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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第四章 新たなつくもがみとの出会い
23/30

4-5

「これ、青磁の花瓶の中だ」

 具詩がアークに会う手前で、興味深く観察していた、あの花瓶の中にいるのだと思った。花瓶と言えば、陶器に水に花の茎。間違っていないはずだ。

「む? 具詩殿、変な音が聞こえますぞ?」

 甲木が耳に手を当てて、慎重に周りの音を聞こうとしていた。具詩もそれを真似するように、耳を澄ませた。パキパキ、と製氷材から氷を剥がすときのような音が聞こえる。もしくは、砂利道を踏みしめて歩くときの音に似ている。


「これ、割れてるんじゃ」 

 嫌な予感に身を震わせる。そう言えば、花瓶の展示の説明文には、欠けていた部分を合成樹脂で修復したと書いてあった。つまり、この花瓶には本体がひび割れた歴史があるのだ。もしその歴史を辿らされているのだとしたら……。割れた破片が飛んできて、大変なことになるのではないかと思った。

 しかしそんな不安をゆうに超えて、新たな恐怖が襲い掛かった。

「揺れてる~」

 そう、花瓶全体がゆらゆらと大きく揺れているのだ。もちろん、花瓶の中にいる具詩たちもその揺れに翻弄される。見上げてみると、具詩は大きな瞳と目が合う。


 ――いた、花瓶の付喪神だ!


 グレーの靄の隙間から、大きな手を持った人影が右に左にと揺れているのだ。おそらくその動きに呼応して、瓶世界も揺れているはずだ。

 その人物は黒く艶々とした髪をばっさりと一直線に切り揃えている、日本人形のような姿をしていた。

きっと付喪神に好意を持たれているのだろう、なんて呑気に話していたが、あながち間違いでもないのかもしれない。


 具詩が見つめている付喪神の大きな瞳は、キラキラと輝いていて、楽しくて仕方がないという感じだ。具詩を苦しめるということを目的としているのではなく、子供の残虐さを感じた。容赦なく満面の笑みで蟻の行列を踏みつぶしていく、子供のようだ。 

 茎が異様に大きく思えたところを考えると、瓶世界に吸い込まれた具詩たちの体は小さくなっているのだろう。つまり、具詩の今の状況は、本格的に蟻なのだ。踏みつぶされる直前の蟻なのだ。アリかナシかで言えばナシなのだ。


「きゃあ、もう少しで倒れちゃう!」

 この瓶世界を揺らしている大きな手を持った付喪神が、眉を釣り上げてはしゃいだ。貴方のせいで倒れそうなんですけど、ど具詩は声に出さずに毒づいた。

「具詩殿、伏せて下され!」

「わっ、重い」

 突然、具詩に甲木が覆いかぶさるような体勢になった。すると、不安定に揺れていた瓶はぴたりと停止した。行き止まり、つまり瓶世界の端の方に立っていた甲木と、具詩は中央に伏せている。甲木の重い甲冑が、中央に来たことによって、重心が低い位置で安定したようだ。

「ちょっとタンマ!」

 甲冑に押しつぶされ苦し気に具詩は言った。のそのそとそこから這い出て、具詩は深呼吸をする。

「ここから、どうやって出るんだ?」

この状況で当然の疑問を具詩は呟いた。

「竹を登れば脱出は容易だと思ったが……」

 水蓮が気まずそうに上を見上げた。同じようにすると、具詩はまた大きな瞳の付喪神と目が合う。付喪神の瞳はじーっと、ただ興味深そうにこちらを観察していた。

 そういえば、蟻の生態を観察するキットがあったなあ、なんて具詩はぼんやり考えた。

 だいたい、やつは自分が宿っている花瓶を、ぐるぐる回して悪戯をする付喪神なのだ。普通の理論で、ここから脱出するのは無理だろう。相手はクレイジーなのだ。


 その時、

「ごめん、ようやく入れたよ」

 とアークが靄の向こうからこちらに駆けてくるのが見える。助かった、と具詩は条件反射で思った。

「あー!」

 アークの姿を見つけて、上にいる付喪神が絹を裂くような叫び声をあげた。そして大きな手で、この瓶世界を漁り始めた。

「あ、まずい」

 具詩たちが逃げまどっている中、あっけなくその手にアークは捕まった。アークは背中を摘ままれて持ち上げられている。

「アークが持ってかれてる!」

「仕方ない、力を使うほかあるまいな」

 地面に丹治を下ろすと、水蓮は上に手を掲げた、すると地面から竹がにょきにょきと生えてきて、あっという間に付喪神の口元まで届いた。付喪神は不機嫌そうに口をへの字に曲げて、んー、と唸った。

