2-6
「あら、まぁ。おかえりなさい。具詩さんも、みんなも」
具詩たちが古道具店に戻ると、菊美が出迎えてくれた。
「ただいま戻りました。あと、豆黒が今日から付喪神世界に来てくれることになったんです」
具詩は豆黒を押し出すようにして菊美に紹介した。
「……どうも」
豆黒は素っ気なく挨拶をした。それとは対照的に菊美は満面の笑みで、
「ありがとう、ありがとうねぇ。今は力が尽きているようだけど、とても頼りになりそうだわ」
と豆黒に言った。豆黒は満更でもなさそうな表情を浮かべて、ぷいと視線をそむけた。
「照れてるなぁ……っと、バジルたちは大丈夫かな」
具詩は慌てて言った。
「ふぅむ、一見すると大丈夫なようだが、早速豆黒を連れて帰るとするか」
水蓮がゆらゆらガラスのショーケースを見つめながら言った。
「そうしよう」
付喪神たちはガラスのショーケースの中へ、一瞬で引き込まれていった。一方で具詩は、集中力が途切れているのも相まって、ガラスを見続けておよそ二分。ようやく付喪神世界の、六畳一間へ入ることが出来た。
そこに入るや否や豆黒が、
「ちょっと! 聞いてませんよ、こんな狭苦しいところだなんて……!」
顔を左右に振り乱しながら具詩に訴えかけた。
「いや、今はこうなんだけど……あれ、豆黒を連れて来たのに部屋変わんないなあ」
具詩が首を傾げていると、
「明日以降、豆黒が完全に回復したら、この付喪神世界にも影響が出るはずだ」
水蓮が説明した。
「なるほど、そうだ。じゃあ、豆黒が回復するのが楽しみだね」
「それまでこの狭い部屋にいろって言うんですか」
豆黒はじとりと湿った目線を具詩に向けた。
「うん、そう。だって俺が豆黒を捕まえたんだから、約束を反故にするのはダメだよ」
「――!」
具詩の言葉に豆黒は目を皿のようにしたのち、観念したように畳に座った。
これでもう大丈夫だな、と思った具詩はバジルと甲木の前に言った。
「大丈夫だった? 二人だけで、大変だったでしょ」
「実はギリギリだったでござる。このまま水蓮殿たちが戻らなかったらと思うと、背筋に冷水をかけられたように震えますなあ」
甲木が壁によっかかった体勢で言った。
「でも本当に新たな付喪神を連れてくるなんて……想像以上の手腕ですね。具詩」
バジルが言った。
「いや、ほとんど水蓮たちの働きだから……」
具詩は遠い目をして呟いた。結局、卵さん――付喪神の卵が宿ったギターを披露する場面もなかった。そう思っている時ふと、具詩は気にかかっていたことを思い出し、豆黒に問いかけた。
「そういえばさっき、力を使うことになったのは俺のせいだって言ってたけど、どういう意味?」
「話すのが面倒くさい」
本当に面倒くさそうにして豆黒は顔をそむけた。
「こういう時こそ、卵さんの曲ではないか?」
水蓮がくすりと笑って、具詩に助け舟を出した。
「そっか、心を開くために。豆黒、ちょっと待ってて」
具詩はこの付喪神世界に置きっぱなしにしていたギターを取りに立ち上がった。部屋の隅に立てかけてあったギターを持って、具詩は豆黒の前に座った。怪訝そうな表情をしている豆黒の前で、具詩はギターを弾いた。
もちろん曲はジャズ・レモネード・オン・ザ・ロックだ。
すると、豆黒の表情が一転してぱっと明るくなり、
「ちょ……それは卵さんの曲じゃないですか」
「そうだよ」
曲を終えた後も、豆黒は興味深そうにギターを眺めていた。この様子なら大丈夫だろうと、具詩は質問した。
「それで、俺が豆黒に力を使わせたっていうのは?」
「……具詩がコーヒーミルを回した時、ミルの中には、もう二世紀も前の豆の粉がくっついてたんですよ。それを拭き取らずに、新しい豆を入れてかきまぜたでしょう」
「うん」
「昔の豆と今の豆が混ざり合うせいで、もうミル内の時代の流れがぐちゃぐちゃになって……そんなやり方で僕のことを呼び起こすから、いけないんですよ。思わず力が尽きるまで幻術を使ってしまいました。はぁ」
「え」
具詩は固まった。
つまり、騒ぎの発端は自分にあるようなものらしいのだ。古いコーヒー粉をそのままにしないで、綺麗にしてから使えば、豆黒はご機嫌斜めにならなかったようだ。具詩は頭をぽりぽりかいた。
――うーん、それはうっかりしてたなあ……。
「おっと、その時代が混ざり合ったコーヒー粉はどうしたかな?」
水蓮が顎に手を当てて言った。
確かに、豆黒が蓬莱通りに飛び出したのを追ったため、コーヒーミルはそのまま放置していた。菊美さんが片づけてしまっただろうか。念のために洗った方がいいかもしれない、と思い、具詩は立ち上がった。
「ちょっと見てきますね」
「俺も行こう」
「僕も行きます。時代の違う粉が混ざったままだと嫌なんですよ」
具詩の後に水蓮と豆黒が続いた。あれ、どうやってこの付喪神世界から出るんだっけ、と思っていると、水蓮の手が具詩の手に置かれた。
次の瞬間、具詩は古道具屋の床の上に立っていた。
「そっか、付喪神の力を借りないと外に出れないのか」
具詩はひとりでに納得した。コーヒーを淹れようとしていたのは、店の奥のテーブルだったはず、と具詩たちは店の奥へと向かった。
店の奥に入ると同時に、豆黒が大口開けて声を上げた。
「あ!」
何かと思い、豆黒の視線の先を追いかけると、そこにはコーヒーカップを持ち上げて、今にも口を付けてしまいそうな菊美の姿があった。
テーブルの上には、モスグリーンのコーヒーミルとドリップした後のビーカーが並んでいる。具詩と水蓮と豆黒の頭の中で導き出された結論。
――菊美が時代が混ざり合ったコーヒーを飲もうとしてる!
とっさに具詩たちは菊美の方へと手を伸ばした。
「危なーい!」
時代が混ざり合ったコーヒー、それが普通の人間にどう影響をするのか。
さっきの時代が混在した幻術を見せられ続けていた具詩と水蓮は、菊美がコーヒーを飲んだら、身体が若くなったり今よりもっと老け込んだり、とりあえず大変なことに思ったのだ。
冷静に考えてみれば、豆黒の力は尽きているのだから、もうそんな事態になるわけがないと気付けるのだが、具詩と水蓮は疲れてもう頭がいっぱいだった。
一方で、豆黒が菊美を心配している理由は、純粋に古いコーヒー粉でお腹を壊すのではないか、ということだった。
「あら、どうしたの?」
コーヒーカップを置いて、菊美が首を傾けた。それを見て、具詩と水蓮と豆黒はほっと胸をなでおろし、一気に脱力した。
三人にどんなことが起きていたのかなど知る由もない菊美は、三人の様子をキョトンとした表情で見つめ続けていた。




