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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
最終章 いごこちの良い場所
27/30

5-3

「行ってしまったわ……」

 店の奥の椅子に腰かけ、菊美は脱力したように言った。

「たまに戻ってくるって言ってましたよ」

「えぇ」

 菊美はうわの空で答えた。具詩は心配になって空っぽになったガラスのショーケースの前に立ち、付喪神世界に向かった。

「よー具詩、相変わらず冴えねえなあ」

 無垢な瞳でツゲが具詩に毒を吐いた。しかし、そんな毒舌も今の具詩にはあまり堪えなかった。心に刺さらない、というべきか。

「うん。みんなも変わらない?」

「特に変わったことはありませんぞ」

 甲木が半身起こして答えた。

「そういえば水蓮がいなくなったけど、どこに行ったのですか?」

 バジルが周りをキョロキョロ見渡して訊いた。

「あ……水滴が売れて、新しい持ち主の家に行ったんだ」

 具詩がそう言った瞬間、付喪神世界はぐっと緊張の色を強めた。


「売れた、のは良いことですよね」

 バジルは自分に言い聞かせるように言った。本音では売られたくないようだ。

「全く変な話じゃないですか? 付喪神世界を維持するために僕を捕まえておいて、水蓮がいなくなるというのは」

 豆黒が唾でも吐きたそうに言った。

「しかし、今生の別れではござらぬ。水連殿はきっと我々を心配して身に来ると思いますぞ」

 甲木は不安の色のない笑みを見せた。自分は甲冑だから、他のものより売れるのは相当後だろうと見込んでいるのだろうか。とてものんびりしているようだった。

 店頭に並んでいるのは、甲木とバジルと、シャムとツゲ、双六が宿っている古道具だ。当たり前のようだが、他の古道具店から買ってきたコーヒーミルと、特殊なインク色のインク壺は売り物にしていない。

 ただ、元からこの古道具店に並んでいた物はそのまま並べている。不安顔のバジルも、能天気な甲木も、そのうち自分が宿っている古道具が売れることもあるだろう。

 あの水蓮でさえ、この付喪神世界から離れるのを名残惜しそうにしていた。そう考えると、バジルも時が来ればこの付喪神世界から離れがたそうにするのかもしれない。


 ――ずっと一緒なんて、ありえないか。


 具詩が今住んでいる部屋だって、永遠に住まうわけじゃない。契約更新のお金が面倒になったとか、もっといい条件の賃貸を見つけたとか、友人にシェアハウスを勧められたとか、そんな些細な理由で引っ越すこともあるだろう。 

「付喪神世界、維持、難しくなった。水蓮がいなくなった……」

「大丈夫。俺の力で水連の分もカバーするさ」

 浮いている空間の床から滑り、丹治が小さな付喪神を引き連れて具詩の前に立った。

 どうやら自分の力にはかなり自信があるらしい。


 ――大丈夫なのかな……付喪神世界の崩壊を止めるために、一回力尽きちゃったのに。


 具詩は心配そうに丹治の顔を見た。

「そうだ。ちゃんと礼を言ってなかったな。具詩、俺を目覚めさてくれたのはお前だろう」

「え? いや」具詩はかぶりを振る。「アーク、っていう化石の付喪神ですよ」

「らしいな。だが、俺とアークを引き合わせたのはお前だと聞いている。感謝だ」

 丹治は少年のような笑みを浮かべて、具詩の前に手を差し伸べた。


「……あの、無理はしないでください」

 具詩は軽く丹治の手を握った。その手は固いところと柔らかいところがまだらになっていた。目の前にいる丹治の話し方は、具詩がかつて想像していたものとは違った。もっと、大人っぽい人格なのかと信じ切っていた。

自己犠牲の上に成り立っていた、この付喪神世界。しかしどうやら、丹治はあまり後先考えていないだけのようだ。付喪神世界に崩壊の危機が迫った時、菊美に相談しなかったのも、特に深い意味がなかったんじゃないかと、具詩は不躾に思った。

「無理? そんなことしないが」

「丹治さんが凄いのは分かってます。でも、もし付喪神世界に危険があったら相談して欲しいんです。俺、水蓮に頼まれてますから」

「何て?」

「付喪神世界を頼む、ってそれだけしか言われてないですけど」

「分かった。何かあったら具詩に言う。それでいいか?」

「はい」

 具詩は強く丹治の手を握った。今日から、水蓮がいない日常が始まるのか。具詩はぼんやりと考えた。


 ――卵さんのいるギター、か。


 部屋の隅に立てかけてあるソフトカバーに包まれたギターを見る。アークが訪れた時にだけ、姿を見れたジャジー。そのジャジーは具詩の前に突然現れて、不思議なことをたくさん言っていた。そんなジャジーは、元通り卵さんになってしまった。アークの力で巨大化した付喪神世界の回廊で、特に先導して具詩を助けてくれたわけではなかった。しかし、傍にいてくれるだけで、心強かった。そんなジャジーが、将来ここに住むかもしれない。そんないつかのために、水蓮がいなくても、具詩は上手くやっていきたいと思った。


