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具詩は帰りの電車の中で、スマートフォンを取り出して、近くにある化石博物館のことを調べた。確かにアークの言う通りに、化石博物館は古道具店の割と近い場所にあった。バスで三駅隣の地区にある。そこで今、臨時開催している展示は、勝倉院という宝物庫の中にあった化石を展示している物のようだった。
勝倉院とは八世紀に創立された寺に付随した建造物だ。そこに置いてあった化石は、漢方薬にする目的だったらしい。
「化石を薬に……?」
電車に揺られながら具詩は疑問を抱いた。化石を砕いて、漢方薬にする文化があるようなのだが、どうも具詩にはしっくりこない。なんだか、その薬は喉にひっかかって、苦しくなりそうだ。
アークは自分は付喪神だと言っていた。薬というものが、道具に入るのかどうかはよく分からない。しかしアークは、博物館に展示されている物、という意味では道具といえるのかもしれない。その境目が微妙だ。
ただ、事実としてアークは凄く力の強い、不思議な存在なのだ。付喪神、という定義も本当はとても広いのかもしれない。
具詩は家の最寄り駅に到着し、電車を降りた。
翌日、付喪神世界に具詩はいた。アークとの約束に、何日に行きます、という約束は無かったが、善は急げという言葉通り、さっそく博物館に向かうことにしたのだ。
「大丈夫?」
「――どう、なのだろうな」
水蓮がいつもは浮いている空間の奥で眠っている丹治をかつぎあげていた。
丹治を博物館の、アークの元へと連れていくためだ。丹治が繋ぎ止めてくれたこの世界、この付喪神世界から丹治を連れ出すのはここに来て初めてだった。
「とりあえず、一度外に出て異変が起きましたら戻りましょうぞ」
甲木が具詩に言った。
「そうだね」
具詩と甲木と、丹治を連れた水蓮が付喪神世界から出た。
「どうやら問題なさそうだ。いざというときは世界を縮めるように、バジルに告げてある。問題ないだろう」
水蓮がガラスショーケースを見つめながら言った。なるほど、世界を小さくして保持するという手も、あるにはあるのだな、と具詩は感心した。
「菊美さん、今から博物館に行ってきます」
具詩は店の奥で作業をしていた菊美に声を掛けた。
「博物館? あら、丹治……」
菊美は不思議そうな顔をして、水蓮の背中に力なく負ぶわれている丹治を見た。
「あの、博物館にいる化石の付喪神が、丹治さんに力をくれるって言うんです」
「えぇ、本当に?」
半信半疑と言うような表情で菊美は訊いた。
「その付喪神は相当力が強くて、頼りになりそうなんです」
「そう、お願いしてもいいの?」
「任せろ。何か問題があったら、こちらで対処する」
水蓮が言った。
「じゃあ、お願いするわね」
「はい!」
菊美に見送られ、具詩たちは店を出た。近くのバス停でバスを待つ。やがてやってきた青いラインのバスに乗り込み、あっという間に二駅を通過した。三駅目で具詩たちは降車し、博物館までの道のりを歩き始めた。
博物館の入り口でチケットを購入し、意気揚々と博物館の入り口をくぐった。
「あ、ホームページの写真と一緒だ」
博物館に広がる景色は既視感があった。それもそのはず、昨日電車の中で、博物館のホームページを調べて、そこに載っていた写真はおおかた確認していたのだ。
「これは角のようですな」
甲木の声がする方向を向いた。
甲木が目を止めていた展示は、鹿の角の化石だった。角の先端の方が、何世紀も経過して化石になったもの。展示は下から照らされた白い明かりで、緊張する雰囲気が生まれている。その一部しかまだ見つかっていない鹿の角から、想像で作り上げられた等身大の鹿の像がある。
どうやらこれが、博物館が特に注目してほしい展示らしい。
具詩たちの目的は、アークに会うこと。そこにあまり時間をかけず、具詩たちは臨時店の方へ、案内板を見ながら移動していった。
「花瓶?」
臨時展示に行くため、通路を曲がった時、具詩は厳重にケースに保護されている花瓶を見つけた。そこに張り付いている説明文を読んでみる。制作年は十二世紀、青磁の名品。欠けていた部分を現代の技術で修復。修復素材は合成樹脂。ははあ、なるほど、と具詩は思った。
博物館も、何世紀も前の鹿を再現したり、欠けていた瓶を樹脂で直したりと、ただ古いものを展示するわけではないと分かる。
「具詩、あそこに」
水蓮の声にハッとして正面を見る。
臨時展示の入り口に見覚えのある人影があった。なんと、アークがわざわざ具詩たちを迎えに来ているようなのだ。
「アーク!」
具詩はアークの前に行った。
「しっ、他の人には見えてないから。場所柄、少し声を出しただけで目立つよ」
アークは苦っぽく笑って、唇に人差し指を当てた。具詩はこの間違いを何回もしてしまう。他の人に付喪神は見えていないと、ちゃんと理解しているつもりなのに、人前でも話し掛けてしまう癖が抜けない。
「ごめん。あの、丹治を連れて来たんだ」
具詩は小声で謝り、水蓮をくるっと回した。水蓮の背中には、穏やかな寝顔を浮かべている丹治がいる。アークは頷いて、道の端の方へと具詩たちを移動させた。
「分かった。すぐに」アークがいきなり言葉を止めて、驚愕の表情を浮かべる。「まずい、後ろだ!!」
「な、何」
アークが声を荒げたので、思わず具詩たちはビクッとした。昨日、付喪神世界であった時は、眉一つ動かさず冷静そのものだった。こんなに慌てるなんてよほどのことではないだろうか、と具詩は不安になりながら後ろを振り返った。
――うわあああ!
