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「また桜子の長い愚痴を聞かなければいけないのかと思うと、恐ろしくて思わず付喪神世界に逃げ込んでしまった」
「桜子? あの子の名前?」
「あぁ」水連がぶるっと震えると言う。「愚痴が凄いんだ。それがもう、俺の手に負える様な内容じゃ無くてな……」
「もしかして、友達が文化祭で」
「それだ!」
具詩が言いきる前に水連はハッとしたような表情で言った。どうやらあの話を、水滴という道具に対して延々と語っていたらしい。それも、水蓮が震えて怯えるほどに。
――友達関係の恨みってコワ……。
金を持ち逃げされた具詩でさえ、そんなに愚痴を言い続けられるほどの体力がない。相当あの桜子という少女は悩んでいるのだな、と思った。
「水蓮が欲しい、じゃなくて道具か、水滴が欲しいんだってよ」
「ふぅむ、困ったな。……とりあえずあの、愚痴は止めてもらいたい。具詩、どうにかしてくれ」
「そういわれても」
水蓮って真面目なのだな、と思った。愚痴の時間が始まったとしても、適当に聞き流しておくか、移動できるのだから席を外してしまえばいいのに。どうやら桜子の話を最後まで聞き続けているらしい水連に、具詩は微苦笑した。
「あ――」
ふと、閃いた。彼女の愚痴を止める方法を。それが画期的なものかどうか分からないが、試してみる価値はありそうだ。
「どうかしたのか」
「水蓮の力はなんか竹出したりとか色々あるみたいだけど、さっきのやつが、凄いよね」
「さっきのやつ」
「部屋の中で、心地よい場所を探し出して、人と人の距離をちょうどよく調整する、ってやつ」
「ほお?」
「それ、桜子ちゃんにも試してもらおうよ!」
「具詩、何か企んでるな……」
水蓮が怪訝そうな表情で具詩を見た。企んでる、とは人聞きが悪い。具詩はただ純粋に、この状況を打開できそうな案を見つけただけなのだ。
「悪いようにはならない、はず。店に戻ろう」
「そこまで言うなら、仕方あるまい」
具詩は水連の腕を引っ張った。次の瞬間、具詩たちは古道具屋の店内に戻っていた。
「あの、どこから出て来たんですか」
ぽかん、と口を開けて唖然としている桜子に問われる。
「これも付喪神の力なんです。……それで、少し提案があるんですけど」
「何ですか?」
「この付喪神の宿った道具を使って、お客さんの悩みを解決するお手伝いをさせていただけませんか?」
「悩み、手伝い……」
桜子は具詩の言っている言葉の一つ一つを脳の中でつなぎ合わせているようだった。
「友達が嬉々として煎茶部を見に来てくれる、かもしれません」
具詩は万が一のことを考えて、断定しないようにしながら言った。
「それ、お願いします!」
前のめりに桜子は答えた。任せておいてください、と具詩は笑った。
*
「二人とも来てくれるみたいです。でも、ドタキャンされることもあるから、まだ本当に来るかは分からないけど……」
桜子はスマートフォンの画面を見つめて言った。具詩は桜子に頼んだのだ。煎茶の練習会という名目で友達を呼んでほしい、と。桜子はそれならウチでやりましょう、と言って友達に連絡をした。数駅離れた友達は、遊びに来てくれるという。
「そうなんですか。来てくれると助かりますけど……」
「千載さん、煎茶の練習会って、何でそれを急に?」
「上手く説明できないんですよね。でも、ちゃんと理由はありますから安心してください」
具詩は桜子と並んで歩いていた。
もちろん水蓮も、道具の方の水滴も一緒だ。
初対面の、しかも客の家に向かっているなんて、妙な状況だな、と思う。煎茶の練習会、といっても具詩は本格的なものは考えていなかった。しかし、桜子の家には広い和室があるという。程度は分からないが、お嬢様であることは間違いない。
「ここです。千載さんは私の同級生って設定で良いですか?」
桜子が立派な屋敷の前で立ち止まった。そこは手入れの息届いた庭を持つ、和風の家だった。やはり、七万二千円の焼き物を即決する女子高生の家は違うんだな、と具詩は圧倒された。
「あ、大丈夫です。そうなると敬語はまずいですよね」
具詩は口元を手で覆った。先ほどまでは、古道具屋店の店と客だったのだ。敬語でない方がおかしい。それが、今からは同級生という設定になるのだ。
