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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第三章 不思議なインクが見せたもの
14/30

3-2

 古道具屋の外に出て、蓬莱通りを歩く。

甘酒でパンを作ってる店、菊美にも訊いたのだが、分からないと言われてしまった。もちろん具詩も付喪神たちも知らなかった。文明の叡智、インターネットを使って調べてみたのだが、驚くべきことに見つからなかった。蓬莱通りに、本当にそんなパン屋があるのかどうか、早々に怪しくなってきた。


「いたずらってことは、ありえないか」

 ふといたずらの手紙なのではないかと思ったが、あのカフェでの騒ぎを知っているのだから、本当に付喪神が具詩たちを試していることは間違いない。甘酒を使っているパン屋、それが純粋に見つけるのが難しい場所にあるというだけのことなのだろう。

 ネットを使えば一発で解決できることだと思っていたのに、それは考えが甘かったのだと、具詩は軽く衝撃を受けた。

「仕方ないですね。少しだけ力を使いますか」

 バジルが額に指をぐりぐり押し付けながら言った。

「力って?」

 具詩は興味津々に訊いた。バジルの力をまだ具詩は見ていないのだ。


「――世界を拡大してみる力ですね」

 バジルは手のひらの上にオペラグラスを出現させ、おもむろに目元に当てると、蓬莱通りをキョロキョロと見渡した。これが付喪神でなくて、普通の人間がやっていたのなら、通りは騒然とした声であふれ返ったことだろうと思う。

「あぁ、なるほど……商品じゃないわけですね」

 腑に落ちた、と言うような声でバジルが言った。自分もその望遠鏡を覗いてみれば、何かが見えるのかと思い、具詩はバジルの横に立って、見せて、と手を合わせた。バシルは快くそのオペラグラスを具詩に貸してくれた。

具詩はレンズを覗き込む。拡大された世界は、看板も通りの店も人も、何もかもが大迫力で面白かった。


「おお。おおー! 凄い、見えるー!」

具詩は興奮気味に言った。

蓬莱通りは騒然とした声であふれ返った。オペラグラスは付喪神の持ち物であるため、もちろん普通の通行人には見ることが出来ない。つまり具詩は手を顔に添えて、どこか一点を凝視しながらはしゃいでいる変な人にしか、周りからは見えないということだ。

「……それで、商品じゃないっていうのは、どういうこと?」

 具詩は恥ずかしさに悶絶しながらも、平静を装って訊いた。

「甘酒のパンを作ってる店、といわれると、甘酒のパンを販売しているように思ってしまいますが、それ以外にも、店の厨房を使って趣味の甘酒パンを作る、というケースも考えられます」

「それもそうか。それで、バジルはもう店を見つけた?」

「はい。すぐ近くにあります」

 具詩たちはバジルを先頭にして、その店に向かった。

「ここです」

 バジルに言われ、具詩はあるパン屋の前で立ち止まった。蓬莱通りの入り口に近いところにある、小さなパン屋だった。赤茶の屋根に可愛らしい丸い看板が下げられている。


 具詩たちはその店の扉を開き、店内へと足を踏み入れた。目に飛び込んでくるパンはどれもつやつやとしていて、ふっくらとした香りが食欲をそそる。具詩は順番に並べられているパンを確認していく。あんぱん、惣菜パン各種、キャラクターの顔がついたちぎりぱん。甘酒のパンは、どこにも見当たらなかった。

「オペラグラスで確認した感じだと、厨房の方で甘酒パンを作ってますね。どうやらやはり趣味で作っているもののようです」

バジルが言った。


「聞いてみようかな」

 具詩は厨房が覗いているレジの方へと近付き、奥の方へと声を掛けた。

「すいませーん、誰かいらっしゃいますか?」

「うるせえ! 今忙しいんだよっ」

 怒号のようなものが店の奥から具詩に放たれた。

「お、怒られた」

 具詩はあっけに取られた。まさか、声を掛けただけでここまでブチ切れられたことは無い。何がそんなに店員の気を逆なでしたのかと、不安だった。

「具詩、この店が正解なことは間違いないようだ」水蓮が落ち着き払った様子で言った。

「間違いない、というと」

「あの手紙通り、付喪神が待っていてくれたらしい」

 水蓮がちょいちょいと天井を指さした。ハッとして具詩が上を仰ぎ見ると、付喪神の姿を確認するよりも先に、何かが天井から降ってきた。


「巻物……?」

 天井から降りて来たものは、和柄の布だった。布は巻物のように丸められていて、するすると床に向けて長く伸ばされていった。具詩は何が何だか、というような表情でそれを見つめ続けていた。

