第83話 老賢人と神兵達 中編
「‥‥ぬう、まんまと術中にはまったか。しかし、儂らの努力全否定は頂けぬな」
しばらくして、英雄2人は何とか立ち直った。かつらがバレていた事に納得していない彼に、オットーは潔く諦めるよう告げる。
「ヴィルヘルムよ。これ以上言っては儂らの失点になる。‥‥事実を認めざるを得まい! かつらの件は、後で考えるとして。まずは、神兵達に言わねばならぬ事がある」
ため息をついたオットーは、椅子から立ち上がると頭を深々と下げた。リノアとナーシャ、ガスパーは驚くもエルザとリース、ユリアは静かに見つめるだけだ。
「儂の神兵計画中止命令で、多くの少年少女が死んだ。ここで生き残った君達の中には、親しき者や愛しい恋人を失った者もいるだろう。ドラーム帝国宰相であった者として、心より謝罪する。すまなかった」
「止めよ、オットー! お主だけが、責めを負う必要はあるまい!!」
ヴィルヘルムは、全ての罪をオットーが背負う必要は無いと考えている。元凶はローゼンハイム侯爵とシュナイダー博士であり、彼らの暴走が招いた悲劇だからだ。しかし、ドラーム帝国自体が神兵の粛清に関わったのは事実。謝罪された神兵の代表として、エルザは今まで聞けなかった事をオットーに尋ねる。
「‥‥謝られても、失われた命は返って来ない。ビルメイス閣下。どうして神兵計画を中止したのですか? 私達を扱えないと思ったから?」
「そうだ。曲者揃いの第1世代の神兵、あの皇帝陛下が使えこなせるとは思えんからな。あたら斬れすぎる凶器を、馬鹿に与える愚を分からん君達ではあるまい?」
まず、ロマルク側。最高の兵士たるエルザ、情報収集の達人ガスパー、女王として上流階級の男達の多くを僕とするユリア。続いて、ドラーム側。優秀な外交官たるリノア、野心多き策士アドルフ、シュナイダー博士の妹で第2世代を指揮するナーシャ。そして、魔法使いたるリース。生き残ったのが確認出来た神兵だけでも、国家にとって脅威と言える。
「確かに陛下が神兵達を駒として使い、要らぬ戦争を仕掛ける可能性が有ったのは事実でしょう。ですが、本当に両閣下が不安視されていたのは、神兵達による国の乗っ取りではありませんか?」
リノアは外交官として活躍していたが、やたらと貴族達からの嫌がらせや嫉妬を受けていた。何故、そのような行動をするのか何人かに問い質した事がある。その答えは異口同音に次の通りであった。
『優秀な神兵様に仕事や地位を取られたくない』
その事を2人に告げると、ヴィルヘルムが深いため息をついた。この言葉こそが、人の業を表している。
「リノア、さすがじゃな。そう、優秀な若手が多い君達はいずれ国家の要職を独占する危険性があった。特に、貴族等の既得権益を持つ者達の警戒感は生半可な物では無かったよ。君達の粛清には、多くの貴族が賛同した。優秀な人材は欲しいが、自分の地位を失うのを恐れる総意が悲劇をもたらしたのじゃ」
「まさか、本当にそんな理由で粛清されるとはね。死んでいった奴らが、浮かばれんな」
「‥‥はあ、怒る気力も沸かない程にふざけた理由ですこと。予算の無駄遣いですわね」
粛清の理由を聞き、神兵の面々は怒りを通り越して呆れた様子だった。勝手に生み出しておいて、優秀過ぎるからいらないと処分する。空しさを露にするエルザ達の中で、リノアとリースは冷静さを保つ。とはいえ、2人の心持ちは正反対であった。
リノアは仲間の死を悲しみ悼ながらも、外交官の矜持で感情を出さずにいる。それに対し、リースは仲間の死に無関心だ。いじめられ、差別され続けた彼女にとって、少しの例外を除いて神兵の仲間は処分対象だったからである。
「ビルメイス閣下、モルト閣下。今回の戦争中に祖父は亡くなりました。神兵計画の立案実行者たる2人が消えた今、計画にまつわる書類や機材は全て処分すべきと考えます。2度と私達のような存在を生み出しては‥‥」
「みなまで言わずともよい、リノア。責任者たる儂らも協力しようではないか。ヴィルヘルムも良いな?」
「分かっておるわ。軍部には儂から言っておこう。時間はかかると思うがな。さて‥‥、リースよ。まずは、無能の烙印を押した軍上層部の人間として謝罪しよう。厚かましいかも知れぬが、君の事について尋ねても良いか?」
2人は改めてリースを見る。歴史の彼方に消えた魔法使い。それが今、再びよみがえったのだ。興味を持つなと言うのが酷であろう。リースはその様子を見て、冷たい笑みを浮かべた。無能と呼んでいた者達が、使えると分かった途端にすりよる。そんな連中と同じかと思ったからだ。
「今回の会談、私の件が1番の理由でしょう? 私に対する謝罪をしっかりしてくれたので、及第点としておきましょう。もし、何もしなかったら塵も残さず消すつもりでしたから。あの方のようにね」
次回、リースの過去が明らかになります。