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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第二章 コーヒーミルを回したら
11/30

2-5

「あぁ、水蓮! 俺達は自力でここから抜け出すから、戻ってくれ!」ツゲが叫んだ。

「まさか」水蓮がフッと笑った。

「水蓮?」

「しっぽ巻いて逃げるというのはナシだ。こうなったら、力を使って豆黒を確保し、早急に付喪神世界に戻るしかあるまい」

 水蓮はそう言い切った。

「わ、分かりました。それじゃ、力を使っちゃいますからね」 

 シャムがテーブルの下で言った、次の瞬間。シャムの手首から拘束が切れたのか、シャムがのそりのそりとテーブルの下から這って出た。

「まさか、僕の拘束を簡単に解くことができたのに、今の今まで力を温存するために……!?」

 豆黒がのけ反って驚愕を露わにした。

「んなの当たり前だろ! このぐらいの拘束」

「大したことは、無い」

 続いて自由になったツゲと双六もテーブルの下から出て来た。


「舐められたもんですね。こうなったら!」

 豆黒がギロリとこちらを睨み付けると、体勢を低くして地面を蹴った。

「何を……」

 そう言いかけた具詩の目前で、光景がめまぐるしく変化した。豆黒の力でカフェの時の流れが乱れたのだ。あまりにも次から次へと見え方が変わるので、具詩は混乱してしまい、思わず瞳を閉じた。

「まさかまだ、力が残ってたなんて……」

 そう呟いているとき、具詩は下から強く押し上げられる力を感じた。

「これは?」

「具詩さん、無事ですか」

 具詩を心配そうにのぞき込んでいるシャムの姿があった。

 具詩の体を押し上げていたのは、竹だった。何故かカフェの床に敷かれた深紅のカーペットから、真っ直ぐ青々とした立派な竹がにょきっと生えているのだ。床から生えた竹は、具詩の背中の下でしなり、優しく受け止めていた。具詩だけではなく、付喪神たちも全員その竹の上に立っているのが見えた。

「こんなに早く見せる機会があるとは思わなかったが……これは四君子のうち、竹の力だ」

 水蓮が具詩に教えた。


「かなり力を使ったんじゃないですか」

 具詩は何本もの竹を見て言った。

「なに、この程度ならすぐに回復する。ちょうどツゲ達も揃っていることだし、もう逃げ帰るか」

 しっぽを巻いて逃げるのはナシ、と言った張本人が逃げよう、と提案した。しかし、実際ここは三十六計逃げるに如かず――あれこれ作戦を考えるのでは逃げるべきなのだ。

 水蓮の提案にみんな頷いた。

竹から竹へと足を置いて、全員入口の扉の方へと向かって行く。


「ちょっと、どこへ行くつもりですか」

 床の方から苛立った表情の豆黒に話し掛けられる。

「帰るんだよ。どうせ、豆黒は付喪神世界に来る気なんて無いんだろう」

 具詩は声の方を振り返り、焦りからか強い語気で言い放った。

「そ、そんなこと言ってません。捕まることが出来たらって言ったじゃないですか」

「もういいって。ずっと構ってもいられないよ」

「むっ……」

「おい具詩、何かあいつ怒ってるぜ」

 ツゲが言った。

「怒ってる?」

「決めました。もうこてんぱんにしないと気が済みません!」

 豆黒は床を蹴りあげて、あっという間に竹の上に立ち、具詩を睨み付けた。

「だから、こうです!」

「ええっ」

 何を思ったのか、豆黒は双六をがっと掴んで引き寄せた。


「双六をどうするつもりだ!」

 絶対に具詩は自分が標的にされると思っていた。それがいきなり双六を人質のように取られてしまい、具詩はあっけに取られた。

「これ、計算機の付喪神ですよね。……どうするって、こうするんです」豆黒はニヤリと嫌な笑みを浮かべる。「チョコレートファウンテンの高さを×3」

「掛け算……?」

「まずい、掛け算をしやがった!」

 一体何が目的なのか、具詩にはちんぷんかんぷんだった。

しかし、わけが分からないなどと言っている暇もなく、事態は急変した。

カフェの名物、チョコレートファウンテンはさっきまで三段だった。豆黒が双六に×3と言ったことに関係があるのか、今目の前にあるチョコレートファウンテンは九段に成長している。天井にまで届くのではないかという高さのチョコレートファウンテンは、滂沱としてチョコレートを流し続けていた。


