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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第四章 新たなつくもがみとの出会い
19/30

4-1


「今日はコロッケ屋の方に行ってるのか……」

 具詩が朝、古道具屋・菊夜堂の戸を開けてはいると、そこに菊美の姿は無かった。店の奥のテーブルに書置きしてあるメモに、コロッケ屋にいます、とだけ記してあった。

 店が具詩が来るまでは無人になっていたようだが、問題ないのだろうか。空き巣とかに入られてしまいそうだ。そんな事態になると、水蓮たちが付喪神世界から飛び出して、空き巣に対処してくれるのかもしれない。 


そういえばこの古道具屋に客が来た場面を具詩はまだ一度も見ていない。

そんな具詩を一人残していくことに、不安は無いのだろうか。


 ――まぁ、菊美さんが俺に期待してる仕事って、接客よりも付喪神世界の復活だからな。


 接客のイロハを叩きこむつもりは毛頭なさそうだ。

 付喪神世界には豆黒とサインが入り、なかなか順調に世界を拡大している。二人増えただけで、かなりの変化があった。ロフトのようなものが二つも増えて、のびのびとした空間になっている。しかし、それでも丹治が目を覚ましていないところをみると、真の付喪神世界はこれとは比べ物にならない規模のもののようだ。このペースで付喪神を弾き入れて行けば、そう遠くない日に付喪神世界は完全復活するのではないだろうか。


 具詩は菊美から使って、と渡されたエプロンを付けながらぼやっと、そんなことを考えていた。蓬莱通りに来る観光客は、路地裏の古道具屋に興味がないのだろうか。時間が経っても、人っ子一人訪れてこない。最後にこの店に来た、関係者以外の人間といえば、あのへらへら笑いながら手紙を郵便受けにいれようとしていたあの女性だけだ。


 具詩はコーヒーミルを他の道具屋から買ってきたが、あの店の雰囲気はこことは異なっている。もうすこし、繊細で洗練された店構えで、フォトジェニックなんて言葉を好みそうな客が寄ってきそうな感じだ。

この店も、客入りを考えるのなら、内装を変えたりした方がいいのかもしれないが、菊美にとってこの店は儲けを求めているわけではないらしい。

 道楽、趣味、義務、そんなところだろうか。

 具詩がはたきを手にした瞬間、


「あの、ちょっと話いい」

 という声が聞こえた。まさか客がいつの間にか入店していたのかと、ハッとした表情で具詩は声のした方を振り返る。

「あっ、はい。いらっしゃいませ……?」

 具詩に声を掛けた人物は、仙人のような風貌をしていた。白髪を限界まで伸ばしていて、ひげもそれに対抗するように伸び放題だ。ひげの先端はみぞおちにまで及んでいる。具詩は失礼なのは分かっていたが、その見た目にぽかんと口を開いたまま凝視していた。服は数字のロゴTシャツに、緑のおもちゃみたいな丸メガネ。なんというか、愉快なサンタクロースのオフという印象を受ける。


 ――古道具屋に来る人って、みんなこうなのかな……。


 具詩は初めて接客することになった客の、見た目があまりにアクが強いので、思わずビビった。

「なんか、生まれちゃったよ。こんな早いなんて、驚き栗の木」

「えっ……」

 具詩は助けを求めるようにキョロキョロと周りを見渡した。当然なのだが、具詩に手を差し伸べてくれる人物がいるはずがない。具詩はこの変な客の瞳と、がっつり目が合ってしまっている。そらそうとすれば、すぐに客の視線が追いかけてくる。もはや若干の恐怖体験をしているような気がした。


「どう思う? 前倒しってのは」

「何の話だか、ちょっと分かりかねます」

具詩は引きつった笑いを見せながら答えた。

「おーい、いつも一緒にいたのに? 具詩、お前のギターフレーズはワンパターンで飽き飽きしてたよ」

「ん?」

 具詩は顔を顰めた。ギターフレーズがワンパターンだ、なんて具詩が思い悩んでいることを、どうしてこの客は知っているのだろう。しかも、飽き飽きしていると来た。つまりは、具詩の演奏を見たことがある、と言っているのとイコールだ。


 ――まさかバンドのファンか!? でも、こんな強烈な風貌の人、見たことあったら絶対覚えてると思うけど……。


 具詩はおそるおそる訊いた。

「俺の演奏聞いたことあるんですよね、ということはファンの方ですか?」

「いや、それは困るな。はっはっは」

 本当に嫌そうにしながら客は笑った。そろそろ正体を明かしてくれないと、どうも落ち着かない。

 別に客の素性なんて知らないで、普通に接客すればいいと思うのだが、ここまで来るとそうもいかない。一体、何で具詩のギター演奏がワンパターンだと知っているのか、心に引っかかった。何回も演奏を見に来たのでなければ、見抜けないはずだ。だからこそファンだと思ったのだが、それは違う、と言い切られてしまった。


