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「なんか、いくらなんでも変わりすぎじゃないか?」
具詩は回廊を進んで、慎重に確認していく。六畳一間から二つのロフトが増えるまで、具詩には凄く順調に拡張されて行っている気がしていた。しかし、目前に広がっている回廊は、どこまでも長く続いているように見える。
こんな大きな、トンネルのような通り道が出来たのは、本当に急すぎる変化だと思う。
「狭いのも嫌だけど、ここまでデカいのも、なんか困るよな」
ジャジーが頷きながら具詩の横についてきた。
「水蓮たちもいないし……水蓮たちの力のせいじゃないのかな」
具詩はクリーム色と青色の光が交錯する回廊を緊張した面持ちで進んだ。まさかこの道に終わりがないなんてことは無いと思うのだが不安になる。
「分からないね」
「扉?」
具詩はぴたりと立ち止まった。回廊の壁に、扉を見つけたのだ。この中にもしかすると水蓮たちがいるかもしれない。それは分かっているのだが、具詩は扉を開くことをためらった。
――もし、想定外の何かが飛び出してきたりしたら?
具詩は横目でジャジーを見た。ジャジーの力はどんなものだろうか。緑のおもちゃのような眼鏡が、なんとも頼りなげで、具詩の心は不安定になる。それでも、付喪神世界に起きた異変をしっかり確認しないことには、何も始まらない。
具詩は心を決めて、その扉を開いた。
「バジル!」
具詩は扉を開けて、その部屋の中に駆けた。部屋の床に、バジルが横たわっていたのだ。眠っているのか、それとも気を失っているのか、具詩には見分けがつかなかった。バジルに何度声を掛けても、目を覚ます様子は無い。やはり付喪神世界に、大きな異変が巻き起こっていることは、間違いないようだ。
「部屋が随分とひろいな」
ぼそりとジャジーが感想を呟いた。
「確かに、こんな大きな空間を維持するのが、今の付喪神の人数で出来るのか?」
水蓮たちは、豆黒を追いかけている時も、サインに手紙で呼び出されている間も、時折付喪神世界のことを気にかけていた。あまり長時間留守にし続けると、付喪神世界が崩壊するから、と。それだけ多くの力が世界を維持するには必要なのだ。それが、いきなりこんな巨大な空間、大丈夫なのだろうか。現にバジルは目を覚まさない。もしかすると丹治のように、力が尽きてしまった状態なのかもしれない。いてもたってもいられず、具詩はその部屋を後にして、他の付喪神たちを探そうとした。
しかし、
「部屋が変わってる!」
「具詩、景色がホールみたいになっている。どういうことだ?」
部屋が変化していくのを目の当たりにして、具詩とジャジーはそこから動けなくなってしまった。ただ無地の壁に床に、それしか無かったはずの部屋。それが、広々とした音楽ホールのようになっているのだ。観客席があり、ステージがあり、オーケストラのスペースがある。
「バジルはオペラグラスの付喪神だけど、関係あるのかな……」
その景色の中に、具詩以外の人間はいなかった。ステージの中央で歌う歌姫もいなければ、指揮者も、楽器を演奏する人もいない。ただ、敷居の高そうなホールが出現しただけだった。
――これは、多分水蓮たちも同じことになってるな!