 次の瞬間、アークが動いた。

隙をついて、前髪で覆い隠されている付喪神のおでこに、強烈なデコピンをくらわしたのだ。


「いったあ!」

 付喪神は衝撃に目を開き、振り上げた手からアークを放った。アークはふわりと体を浮かせた後、器用に竹につかまった。

「よいしょっと、高所恐怖症なんだよ。怖かった」

 そう言いながらいそいそとアークは瓶世界の底に降りて来た。アークの反撃がかなり堪えたのか、付喪神の姿が見えなくなった。

「大丈夫、アーク? 丹治のことお願いしても?」

「平気。……さっきからずっと具詩たちのところに行こうとするたびに、あの付喪神に妨害されてたんだ。だからまた同じように僕を摘まみだそうとするだろうね」

「あれは、花瓶の付喪神?」

「そう。彼女の目を欺くために、僕は姿を変えようと思うけど、驚かないでね」

「変装するの?」

「うん。僕は、恐竜の化石に宿ってる存在なんだけど……恐竜でもあるんだ」

 具詩はアークの説明が理解できず、不思議そうな表情で首を傾げた。

「丹治もそうだったが」

水蓮が口を開いた。

「化石のように、かつて生きていたものが経年変化で物へと変わることがある。その“元生命だったもの”に宿る付喪神は、普通の古道具に宿る付喪神とはワケが違う」


「うん、アークは確かに、今までの付喪神と違うね」

 付喪神世界を一人であんなに大きく拡張出来るほど、大きな力を持っている理由がようやく分かった。

具詩は頷いて理解を示した。

「アンモナイトを使ったアクセサリー等、身近に人に使われ続けたタイプの化石に、付喪神が宿ることは割とありますぞ。しかし、展示品の化石に付喪神が宿るのは、相当珍しいことでござる」

 甲木が感慨深そうに言い、ちらりとアークを見た。アークが生まれて来た経緯に、興味があるのだろう。

それを感じ取ったのか、アークが周りを警戒しながらも、説明をしてくれた。


「僕は元は勝倉院で保管されていた、漢方薬用の化石だったけど……その後、博物館を転々として展示されてきた。どこに行っても、常に人に大事にされてる、って僕は認識していて。だから、アクセサリーとか、そういう道具ではなかったけど、付喪神になれたんだ」

 うんうん、と具詩たちは頷いた。道具の定義こそ曖昧だが、何より人に大事にされ続けて来た、という点が大きいのだなと思った。

「さっき変装するって話の時に、恐竜でもあるんだって言ったのってどういう意味?」

 具詩はずっと気になっていたことを、ここでアークに訊いた。

「僕は最初、紀元前に生息していた恐竜だった」

「えっ、これ?」

 具詩はティラノサウルスの前足を、自分の手で表現した。肘を折り曲げて、手をヒラヒラと動かした。

恐竜の前脚は短く、ひょこひょこと動いているイメージがあるのだ。


「まぁ、そうだね」アークは複雑な表情を浮かべて言う。「だけど、恐竜は絶滅して、各地で化石になってから掘り起こされた。その後、さっき話したように僕は薬として保管されて……」

 具詩は息を飲んだ。なんて長いスケールの話だろう。まず紀元前での恐竜としての人生がある。その後、勝倉院に漢方薬として保管され、のちに津々浦々の博物館に展示された歴史がある。そして今は、化石の付喪神となって、具詩たちの前にいるのだ。


 ――人生二週目……?


 恐竜として生きてきた時間も、付喪神として生きて来た時間も、どちらも正確には人生と呼ばないのかもしれない。恐竜生? 付喪神生? どちらにしても凄い。それだけ膨大な時間を生きてきたのだから、色々なことを知っているのだろうな、と尊敬のまなざしで具詩はアークを見た。


「じゃ、姿を変えるけど、驚かないで」

アークが言った。うん、と答えると、アークは一瞬で恐竜に姿を変えた。

全長四メートルほどの体躯で、後ろ足は体の重さに耐えかねたかのように深く曲げられていた。前足は予想通りに短く、後ろ足の長さと比べるとアンバランスさが目立った。短い首は常に振動していて、口はぽかーんと開け放たれている。

何より驚いたのは色だった。恐竜の色は地味な物とばかり思っていたのだが、赤とオレンジの肌にところどころ黒い斑点が見えている。割とポップな見た目だ。


――でもこれ、アークの恐竜時代の姿そのものとは限らないか。


具詩は顎に手を添えて考えた。アークが独自に作り出

したイメージを、変装として使っているだけかもしれないのだ。


「げぇああ」

 恐竜になったアークは喉から絞り出したような声を出して、ゆっくり歩きだした。

「あれ……」

 アークは何を思ったのか、丹治が横たわっている方向とは真逆の方へと行ってしまう。まさか、と思いながらも具詩はアークに話し掛ける。

「あの、丹治に力をくれるっていうのは……?」

 具詩の問いかけに、アークは鳴き声で返事するだけだ。のっそのっそ、どしんどしんと、アークは花瓶世界のお散歩を堪能し始めてしまった。

 ――恐竜って、頭良くないのかな……。

 嫌な予感は的中したようだ。恐竜に返信したアークは、生態も完全に恐竜に戻ってしまったようだ。丹治に力を与えるという約束以前に、具詩の顔すらも忘れているだろう。


「ふぅむ、諦めの線が濃厚になってきたな」

 水蓮がすでにアークから力を借りることを諦めたような口ぶりで言った。

「そうですな。もう無理でしょうな。やはり地道に付喪神世界を復活させていく道を選ぶべきでは、具詩殿」

「うーん……」

 花の茎に夢中になって食らいついている、ご機嫌なアーク。具詩は困ってしまった。頼りがいがある、というアークの印象がどんどん霞んでいく。


 ――丹治さん、どうしましょう?


 困り果てた具詩は、地面で横になっている丹治に心の中で話しかけた。

「今日はとりあえず、諦めよ」

 具詩がその言葉を言い切る前に、アークの身に異変が生じた。突然、地面に寝転がり、そこでのたうちまわっているのだ。


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