張られるようにして付喪神世界へとたどり着いた。付喪神世界の光景がおかしいのは、いつものこと。だけど今、目の前に広がっている光景は種類の違うおかしさだ。

「何よ、いっつも一人で大丈夫とか言って……結局、世界が崩壊したじゃないの!」

「うるせー! じゃあ何だ、維持できないってなったら、どうしろって言うんだよ」

「そんなの、なんか言ってくれれば、相談してくれればって思うじゃないの!」

「相談したところで、どうにもならないことがあるって」 

 菊美と丹治が取っ組み合いのけんかをしていた。その二人を引き離すために、付喪神たちが必死になっているが、喧嘩はますます悪化していくばかり。具詩も困り果ててしまった。話を聞いている限り、喧嘩の原因は根が深そうだ。


「あ、そうだ」

 具詩はポン、と手を叩いた。

「水蓮、水滴持ってきてくれない」

「どうするのだ」

「いいから」

 水蓮は言われた通り、水滴を手にして付喪神世界に戻ってきた。

「あれ、やってみてよ」

 あれ、で伝わったようで、水蓮は畳の上に水滴を傾けて水を落とした。喧嘩の仲裁に入っていた付喪神たちが、居心地の良い場所へとちょうどよく位置を調整され、菊美と丹治からぐーっと引き離されていく。

「わっ」

 ほとんどの付喪神たちはそこから移動したにも関わらず、菊美と丹治はまったくその場から動かなかった。

 むしろ、近付いて行っている。

 丹治の胸元に、これでもかというほど菊美は押し付けられていく。

「な、なにこれ」

 丹治と菊美が同時に驚愕の声を上げる。

 具詩も他の付喪神たちも、あーあ、というような表情になる。


 ――一番居心地のいい場所が、そこでしたか……。


 心配して損した、というようにみんな目をそむけた。

「ペンダントが食い込んで痛え……」

「今まで眠りこけていたお返しよ」

 菊美が丹治の胸にめりこみながら言った。

 ――バカップルって、見てられないよね。

 具詩は視線をさ迷わせて、ギターで止めた。もう四十年も経たないと出会えない、ジャジーが中にいるはずの、ギター。

「こんな状況だけど、弾こうかなあ」

 具詩はギターに手をかけた。

 その瞬間、わああっと、歓喜の声が上がる。

 ひとりでにギターが鳴り、ジャジーの存在を感じる。

 ふと、バンドメンバー募集の掲示板の文言を思い出す。


 ――世界を席巻しませんか?


 これからも姿を変えていく、この付喪神世界で、きっと具詩は唯一のギタリスト。

 金をいくらか持ち逃げされたけど、そんなの大した額じゃないな、と具詩は今はすっかり開き直れる。

 付喪神のスカウト&卵さんのギタリスト。

 自分だけにしかできないことを、見つけたのだから。

 卵さんの曲を弾けば、みんなが笑う。付喪神世界のみんなだ。

 そのたびに、具詩は思いだす。

 初めてこの部屋でゲラゲラ笑った時、具詩は思ったのだ。


 この笑い声に六畳一間は、ちと狭いんじゃないか、と。


              ――END――

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