第85話 老賢人と元大佐
何ヵ月ぶりかの投稿です。入院等の事情で滞っていましたが、ようやく再開しました。長い事更新出来ず、すみません。
「なかなか、カッコつけなのね。強面の熊みたいな癖してやるじゃないの」
「いやあ、イェーガー大佐殿は女性の噂が無いので、てっきり男好きかと思ってたんです。幼いリースとの約束を守るなんて漢じゃないですか」
「まさかのロリコン? でも、皇弟殿下暗殺の真相には驚いた。リースが犯人とはね」
リースの話を聞いたエルザは神兵達に命じ、オイゲンをこの場に引っ張ってきた。そして言ったのが、この台詞。ユリアやガスパー、エルザのあまりの言いように、オイゲンは青筋を浮かべる。そして、リースを見るとにこやかに声をかける。
「‥‥お前ら、言いたい事はそれだけか。リース、こいつらに魔法をかけてあげて差し上げろ」
「分かりました。じゃあ、3人には猫になってもらいましょう。えい!」
リースの魔法によって、3人は猫へと姿を変えた。黒猫に姿を変えたエルザは、まるで意に介した様子も無く伸びをしている。ユリアとガスパーは茶とら猫。猫に変えられた事に驚き、慌ててリースに助けを求める。足に体をこすって、必死に鳴き声をあげていた。
「口は災いの元と言うが誠であるな。久しぶりだな、イェーガー大佐。いや、元大佐と言うべきか。元気そうで何よりだ」
「‥‥ビルメイス閣下、またお会いできるとは思っていませんでした。愛しき女性を守るため、生き恥をさらしております」
オットーの言葉に敬礼で答えるオイゲン。捕虜からロマルク帝国に寝返った身の上だ。恨み言の1つや2つ、言われてもおかしくはないと彼は思っていた。だが、オットーは頭を振る。
「イェーガー元大佐、君が謝る事は無い。今回の件は誰が悪いかと言えば、皇帝陛下やルーデンドーフにヒューレンフェルト等の輩よ。むしろ、儂らが謝らなければならん。そして、同時に惜しい事をした。あたら優秀な人材を切り捨てる判断をしてしまった事に」
「そうだな。いまや、お主はエウロパで最も危険な男とも言える。魔法使いリース=エルラインを御せる唯一の男じゃからのう。はあ、2人ともドラーム帝国に繋ぎ止めて置きたかったわい」
オットーとヴィルヘルムの嘆きは当然とも言えた。オイゲンと同じ位の実力を持つドラーム帝国軍人は両手で数えるに事足りてしまう。加えてリースの事も考えれば、ドラーム帝国の損失は計り知れないだろう。
「残念ですが、モルト閣下。道は既に分かたれました。オイゲン様と私はロマルク帝国所属となり、しかも皇帝陛下の直属になるそうです。オイゲン様を犠牲にし、ノルディンの失態を取り繕おうとするドラーム軍部にいるよりもましな環境ですわ」
リースの辛辣な物言いに、ヴィルヘルムも何も言えなくなる。今回のドラーム帝国軍の動きはお粗末にも程があったからだ。協力者には裏切られ、怒りのあまりオイゲンとアドルフは暴走。あまつさえ、アドルフとメルの愚行によって神兵部隊は壊滅してしまった。
さらにはロマルク帝国の介入を許し、結局ノルディンは西半分しか手に入らなかった。女王アレサの身柄も確保出来ずにいたし、大失態と言ってもいい。
「今回のノルディン遠征失敗で、政軍共に人事大異動があるじゃろう。中には没落する貴族連中もおるしな。例えば、イザベッラを引き込んだ家とか」
クリストフの実家、オルデンブルク侯爵家の事である。今回の件で貴族位剥奪は確実とされた上に、連日民衆が屋敷を取り囲み石等を投げ入れられているとオットーは話す。屋敷に住む人々はノイローゼに陥っているらしい。
と、黒猫になったエルザが聞き耳を立てながらオイゲンの側に座った。猫になっても全く動じない彼女を見て苦笑するオイゲン。エルザを警戒しながらも、彼は気になっていた事をオットーに尋ねる。
「ビルメイス閣下。オルデンブルク少佐はどうなりました? ノルディンで別れて以来、ずっと気になっていたのですが」
副官の1人であったクリストフは、酒びたりであった為に作戦行動から外していた。ユルゲンの方は戦後も積極的に動いていたので安心していたが、クリストフの消息が分からないので心配していたのだ。
「あやつなら営倉に入れられておるわい。任務中に酒に溺れる愚か者じゃからな。まあ、気持ちは分からんでもない。父親が連れてきたのが疫病神じゃからのう。全く、あの家は余計な事をしくさりおって!」
オットーではなく、ヴィルヘルムがクリストフの現状を教えてくれた。ノルディンで飲み潰れていた彼は憲兵達によって簡単に拘束され、現在は帝都の陸軍本部の営倉に収監されているようだ。実家の不祥事に加え、軍務放棄している事を鑑みると極刑あるいは終身刑を課せられる可能性があるらしい。
「‥‥こればっかりはやむを得ないか。私も酒を止めるよう何度も命じたのですが、聞く耳を持ちませんでした。優秀な男だっただけに残念でなりません」
「挫折知らずの人生であったせいか、立ち直る事が出来なかったのだろう。精神面での脆さが出た形じゃな。さて、イェーガー元大佐。いずれ君に頼みたい事がある。と申しても、事が起きるのはまだ先の話じゃ。しばらくはゆっくり出来るはずだ。その時は頼りにさせてもらおう」
「さあて、もうすぐロマルク帝国に到着だ。これから儂らも忙しくなる。その前にマルコの料理を食べるとするかのう」
オットーとヴィルヘルムの言葉に神兵全員が嫌な予感を覚える。引退した2人が忙しくなるのは余程の事だ。間違いなくロマルク帝国も巻き込まれる。神兵達の不安な気持ちを乗せ、艦隊はロマルク帝国へと向かうのだった。
次回よりロマルク帝国内での話です。権力闘争の始まり。