「はい、フラットに話しましょう」
「分かった。ありがとう」
桜子は頷き、家の鍵を開けた。
「ただいま~」
「はい、おかえりなさいませ。桜子様、そちらの方は?」
具詩は緊張で硬直した。そちらの方は? と眉をひそめている使用人は、何故か具詩を通り過ぎ、具詩の背後を見ているのだ。そこには水蓮がいる。普通の人間に、水蓮が見えるはずがないと思うのだが、使用人の目は確実に水蓮を捉えていた。
一方で水蓮は、平然とした様子で言った。
「使用人、化け狐なんだよ」
その言葉に、具詩と使用人が同時にピクリ、と耳を動かして驚いた。声を出して騒いでは、桜子が不審に思うだろう。狐の妖怪が、いつの間にか人間に化けて自分の家で働いていると知ったら驚かないはずがない。黙っているのが吉だと、具詩と狐の使用人は無言のままでアイコンタクトを取り合った。
「同級生の千載君、あの煎茶部で一緒で、今日は練習みたいな……」
「そーでございますかー?」
狐の使用人は水連に目を光らせた。正体が狐の妖怪なのだから、一週間前にこの家に連れてこられた水滴の付喪神である水連のことは知っていただろう。それでもなお、何なんだこいつは、という感想を抱かれているのだろうか。一向に、狐の使用人が水連を見据える、その刺すような視線は弱くならない。
――相性がすこぶる悪そうなんですけど。
「いらっしゃいませ」
狐の使用人は変な抑揚をつけて言い、具詩たちを屋敷に招き入れた。桜子が和室に連れて行ってくれるまで、その監視の目はずっと追いかけて来た。
和室の中は、広いとは聞いていたが本当に広かった。三十畳はあるのではないかというスペースで、床の間には高価そうな掛け軸や壺があった。
どうぞ、と促され具詩は畳の上にしずしずと正座した。向かい合うように桜子も座った。
「なんか、ごめんなさい。いつもは友達を連れてきてもあんな反応じゃないんだけど」
桜子が少し困った様子で言った。
「あぁいや、大丈夫。それで簡略的にで良いんだけど、友達が来たら急須にお茶を淹れるってのをやってもらってもいいかな?」
「もちろん!」
よしきた、と桜子は笑った。次の瞬間、家のインターホンが鳴った。
「たぶん、友達が来たかな」
桜子が立ち上がったところ、部屋の外から「どちらさまでーすか」と狐の使用人の声がした。
そわそわと待っていると、桜子と雰囲気の似た黒髪の少女が二人、和室の襖越しにこちらを覗き込んだ。
「あ、どーも……」
「どうも」
気まずさを感じながらも、ぺこりを頭を軽く下げて具詩は挨拶した。
そこに桜子が入ってきて、
「千載さん、煎茶のこと教えてくれる、ちょっと先輩みたいな」
あっけらかんと言い放った。
「そうなんだ、茶の家庭教師?」
あー、と納得したような声を上げて桜子の友達二人は畳に座った。
「そんな感じ」
どんどん話が進められていく中、具詩は内心戸惑っていた。口裏を合わせないとまずいとは分かっているが、お茶の知識など何もない。ボロがでるんじゃないかと不安だった。
「じゃあ淹れてきまーす」
桜子が茶を淹れると言って、席を外してしまった。予想できたことだが、気まずい空気が再び三人を襲った。当たり前といえば当たり前なのだが、何も話すことが無い。
どうしよう、と頭をひねっていると、視界の端に妙な物が映り込んだ。
――ど、どんくりだ……。
巨大どんぐりに手足が生えたものが、この和室に突如として出現した。一匹や二匹どころではない。そのどんぐりたちは、桜子の友達と友達の間を、通り過ぎるのかと思えば戻り、また進んでは戻り、幾度もその行動を繰り返した。意味こそ理解できなかったが、こんな状況にも関わらず、いやこんな状況だからこそ、具詩はピンチだった。
――笑いが我慢できない……!
どんぐりの顔はそれぞれ違って、みんな個性的だった。怒ってるもの、満面の笑みのもの、苦悶しているもの。揃いも揃って、前後運動をこれでもかと繰り返す。
桜子の友達は見えていないようなので、十中八九、付喪神の類だろう。どんぐりの付喪神と言われても、全くピンとは来ないが。
「桜子のことはいつから教えてるんですかー?」
世間話を振ってくれる桜子の友達の横で、どんぐりは止まらない。具詩は笑いを噛み殺しながら、
「い、一年前でしゅ」
と答えた。




