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付喪神サマは6LDKに住みたい!  作者: 紫場ゆうひ
第二章 コーヒーミルを回したら
10/30

2-4

 その時、

「きゃあ、素敵。次は私よ!」

 という女性の甲高い声が外から聞こえた。また豆黒の仕業ではないかと、具詩たちは弾けるように店外へと飛び出した。

 そこに広がっていた光景は、実に奇異なものだった。

「真っ白だ……!」

 メガネ屋の隣、小さな化粧品店の中で、女性たちがひしめきあうようにそこにいた。

 何を騒いでいるのかと、まじまじ観察してみると、店の中に入った女性たちは、揃いも揃って顔が真っ白になっているのだ。顔面蒼白、という意味ではなく、絵の具の白をべったりと塗り付けたような白さだ。

 店の中で、水に溶いた白粉を刷毛にこれでもか、というほどなすりつけ、顔に塗っている。そしてさらに塗り付けてある、固そうな紅を唇に伸ばし、女性たちはニコニコと笑っていた。京都の祇園で見かける舞妓の化粧とそっくりだった。


 これもきっと、豆黒の力によって、時の流れをぐちゃぐちゃにされているのだろう。こういう真っ白に顔を塗る化粧は、江戸時代の浮世絵なんかで見たことがあるような、と具詩は思った。

「ちょっとすいません……」

 具詩は申し訳なさそうに女性たちの人波をかき分け、化粧品店を見渡した。

やはり、と言うべきか、店の天井に張り付くようにして豆黒はいた。

「おっと、また見つけられてしまいました。結構目ざといですね?」

「こんな騒ぎにして……駄目じゃないか!」

「でも、力を使わせたのは貴方ですよ」

 豆黒は悪びれ宇様子もなく、あっけらかんと具詩に言い放った。

「そ、そんなの出まかせだろ」

 具詩は豆黒の言い分が信用ならず、びしっと指を差すと言った。


「真実をお伝えしただけです。それじゃ」

「待て!」

 豆黒がすうっと音もなく姿を消す直前、天井に向かって水蓮が飛びあがった。しかしその伸ばした手もむなしく、豆黒はすでにいなくなっていた。

「一筋縄ではいかないようだな」

 水蓮が真っ白な顔の女性の横で、腕を組んで言った。もうこの店には、豆黒は姿を現さないだろう、と思い、具詩たちは人ごみをかき分けるようにして外へと出た。

 すると、

「実はそろそろ時間になりそうなんだ」

 とツゲが言った。

「時間?」


「付喪神世界、崩壊する、タイムリミット、もうすぐ」

「だから戻らないといけないんです。具詩さん、すいません」

「そっか。ということは豆黒を追いかけている場合じゃないってことだ?」

 具詩は話をまとめるようにして訊いた。

「でも、僕たちが戻りさえすれば、水蓮さんは豆黒探しを続けるのでも大丈夫だと思います。丸一日帰ってこないとなると、厳しいと思いますけど」

 シャムが言った。

「ふぅむ。まさかこんなに手こずるとはな。俺が戻るまで、付喪神世界を壊さずに繋ぎ止めておけるか?」

 水蓮が神妙な顔つきでシャムに訊いた。

「はい! 一生懸命力を出して頑張ります!」

「おう、俺も頑張るぜ! だから、絶対に豆黒を連れて来いよな」

 水蓮と具詩は目を合わせて頷いた。全速力で古道具屋へと帰っていくツゲとシャム、その後ろを重々しそうに付いて行く双六の背中を見送った。


「ギターがあれば、豆黒の気が引けるのかな」

 具詩は些細な疑問を口にした。

「そう思っていたが、難しい気がしてきた。あいつは気まぐれで、飽きっぽく、数分もじっと聞いていられないのではないか?」

「水蓮、じゃあどうするの?」

「……」

 水蓮は目を閉じて思考に耽っているようだった。邪魔しないように具詩は黙り込んだまま水蓮が再び口を開くのを待った。

「そもそも、我の力を使うべきところをよく考えないといけないのだ」

「というと?」

「あまり豆黒を捕まえるために力を浪費しすぎると、今度は付喪神世界を維持し続けるための力が足りなくなるかもしれんのだ」

「あー……」

 具詩は額を手で押さえて、間の抜けた声を発した。あちらを立てれば、こちらが立たず。そんな言葉はこんなときに使うのがふさわしいのかと思った。実際、力を浪費したあげくに付喪神世界を存続させることが出来ないのでは本末転倒だ。 


――水蓮の口ぶりだと、力を使いさえすれば豆黒は捕まえられそうだけど……。


具詩は悩んだ。もしかすると、うかつに豆黒を追っかけ回さず、力を温存し続けるというのも手かもしれない、と思い始めていた。また別の、付喪神世界に喜んで住んでくれる、そんな付喪神を新しく探した方が、話は早そうなのだ。その提案を水蓮にしようかと、具詩が口を開こうとした、その刹那。