具詩は今度こそ扉の外に出た。そして回廊を走り出した。その後ろをのそりのそりとジャジーがついてくる。
「ここにも扉がある。ジャジーはこっちを開けて!」
具詩は手分けして扉を開いていくことにした。
「分かった、でも本当に開けて中を確認するだけだ。それ以上は出来ないぞ、期待はいらない。必要な時にとっとけ」
ジャジーが言った。何もできないのは自分も同じだ、と具詩は思った。具詩とジャジーは隣り合って、それぞれ扉を開けた。
「合戦場だっ……!」
具詩が開けた扉の先に入ると、いきなり無地だった部屋の景色が変わった。なんと、頭上から弓矢が降り注いだのだ。舞い上がる砂煙の中、のぼりのようなものがたくさん見え、すぐにここが合戦場だと分かった。そうなると、武将などがいないと変だと思うのだが、やはりというべきか、人の姿は見えなかった。
「甲木!」
具詩は床に横臥している甲木を見つけた。倒れているのか、それともただ眠っているだけなのか分からない。何度声をかけても応答しないのは、バジルと同じだった。
具詩は回廊に飛び出し、そこに立っていたジャジーに声を掛けた。
「扉の中には何があった?」
「畳と将棋盤、それだけだ。具詩は騒がしい声を上げていたが、何だったんだ」
ジャジーが確認した方の部屋には、おそらくツゲとシャムが横たわっていたはずだ。ジャジーは気付いていないようだが、きっとそうだ。付喪神たち、それぞれに扉が開けられていて、その付喪神に関連している光景が広がっている。
――だけど、なんでこんなことに……。
一向に付喪神世界が変化した理由が分からない。
「また、ここにもあるな」
具詩はどうしたらいいか分からず、ただ回廊を進み続けていた。すると、行き止まりになっていた。行き止まりには扉が一つ付いていた。ここにも、付喪神の誰かがいるのだろうな、と思いながら具詩は扉を開いた。
「うわっ」
扉を開けると、強烈な勢いの風が具詩とジャジーを押した。顔を手で覆い、指の隙間から扉の向こうに何があるのかを見ようとした。
「竹……?」
部屋の床から天井に向けて、青々とした竹が伸びていた。具詩はその光景に見覚えがあった。豆黒を捕まえるために苦戦していた時、カフェの床から水蓮が竹を生やしたことがあった。今、部屋の床から伸びている竹も、水蓮のものだと考えるのが妥当だろう。
「風が止んだな。入るかい」
ジャジーが訊いた。具詩は頷いて、部屋の中に足を踏み入れた。竹以外にも、梅の木が生えていた。次いで、菊の花も見つけた。四君子の内の三つだ。やはり水蓮が近くにいると、具詩は予想を確信に変えた。
「水蓮、どこにいるの?」
「待て、具詩。初めてお目にかかるやつがいる」
ジャジーが正面を指差した。竹の隙間に、背の高い男が立っているのが見える。その男の足元に、水蓮は横たわっていた。
――まずい、あいつがこの付喪神世界をおかしくした張本人か。
具詩は不安を心の奥底に押し込んで、その背の高い
男を睨み付けた。男は眉一つ動かすことなく、平然とそこに立っていた。
「お前、一体何を」
「すまない、悪気はなかったんだけど」
具詩がくってかかろうとしたところ、感情の薄そうな声で、男が遮った。
「え……?」
「ちょっとした誤解と、行き違いと言えばいいのか。とりあえず、僕は敵じゃない」
その男は両手を挙げて、敵意がないことを示す仕草を見せた。
「敵じゃないって……付喪神たちが気絶してるのは、君と関係ないってこと?」
具詩は先程までの警戒をいったん緩め、その男に質問した。
「関係はある。僕が気絶させている、と思う」
「なんかフワフワしてて分からないね。結構、抽象的なのってキライ」
ジャジーが言った。
「君は誰?」
「僕は付喪神だよ。そう、丹治と似たタイプの存在の」
具詩は丹治に関する記憶を振り返っていた。水蓮にまだ聞いたことが無かった。丹治は何の古道具に宿った付喪神なのか、と。丹治について知っているのは、付喪神世界のために力を使ってしまった、優しい付喪神ということだけだ。
「あの、丹治が何の付喪神かまだ知らないんだ」
「あぁ、そうなんだ……どうしよう、この状況でも説明を聞く気はある?」
男は足元の水蓮をちょいちょい指差して首を傾げた。
「本当に君が敵じゃなくて、水蓮たちが後でちゃんと目を覚ますって、保証してくれるんなら」
具詩は条件を付けて答えた。
「分かった」あっさりと男は了承した。「敵じゃないし、彼らは絶対に目を覚ますよ」
「それで、君は誰? あと何の付喪神?」




