第84話 老賢人と神兵達 後編
お待たせしました。久々の投稿です。最近、新作波瀾万丈の魔術師を書いてましたので更新遅れました。
左遷の成り上がりも不定期ですが書き続ける予定ですので、よろしくお願いします。
「あの方とは誰の事を‥‥いや、まさか!」
オットーは、ある人物の事を思い浮かべる。ドラーム帝国現皇帝以上の問題児であった男の事を。リースは冷たい笑みを見せながら、更に核心をつく。
「ええ、そうです。ビルメイス閣下、かつて、皇族で突然行方不明になった方がいらっしゃいましたよね? その方です」
「ああ、リースの仕業だったんだ。少女趣味だったからね、ウルリッヒ皇弟殿下は。ちょっかい出したら、返り討ちにあって死んだって事であってる?」
エルザのド直球過ぎる発言に、さしもの英雄2人も頭を抱える。ウルリッヒ=ボォルヘルンは、なかなか優秀な人物であったが1つ大きな問題があった。未成年の少女が大好きだったのだ。普通ならば逮捕されそうだが、彼は皇族である。
貴族や富裕な商人等は、こぞって少女を送り込み、自分の娘や親類の娘に子が出来る事を望んだ。結果、ウルリッヒの子供が13名近く産まれ、先代皇帝の下に皇族として迎えて欲しいとの訴えが多発。皇太子で兄であるフリードリッヒも困り果てていた矢先に、ウルリッヒが行方不明になってしまう。失踪か無理心中か、はたまた陰謀に巻き込まれたのか? さしものオットーやヴィルヘルムも、分からず仕舞いだったあの事件。それが、リース=エルラインの仕業とは思ってもみなかった。
「神兵の出来損ないと言われた私は、あの日。毒で仲間が殺された日に、私はウルリッヒ殿下の下へ送られました。召し使い見習いとして。輸送車の運転手は、面白い方で私に楽しい話をしてくれたわ。でも、楽しい時間は長くは続かなかった。殿下は、私が着いて早々におっしゃったんです。『うむ、素晴らしき少女よ。8歳にしては体形も悪くないな。さあ、来るが良い。俺の色に染めてやろう』と。今までの人生の中で、もっとも殺意が高まった瞬間でしたね」
室内の空気は、みるみる内に冷えていく。リースを中心に、氷の魔力が外へと漏れだしているからだ。オットーとヴィルヘルムに至っては、凍死しそうになっている。さすがにまずいと、エルザがリースに声をかけた。
「リース、魔力が出てる。このままだと全員凍死するから」
「はっ、ごめんなさい。思い出しただけでも怒りが止まらないの。どうやら、シュナイダー博士とアドルフも関わっていたらしくてね。2人に写真を見せられたウルリッヒ殿下は、事の外喜んだらしいわ。生け贄に捧げられた、私の気持ちは考えずにね」
頭を抱える英雄2人以外、他の神兵達の反応も様々だった。リノアとナーシャは、声も出さずに泣いていた。自分達だけ、のうのうと生きていた事と何も知らなかった事に恥ずかしさと悔しさを感じていたからだ。ガスパーとユリアも何も言えず、黙っている。エルザという心強い主柱がいた彼らは、まだ恵まれていたのだろう。リースは、ただ1人でウルリッヒの慰み者にされようとしていたのだから。
「私は部屋を飛び出し逃げたわ。召し使いや兵士が、必死に私を追ってきた。中庭で捕まりそうになった時、助けてくれたのが運転手の兵士の方だった。彼の名前は、オイゲン=イェーガー少尉。私が世界で1番愛している方です」
オイゲンの名前が出てきて、その場にいた全員が驚く。だが、1人エルザは怯まず問いかける。
「そこで出てくるんだ。でも、イェーガー大佐じゃあウルリッヒ殿下を抑え込めない。この時なんでしょう、リース。貴女の魔法が発現したのは?」
「ええ、そうよ。ウルリッヒ殿下は、邪魔をするオイゲン様を殺そうとしたわ。オイゲン様が銃で撃たれようとした瞬間に、私の魔法が暴走したの」
リースを中心に発現した強烈な光は、ウルリッヒを消し去ってしまう。恐怖にかられた召し使いや兵士が逃げ出そうとするも、突然オイゲンとリースを除いた全員が眠ってしまう。しばらくして、空から箒に跨がった老婆が降りてくる。老婆はリースに近づくと、あっという間に光を封じ込める。
『フォ、フォ、フォ。今の世に、ここまで生きの良い魔法使いの卵が現れるとはな。リースよ。私が魔法を教えよう。この国におっては、害にしかならぬ。お主が惚れた男にとってものう。さあ、別れを言うがいい。早くせねば、こやつらが起きるでな』
『イェーガー少尉、助けてもらってありがとうございました。今度会う時は、そのう。私を貰ってください!!』
『え、ええ!! ちょっと待って、いきなりプロポーズ。しかも、うむっ』
リースはオイゲンの唇を奪うや、顔を真っ赤にして老婆に駆け寄る。老婆はからかうような笑みを浮かべながらも、オイゲンに警告する。
『よいか、青年よ。ウルリッヒ殿下は行方不明になった、そう報告するが良い。さすれば、後難を排せよう。それと‥‥、リースに唇を奪われたな? お主は、彼女につがいとして認められた。浮気したら、洒落にならん目にあうから止めておくんじゃな』
『ええ!! じゃあ、女遊びもダメなのか?』
『ダメじゃな。まあ、何年か辛抱せい。間違いなく美人になる娘じゃからな、その時を楽しみにしておるが良い。それでは、失礼するぞ私の名はオルエン=エルライン。現世に生ける魔法使いの1人なり!』
オルエンはリースを連れて箒で空へと舞い上がると、そのまま北の空へと去っていた。後に残されたオイゲンは、オルエンの指示通り報告。周りの人々も記憶が無くなっており、ウルリッヒは死亡扱いの行方不明となった。リースの話を聞いた者達は、しばらく何も話そうとはしなかった。だが、1人の男が口火を切る。
「信じがたい話だが、事実であろうな。ウルリッヒ殿下の探索は何年も続けられたが、何1つ有力な情報は得られなかった。むしろ、現皇帝陛下は喜んでおられたからな。『これで、扱いの困る子供が増えん。誰が消してくれたかは知らんが、良くやった』と」
「オットー、どうする? ウルリッヒはどうしようもない男じゃが、皇族じゃ。リースを殺害容疑で‥‥」
「ヴィルヘルム、大事な事を忘れとるの。ウルリッヒの愚か者は、8歳の少女を抱こうとして死んだのだ! これを公表してみよ、エウロパ諸国の国民から物笑いの種にされるわ!! この1件は誓って他言無用。神兵の諸君もよいな!?」
「「「「「ははっ、ビルメイス閣下! 誓って他言は致しません!!」」」」」
神兵の返事を聞くとオットーは、ゆっくり立ち上がる。そして、リースを見つめながら、静かに語り出す。それは、1国の偉大なる政治家から、運命に翻弄された少女に送られた贖罪の言葉だった。
「その力が、これ以上人に向ける事態が無い事を切に願う。わしとヴィルヘルムの名において、リース=エルラインとオイゲン=イェーガーのロマルク亡命を認めよう。我々の国が迷惑をかけて、すまなかったな。魔法使いよ、1人の人間として幸せになって欲しい。老い先短いわしらも、若い2人の幸せを祈っている」
次回、神兵達にオイゲンが‥‥。