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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第一章 つくもがみ世界
3/30

1-3

「この店、何ていうんですか」

「菊夜堂です。あらやだ、ほこりが」

 女性が濃いピンクの使い古したはたきを取り出すと、近くにあった古道具の上をさっと掃いてみせた。

 店の壁に添わせるように、こげ茶の木色の棚は置かれていて、その上に古道具はキチンと並べられていた。床は棚の雰囲気とは異なり、現代的な大理石風の床で、色は黒とグレーの中間だった。

「あの、俺はどこで演奏すればいいんですかね?」

 具詩はこらえきれずに訊いた。

「えぇ、それじゃあお願いしてもいいのかしら。お茶でも召し上がってからの方がいいと思ったんですけど」

「いえ、お構いなく。俺はいきなりでも大丈夫ですけど……」

 具詩はパックに詰まったコロッケと店の風景を交互に眺めた。

 古道具屋、と紹介されただけあって、確かに古っぽい道具たちが棚の上には並んでいる。真っ先に具詩の目に飛び込んできたのは甲冑だった。歴史博物館以外に置いてあるものなのか、と具詩は驚いた。

 次に目に入ったのは、そろばんとタイプライターが一緒になったような形の古い計算機だった。その次は、将棋の駒のセットが二つ、将棋盤と一緒に並んでいる。


「それはツゲ、という高級な木で作られた将棋駒なんです」

 女性が生き生きと語った。それを見て、きっと古道具店の商売が、心から好きなんだろうなあ、とまだ会って二十分も経っていない具詩にもよく分かった。

「そうなんですか」

「ツゲはツゲでも、種類がありまして。こちらは薩摩ツゲで、こっちなんかはシャムツゲなんて呼びます」

 女性は水を得た魚、と言わんばかりに饒舌に説明を繰り出していく。

「あの、俺はどうしたら?」

 キョロキョロと周りを見渡して、具詩は言った。もし凄く価値のあるアンティークなどを持ってこられたとしても、具詩の懐具合では買えるはずがない。もしかすると、この女性に期待を持たれているのでないか、と具詩はビクビクしていた。

「すいません、つい楽しくって」女性は目を細めて微笑む。「それじゃ、こちら立ってくださる?」

 女性は具詩をあるガラスショーケースの前に立たせた。そのケースの木枠はところどころ欠けていて、木目の色も濃かったり薄かったりした。雰囲気がある、と言えばいいのだろうか。経年変化によって生まれた、新品とは全く違う味わいが、古道具屋の光景にとてもしっくりきていた。


「立つ、だけでいいんですか」

 具詩は不思議に思いながらもそのガラスショーケースの前に立った。ショーケースは縦に長く、全長は具詩の目の位置にまで及ぶほどだった。

 ケースの中には、それはたくさんの飾り物を並べることが出来そうだと思ったのだが、その中には物が一つしか入っていなかった。

 四種類の植物のペイントが施された、綺麗だがところどころ色あせている急須、のような焼き物だった。外見は急須にしか見えないのだが、どうもそれにしてはサイズが小さすぎる。このサイズの急須で淹れたお茶は、ペットボトルの蓋をようやく満たせるくらいだろう。焼き物には札がついていて、値段は確認できなかったが、ほっそりとした字で七宝焼き、と書かれている。

 この七宝焼きの品をただ一つだけ飾っている、ガラスショーケースの外側は、具詩の姿を自然の摂理によって映し続けていた。


「このガラス、ぐにゃっとしてますね」

 具詩はガラスを間近に見て、素直な感想を口にした。ぐにゃっとしている、なんて嫌な言葉ではなかっただろうか、と言った後で心配になった。

しかし女性は嬉しそうに、

「そうなんです、そうなんです。これは大正期のガラスで、今のガラスみたいに厚みを均一に出来ていなかったんですよ。だから、物を映すとぐにゃぐにゃしてしまう」

 と説明を与えてくれた。

「確かに、真っ直ぐ映ってませんね」

 女性の言葉を聞いて頷きながら、ガラスに手のひらを映し込んでみる。現代のガラスにめっきり慣れてしまっている自分からすると、ぐにゃっと曲がっていて、不思議な感じがする。こういうところが、古道具を愛する人たちにとっては魅力なのだろうな、とだんだん具詩にも分かってきた。