「付喪神の姿見えた?」

 具詩は水蓮とバジルを交互に見ると訊いた。

「いや、どうやら完全に心を開いたわけではないらしい」

「気配だけは感じられますけどね」二人は答えた。 

「なんだろう、布の付喪神? それとも、パン屋にいそうな付喪神っていうと……」

 具詩は付喪神の正体を、あれやこれやと思案した。しかし姿が見えないのだから、一向にその推理はらちが明かなかった。

「誰だ! 忙しいってのに呼びつけやがったのは」

 店主がばたばたと大きな足音を立てながら、レジに立った。店主は白い作業着に身を包んだ、中年の男性だった。具詩はわざわざすいません、と前置きしてから、


「ここに甘酒パンって置いてますかね」と質問した。

「売ってねえよ、ただ俺と家内のために作ってる分があるだけだ。売ってねえよ、帰んな!」

 かあっと、顔を真っ赤にして店主は具詩を門前払いしようとした。一体全体、何故こんなに店主は怒っているのか、具詩は困惑した。


 ――怒ってる原因って、俺のせいなのかな……。


「あーまた、天井から変なもんが落ちてくるし、面倒くせえ、面倒なんだ!」

 店主は長い白帽子の上から頭を掻きむしるようにして言った。天井から降りている和柄の布をいまいましそうに睨み付けていた。この布のいたずらに怒っているのなら、まだ気持ちも分かるが、入店したタイミングからすでに不機嫌だったような気がする。

「わ、分かりました。もう帰ろうか、水蓮、バジル」

 付喪神探しどころでは無い。具詩が水蓮とバジルにそう同意を求めようとしたところ、店主が小鼻をふくらませながら、レジの上に一枚の紙を差し出した。

「ほら、持ってけ! 書いてやったぞ」

「書いてやったって……」

 具詩はその紙をこわごわ開いた。そこには、黒色のインクで文字が書かれていた。まさか、今朝と同じで付喪神からの手紙なのだろうか。

「どはつてんをついた。次、さむそうなてらにいく、急いでさがしにこい」

 具詩は怒り狂っている店主をしり目に、その手紙をぼそぼそ声に出して読み上げた。

 黒い文字はやはり大人の字のように見えた。書いてやった、というくらいだから店主が書いたものだろう。


「どうやら付喪神を捕まえるためには、また移動しないといけないようだ」

 水蓮が言った。

「寒そうな寺とは、どこのことでしょうかね」バジルが首をひねった。

 今の季節は秋。夏が終わったばかりで、かなり涼しくはなってきたものの、寒いということは無い。寒そうな寺というとなると、近所どころか日本ですらないのかもしれない。

 そんなことを考えこんでいると、

「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」

 店主が恭しく述べた。さっきまで顔をゆでだこのように真っ赤にしていた店主が、あまりにも温厚そうな笑みを湛えているので、具詩はギョッとした。

「い、いえ」

 恐ろしくなって具詩は首をふるふると振った。次に場所に行くぞ、という水蓮の言葉に頷き、具詩はそそくさとこのパン屋を後にした。

「何だったんだろ、怒ってたり優しかったり」

「おそらく付喪神の影響が解けて、元に戻ったのだろう」


「それはまた災難な……」

 感情を弄ばれた、本来なら温厚な性格の店主に思わず具詩は同情した。寒そうな寺、とは何だろう、と悩んでいたバジルが膝をぱちんと叩いた。

「分かりました。冬寺ですよ」

「寒そうな寺というのは気候のことではなく、名前が寒そうだということか」

 水蓮が納得したような表情で呟いた。

「冬寺って有名な寺?」具詩は訊いた。

具詩はその寺の名前を出されても全くピンと来なかった。

「もちろん」

 バジルは短く答え、再び先頭に立って蓬莱通りを歩き出した。この甘栗には、たくさんの文化遺産があるが、その一つなのだろうと理解して具詩も歩き出した。

 バシルは蓬莱通りを抜けて、人ごみの駅前も通り過ぎ、脇目を振らずに歩いていく。早足でも少し置いていかれるのではないかと思うくらいに、バジルの歩みは早かった。

 あっという間に駅の向こう側に辿り着き、バジルはある寺の前で立ち止まった。


「冬寺、か。確かにそう書いてるな」

 具詩は寺の左側に釣り下げられている大きな白い提灯に注目した。そこには冬寺、と太くしっかりとした筆文字が浮かんでいて、提灯を丸ごと雨除けのプラスティックカバーが覆っていた。カバーは提灯戸の隙間に秋風を孕み、揺れながらぱたぱたと音を立てた。

その提灯の前を、ダウンジャケットを着た少女が駆け抜けていくのが見え、それはまだ気が早いのではないかと具詩は微笑んだ。


 冬寺正門、という木の札が張り付けられている門をまたぎ、具詩たちは寺の境内へと入った。まっすぐ進んでいくと、冬寺の本堂が見える。本堂は屋根が三段ほど重なっているようなデザインで、秋の太陽の光を細々と反射していた。


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