叫び声を上げたつもりだったのに、その声はかき消された。
具詩たちはどこかへ吸い込まれていたのだ。その感覚は、古道具店のガラスショーケースの中へと引き込まれる感覚と酷似していた。
瞬きをした次の瞬間、具詩は足をしっかり地面に着けていた。甲木も、丹治を背負っている水蓮もすぐそばにいた。
「何も、ないな」
吸い込まれた場所は、本当に何もなかった。灰色の靄のようなものが、ずっと続いているように見えた。
「ふう、なんだかトントン拍子にはいかないな……」
具詩はため息交じりに呟いた。わざわざアークが付喪神世界に足を運んでくれたにも関わらず、誤解が生まれて結局丹治とアークを引き合わせられなかった。そして今も、丹治とアークが対面するその直前に、横やりが入った。前途多難、そんな感じがする。
また既視感があるぞ、と具詩は思った。付喪神世界の回廊も無地で、とてもこの場所と似ている。
――また扉を探すのか……?
具詩はげっそりしながら思った。グレーの靄にも、終わりがあるのだろうと行き止まりを探して具詩たちは歩き出した。行き止まりは、予想していたよりもずっと近くにあった。
「あれ、もう行きついた」
具詩はきょとんとしながら行き止まりの部分をドコドコ叩いた。
「具詩殿? いかがなされました」
「いや、何か感触が壁と違うような気がするんだけど、どう思う?」
具詩が行き止まりを触って感じたのは、コンクリートの壁では決して無いということだった。じゃあ何で出来た壁なんだ、と聞かれると即答出来ないのだが。
「ほう、陶器だな」
水蓮が丹治を背負ったまま、器用に行き止まりの部分に触れた。そこに手を置くやいなや、そう答えた。
「陶器って、なんだろ。皿?」
「そんなところだ。どうやら博物館にいる、他の付喪神に目を付けられたようだ」
「えっ、もしかして俺が騒いでたからかな」
具詩は心配になった。さっき、アークにも静かにして、と注意された。博物館でうるさくすることは、なかなか罪が重い。映画館で話し声がしたりしたら、誰だって嫌な気分になる。それと同じで、博物館にいる付喪神が気分を害したのではないかと思ったのだ。
「いや、そんなことではないだろう」水蓮がくすりと笑って言う。「わざわざ力を使って、こんな面倒な世界に引き込んだのだ。どちらかといえば、こちらに好意があるのだろう」
「好意?」
「恋慕、鍾愛、思いを寄せているということでござるよ」
「それは分かるけど……」
言葉の意味が分からなかったのではない。ただ、このグレーの世界に閉じ込めることの、どこが好意なのか、まるで理解できなかったのだ。
グレーの靄は見続けていると、なんだか気分がどんよりと沈みこんでいく。やはり、好きだからという理由で、この世界に引き込まれたというのは、にわかに信じがたい。
「好かれるようなこと、してないよね」
「一目惚れではないか?」
「きっと、そうでござるな」
「そんな呑気に言ってる場合かよ」
具詩はキョロキョロと周りを見渡した。昨日とは違って扉もない。本当に閉じ込められている気がする。
「水だ」
いきなり真剣な表情になって水蓮が呟いた。
水蓮が下を向くので、具詩も下を向いてみる。そこには、水たまりが点々と出来ていた。どこから現れたのだろうと目を泳がせると、上からしゃらしゃら水が雨のように降り注いでいた。まさか心酔するのかと怯えていたが、水はそれっきり増えることはなかった。
「茎だ」
水蓮が今度は上を向いた。茎、という言葉に間違いはなかったが、いかんせん大きすぎる。植物の茎は、大きくとも一メートルくらいだと思うのだが、上から降りてくるそれは、目視で十メートルはありそうだった。
「危な……!」
目を剥いて具詩たちは横に避ける。緑の茎がズドン、と地面に突き刺さった。
具詩はようやく理解した。ここがどこなのか、ということだ。