「面白いでしょ。ゆらゆらガラスと言います」

「はい、あのでも、俺は本当にどうしたら」

「じーっと、それじゃここを見つめてみてくださいね」

 困惑する具詩の前に、女性の指が差し出された。指輪も何もつけていないその指は、折りたたまれる様に皺が出来ていて、懐かしい印象を受ける。子供の時に、夏休みに祖母の家に行ったときに見た指と、似ている。そういえば、お仏壇に手を合わせる祖母の指とか、自分の目の前で蚊を撃ち落としてくれた祖母の手とかが、温かくて優しくて好きだったな、ということを思い出す。


「はい」

 理由は分からないが、差し出された指の先を具詩はずっと見つめる。じーっと見つめている先で、ガラスは光を反射してぼよん、ぼよん、歪んで見えてくる。

この世界を正しく映し込まない、歪んだガラス。その中を見つめていると、なんだか自分自身がその中に吸い込まれてしまいそうで、妙に不安になった。

 ずいぶん頭がボーっとしてきた頃、本当に自分は何をやっているんだろう、と疑問に思い、具詩は口を開く。

「あの、これって」

 その刹那、具詩の体は歪んだガラスの世界へと、瞬きをする間もなく吸い込まれていった。最後に視界の端に映り込んだ女性の顔は、幸せそうな笑みに満ちていた。


「……えっ」

 具詩が次に目に映し込んだ光景は、実に奇妙なものだった。

 六畳一間程度の狭さの空間に、色々な格好をした男たちが雑魚寝をしているのだ。しかも、床の上に直にゴロン、と腕枕で。内訳としては着物が三人、貴族の礼服みたいなものが一人、甲冑を身につけているのが一人、黒と水色の忍者服のようなものを着ているのが一人。具詩はその人たち、一人一人と順番に目が合っていった。

 ガラスを見てもうろうとしている間に、隣の部屋にでも連れていかれたのだろうか。

 しかし、ガラスの中に直接吸い込まれたような気もする。


「誰だ、お前」

 突然そう言って立ち上がってきたのは、着物の男だ。ごちゃごちゃとした植物柄の着物を少し崩している。頭は白髪だが、光の当たり具合では金色にも見えた。

 その揺れる髪色の長い髪を後ろで無造作に束ねていて、身長は具詩よりもはるかに高く、目測で188?はあるのではないかと思った。

 誰だ、というのはこちらこそ聞きたいけど、と思いながらも具詩は答えた。

「千載具詩って言います。あの、コロッケ屋の女性に演奏をして欲しいと頼まれまして……」

「演奏?」

 その男は怪訝そうな表情を浮かべて訊き返した。

「ジャズ・レモネード・オン・ザ、じゃなくて卵さんの曲なんですけど」

 具詩は言った。ジャズ・レモネード・オン・ザ・ロックではなく、あの女性が言っていた通り、卵さんの曲、という名称で。

 卵さんの曲って何だよ、と言われたらどうすればいいんだろう、と思っていると、

「な、何っ! 卵さんの曲だと!」

 その男は目を開いて驚いた。しかもその声には、喜びの感情も含まっているようだった。

「本当に、君が卵さんの曲を演奏するの?」

 床から貴族風の服装の男が起き上がって言った。

「あ、はい。あの曲は俺が作ったもので……」

「なんだって!」

 また床の上から別の人が起き上がって言った。それはまるで子供のようで、着物と言うよりかは甚平を着ていた。そして頭の部分に王、という木片が張り付いている。


「玉……?」

 無意識に具詩は彼の頭に手を伸ばしていた。玉、と記されている謎の木片に手を触れようとすると、

「おい、素手で王を取るやつがあるか!」

 と怒られた。

「ゴメンなさい!」

 具詩はしおしおと手を引っ込めて謝った。手がふと誰かとぶつかったような気がして背後を振り返ると、そこには王、と書かれている木片を頭部に張り付けた、甚平をきた子供が立っていた。

「お、王?」

 今度こそ、具詩は手を伸ばさなかった。

 ただ、顔を顰めながらその、謎の木片を見据えていた。

「は、恥ずかしいからっ」

 王、を頭の上で揺らしながらその子は頬を赤らめた。

「何で俺はこの人たちに演奏をして欲しいって言われたんだ……?」

 具詩は首を傾げた。視界の端に、また別の二人が映った。甲冑を着ている人と、忍者服風の人は、まだ床に寝転がった状態から動かない。何故か、天井を見上げたまま、微動しない。 

 ただ、植物柄着物の男と、貴族風の男と、木片ボーイズは、何故かやたらと具詩に興味を示すのだった。早く演奏を聞かせてほしい、と顔にありありと書いてあるようだった。



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