 一週間後、驚くべき事態になった。

 水蓮が古道具屋に戻ってきたのだ。たまに様子を見に来る、と言っていたが、どうやらその約束を守りに来たわけではないらしい。

 いつも通りの午後、制服姿の少女が水滴を紙に包んで持ってきたのだ。当然、その水滴に宿っている水蓮も、少女のすぐそばに見えている。


「どうか、されたんですか?」

 具詩はこわごわ訊いた。水蓮のことだから、少女に迷惑をかけたということはありえないだろう。ヒビが入った、とか、やはり親に返品して来いと言われた、とか。様々な理由を具詩は想起した。

「ごめんなさい! これやっぱり返します!」

 少女は頭を深々と下げ、具詩の目の前に水滴を差し出した。やはりか、と具詩は思いながら、

「あの、そんなに謝らなくて大丈夫ですよ。理由を聞いても良いですか?」

 と言った。

「私の勘違いなんです」

少女は言いづらそうにしながら述べた。

「勘違い?」

「これ、急須じゃないんですよね」 

少女は動揺した表情で水滴を指差した。具詩は腑に落ちた。この少女は、水滴を書道の道具とは夢にも思わず、小ぶりで可愛らしい急須だと思ったのだ。部活で使う、というからには書道部で使うのか、と具詩は勝手に納得していた。

「そうですね、書道の道具なんですけど、分かりにくいですよね」

 具詩はそう言いながら水滴を少女の手から受け取った。

具詩はかなり同情していた。初めて水滴を見た時、具詩だって急須だと思った。むしろ、今でも急須に見えるくらいだ。そもそも、商品の説明をしっかりしなかった具詩たちの方も悪い。少女がこれが欲しい、と強く言うので、鵜のみにしたのがいけなかった。ちゃんと“水滴”が欲しいんですよね、と確認すれば誤解されなかったのだから。


「それを、父に言われて気付いたんです。どうりで急須にしては小さいな、と」

「あはは……」

 具詩の口から渇いた笑いが漏れる。水蓮の方をちらりと視線を動かして確認する。平静を装ってはいるが、かなり嬉しそうだ。やはり慣れた家に戻ってくると、誰しも舞い上がるようなところがあるのだろうか。

「それじゃ返品ですね?」

 菊美が不在だったので、どうしようかと困ったが、具詩は返品を承ることにした。


 ――菊美さんも、返品しても良いよって、絶対に言うだろうし。


 あの時、菊美は水滴が売れてかなり動揺していた。それが、戻ってくるというのだから、反対はしないだろう。

「……」

 何故か、少女はぴたりととまり、何の返事も寄越さなくなった。返品することに何か不都合があるのだろうか。

「返品作業、しても大丈夫ですか?」

「すいません、あのこんなこと聞くなって思われるかもしれないんですけど」少女が前置きを十分してから訊いた。「これ、急須で使うってのはダメなんですかね?」

「ええっ」

 具詩は上ずった声を出した。考えたこともなかった。確かに見た目こそ急須と瓜二つだが、かといって用途まで急須と同じにしたいとは、少しビックリだ。

そうせざるを得ない、かなり深刻な事情があるのではないかと具詩は考えた。

 少女の質問に、何より水蓮がギョッとした表情をしていた。

「ダメかどうかは分かりませんけど、普通に急須を買うという選択肢は?」


「私、煎茶部で。文化祭で煎茶を出すんです。でも、自分が使いたい急須が見つからなくて……だけど、これは本当に気に入ったんです」

 これ、と言いながら少女は水滴を指差す。煎茶、とはあまり聞き慣れないが、おそらく普通にお湯で淹れる茶のことのはず。抹茶をカシャカシャ混ぜるような茶道部とは別のジャンルの部活なのだろう。

「うん、何かありがとうございます」

「その、それで何でここまで気に入るものを探しているかっていうと、友達関係の話になるんですけど」

「そうなんですか」

 具詩は水滴をレジの台の上に置いて、すっかり少女の話を聞く体制に入った。

「友達が去年、文化祭で私がお茶を淹れるところに来てくれるって話だったんですけど、来てくれなかったんですよ」

「あぁ」

 たまにそういうことはある。約束を取り付けたのに守ってくれないことが。金を借りたまま、ライブの日に来ないで音信不通になったりすることもある。少しだけど人生の先輩として、同情を寄せてしまう。


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