「双六は耳元で計算命令をされると、敵味方関係なく従ってしまうんですよ」

「そうなの?」

 シャムの丁寧な説明に、嘘でしょ、というような表情で具詩は言った。

「これで逃げ場所が無くなりますよ」

 豆黒は双六に、チョコレートファウンテンの数×10と言った。次の瞬間、カフェ中を埋め尽くすような数のチョコレートの滝が回りを取り囲んだ。甘い香りが部屋を支配して、具詩はうっとなった。それに、流れる滝の音もうるさく感じられてきた。

 双六の力の消費は大丈夫だろうか、と具詩は心配した。

「あいつ、悪意があるというよりかは、俺達に構ってもらいたいだけのようだな」

 水蓮が言った。

「俺もそう思うけど……でも、天邪鬼だから、素直に付喪神世界に来てはくれなさそうだ」

「はっはっは!」

 双六の肩に手を置いて、豆黒は高笑いをした。

「鬼ごっこが楽しくて仕方ない、って感じだな。でもそんなの付き合っちゃいられねえ! このままじゃチョコに飲まれちまう!」

 ツゲがそう言って、シャムと向かい合わせになるように座った。


「どうするんだ?」

「まぁ見ててくれ」

 ツゲとシャムの前に将棋盤が出現した。そして、滝の音に包まれながらも、黙々とシャムとツゲは将棋盤の上で、駒を動かしているようだった。


 ――そんなこと悠長にやってる場合か!?

 

ギョッとしている具詩に水蓮が声をかけた。

「もうすぐだ。ツゲもシャムも、決して遊んでいるわけじゃない」

 具詩は腑に落ちないまま頷いた。するとシャムが、

「いちご囲いー!」

 と叫んだ。聞き慣れぬ単語に具詩は首を傾げた。将棋関係の言葉だろうか。具詩シャムの前の将棋盤を覗き込んだ。王将を金の駒で挟み込み、その左下に銀の駒がある。この形態をいちご囲いと言っているらしいのだ。確かに、かなり好意的に見れば、王将と金と銀の並びがいちごの形に見えなくもない。

この状況で、それがどうしたという話ではあるのだが。

「うわあっ」

 次の瞬間、初めて豆黒が焦ったような声色で驚いた。

「何だ? きょ、巨大いちご?」

 竹の下をまじまじと見つめてみると、テーブルの上に置いてあったショートケーキに異変が生じていた。ショートケーキの上に乗っかっていたいちごが竹の隙間で、巨大化しながら天井へ伸びて行くのだ。何個ものいちごが巨大化し、具詩たちと猛威を振るうチョコレートファウンテンとの間に挟まった。


「凄い、バリアを作ったってことか……」

 いちごは具詩たちの代わりにチョコレートに浸食されていた。

「や、やりますね」

 額にべっとりと汗をかいた様子の豆黒が言った。明らかな強がりだと、具詩にもありありと分かった。

「ようやく力が尽きたようだな」

 水蓮が腕を組んだ。

「もういいじゃん。付喪神世界に行こうよ」

 具詩は手を差し伸べた。

「なっ、まさか、貴方みたいな若造にひょこひょこ付いて行くとでも思ってるんですか」

「うーん、ダメか」

「捕まえて下さいって言ったじゃないですか!」

 豆黒が双六から離れ、透けた体になって外に出ようとした。いい加減、この鬼ごっこを終わらせたい具詩は、双六に向かって叫んだ。


「あのテーブルの上のパンケーキ×2!」

 カチカチ、と双六の頭から音が出る。すると、テーブルの皿の上にあったパンケーキが高速で二枚に増えた。

「ここからは任せろ、具詩」

 水蓮が手を優雅に一本前に差し出した。すると、二枚のパンケーキが上から下から、豆黒を包み込むようにして襲い掛かった。

「わっ!」 

 豆黒は驚愕した声を上げ、そのまま大人しくパンケーキの間に挟まった。

 付喪神と具詩は竹をつたいながら下に降りた。

「今度こそ、付喪神世界に来てくれる?」

 具詩は再び豆黒の前に手を差し伸べた。さっきとは違い、しおらしい表情をした豆黒が手を伸ばし、ようやく具詩と豆黒の手は繋がれた。

「一件落着、だな」

 具詩は新しく豆黒を仲間に加え、五名の付喪神たちを引き連れて蓬莱通りに出た。その瞬間、あんなに大変な状況になっていたカフェがまるっきり、元通りになっていた。

「元通りになった」

「所詮はまやかし……はぁ、それなのに本気になりすぎなんですよ、貴方」

 豆黒が具詩の横に来ると、気だるげに言った。

「そりゃ本気にもなるよ。どうしても豆黒に、付喪神世界に来て欲しかったんだ」

「もう、分かりましたよ」

 軽く口を尖らせて豆黒は言った。


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