「それで、どちら様ですか」

「どちら様って質問はさ、つまり俺がどこから来たかって話だと思うんだけど、どこって言われても、急に生まれさせられたから、知るかあ~って感じの」

「ちょ……」

 いきなり客は饒舌になって喋り出した。具詩は三歩後退した。一体、何が起きているのだろう。へらへら女性客の次は、変なおじさん。この古道具屋の先行きが具詩はかなり心配になった。

「あの、話はもういいです、大丈夫です。何かお探しでしたか?」

 具詩は客の話を打ち切ると同時に、話の風向きを変えた。そもそも古道具屋を訪れたということは、この客にもなんとなく欲しいものがあったはず。その話をすれば、ここまでかみ合わなくなることもないだろう。


「お探しって、まぁ状況を説明してくれる人を探したよ。だから聞いたじゃないか、ちょっと話いいって」

「状況?」

「付喪神世界がほら、何かヤバいじゃない?」

 さもそれが大前提であるかのように、客は言った。

「はっ!? 初耳ですよ、そんなの」

 具詩はギョッとしていった。付喪神世界がヤバい、と言われても漠然としすぎて何も伝わってこない。そもそも、何で客が付喪神世界の存在を知っているのだろう。


「まさか、貴方も付喪神、ですか?」

 具詩は頭の中で導き出した結論を客に問いかけた。

「付喪神、になるのはまだ当分先のはずなのに、なぜか今日、予定前倒しで生まれたんだよ」

 客は訳が分からない、というような表情で肩をすくめた。その様子とは対照的に、具詩には全てが分かった。

「あんた、ジャズマスター!」

「ういうい」

客はその通り、と言いたげに頷いた。つまり、目前の変な客は、人間ではない。具詩のマイギター、ジャズマスターに宿っていた、付喪神の卵がかえってしまったらしいのだ。ジャズマスターは1960年製だから、今現在まで人に使われてきたのは多く見積もっても六十年程度だ。付喪神は、およそ百年大事に使われ続けた道具に宿る精霊だと聞いた。こんな短時間で付喪神が生まれてしまったのは、前例のない話ではないだろうか。


 ――というか、付喪神になりたてでこの風貌かよ……。


 具詩は改めてまじまじとジャズマスターの付喪神を見つめた。長いひげはひっぱってみたくなるほど長い。

「とりあえず名前ちょーだい」

 付喪神に言われ具詩は渋々と、

「ジャジーで」

 と答えた。

「了解した」

「何でいきなり今日、生まれてきたんだ?」

 具詩が呟くと、

「こっちが知りたいんだが。なんか付喪神世界が変わったのと関係ありそうだと思わないか?」

ひそひそ声でジャジーが言った。

「付喪神世界は今どうなってるんだ……」

 さっきもジャジーは言っていた。付喪神世界がおかしくなっている、というようなことを。 

具詩は心配になって店の鍵を閉めてしまうと、ガラスのショーケースの前に立った。


「付喪神世界がぐわーってなって、あーって感じで。その時に、驚いて俺だけ外に飛び出してさ、店の奥とかウロウロしてたんだけど、具詩が来たから、それで」

 横からジャジーが絶え間なく話しかけてきて、具詩の集中を乱す。しーっと、唇に指を添えてジャジーを静かにさせると、目を開いて具詩はゆらゆらガラスを見つめた。


「……本当だ。最後に見た時と全然違う」

 具詩は付喪神世界に降り立った。しかし、本当にそこが付喪神世界なのかどうか、確証はなかった。最後に見た、記憶の中の付喪神世界とはどうしたって一致しないのだ。あの六畳のスペースも、ロフトも螺旋階段も何もかも無くなっている。代わりにそこにあったのは、回廊だった。

 回廊――アーチが連続したような廊下は、ところどころクリーム色と青色の光が見えていた。

「だから言っただろ。ヤバいって」

 両手でジェスチャーをしながらジャジーが言った。

「それだけじゃ想像つかなかったんだよ……それで、どのタイミングで付喪神世界は変わっちゃったの?」

「たぶん、俺がギターから生まれる直前、かな」

 具詩は頷いた。普通、新たな付喪神をここに連れてくると、世界は拡張されて姿を買える。しかし、ジャジーがここに現れる前に、すでに世界は変化していたという。つまり、ジャジーの力によって、付喪神世界が大幅に変わってしまったというわけではなさそうだ。



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