 溢れんばかりの新鮮なコーヒー豆の芳醇な香りが、蓬莱通りの全てを満たしたような気がして、具詩は口を閉ざした。

 いきなり何が、と驚いた表情の水蓮と目が合い、示し合わせたように同時に二人は外へと飛び出した。

 匂を追いかけるようにして蓬莱通りを突き進んでいく。

「さっきのカフェだ」

 何軒もの店を通り過ぎ、ようやく具詩たちは気が付いた。強力なコーヒーの香りの出所は、さっき具詩が目を奪われていた、雰囲気のあるレトロなカフェだった。開け放たれたドアから、信じられないほど薫り高く零れたコーヒーの香りが、蓬莱通りを満たしていた。

「でもこれは、豆黒のせいじゃないよな……?」

 まさかこんなことまで豆黒のせいではあるまい、と思いつつ店の中を覗き込む。予想を裏切って、豆黒はそこに居た。

 他の店の光景とは違って、さっきまで大勢いたはずの客が人っ子一人いなくなっていた。

 店の中央に、ぽつんと豆黒は立っていた。


「豆黒がいたぞ、具詩」

「うん、でもさっきと違って、こっちに背中を向けてる。もしかしてチャンスじゃない?」

 そう、豆黒は何故か隙アリアリの体勢で店の中にいたのだ。両手を広げ、こちらに背を向けたまま、豆黒は微動だにしなかった。

「今、力を使えば、確実に捕まえられる、か」

 水蓮は自分の右手の平をじっと見つめて考えていた。

「どうだろう、こっちの油断を誘っているんじゃ無ければ」

 具詩がそう言った瞬間、背をむけていた豆黒が、

「素晴らしい。こんなに素晴らしいコーヒーを淹れることの出来るバリスタが、この時代にもいるとは……」

 と感嘆の声を上げた。

「なんか、感動してるみたいだ」

「本当に隙だらけだな」

 こそこそと店の入り口から具詩と水蓮は覗き見ていた。

「そういえば、変だな……」

「何がだ? 具詩」

「このカフェ、さっき見かけた時と見た目が変わってない。時の流れが乱れてないみたいだ……豆黒は力を使わなかったのかな」

 具詩が不審そうな目つきで店の中を眺めて言った。

 ラベンダー色のソファは猫脚のまま地面にくっついているし、チョコレートファウンテンという、現代要素たっぷりの機械は、絶えずチョコレートの滝を上から流し続けている。

具詩は水蓮に向けて、忍ばせるように小声で話していた。しかし豆黒の耳に声が届いてしまった。


 豆黒は凄い勢いで店の入り口の方を振り返る。

「あ……まさか、この場所まで突き止められるとは」

 豆黒は最初驚いた表情をしていたが、すぐにそれを打ち消して言った。

「予想外だった?」

「いえ。ただまぁ、油断してたのは事実です。あまりに素晴らしいコーヒーを見つけてしまったので……人を追い出して一人で楽しんでしまいました」

「ふむ」

豆黒が立っている近くにあるテーブルに、飲みほした後のコーヒーカップが三つ並んでいた。まさか、いとまなく三杯も飲み干したということだろうか。

「うっかり、コーヒーの香りまで強めてしまいました。貴方たちに場所を勘付かれたところを見ると、どうやら外にまで香りが漏れてますね……。香りを強めるのも私の力なんですよ?」

「そう言っておきながら、実は力が尽きているのではないか? 時の流れを操作するというのは、相当力を浪費するはずだ」

 水蓮が言った。

確かに、現在から未来へと進んで行く、その無常な時の流れをしっちゃかめっちゃかにするのだ。力を相当必要とするだろうことは、想像に難くない。

「なっ……」

「図星か」

 水蓮が勝ち誇るようにニヤリと笑った。

「ふん、調子に乗らないで欲しいですね。根回しは出来ているんですよ、ほら」

 豆黒は飲み干したコーヒーカップが置いてあるテーブルの下にしゃがみこんだ。何をするのかと思っていると、豆黒はさっとテーブルクロスをめくりあげた。


「あっ!」

 テーブルの下には、菊美の古道具店へと足早に帰っていったはずのツゲとシャムと双六がいた。

「動けないのか?」

 目を開いて心配そうに水蓮が訊いた。

「水蓮! ここ、縛り付けられてるんだ!」

 テーブルの下からツゲが両手首を合わせながら差し出した。縛られている、というからには縄で結ばれているのかと思ったが、どうやら目視できるようなもので拘束されているわけではなさそうだった。つまり、見えない糸でツゲたちを拘束するというのも、また豆黒の力によるもの、ということだ。


「そう、この三人は預からせてもらいました。さぁ、どうやって僕を捕まえますか?」

 豆黒は余裕たっぷり、というような笑みで訊いた。さっきまでは、豆黒を追いかけるのを諦める、という手段も選べたが、今では不可能だ。このままツゲ達を置いて帰ることは出来ない。

「……待って、確か付喪神世界にはタイムリミットがあるって言ってたよね!?」

 具詩は白粉化粧をした女性並みに顔を青ざめさせた。ツゲ達は、付喪神世界を維持するために戦線離脱したのだ。それなのに今、ここに囚われているということは。

 

 ――付喪神世界を、甲冑の甲木とバジルだけで守ってるってことじゃないか!


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