第8話 キレるグレゴール、ブレディエフ大佐を再起不能にす。
「酷い事をするなあ、スタンコ軍曹。こりゃあ、膝を完璧に破壊しているぞ。ブレディエフ大佐は、二度と歩けんな」
「ああしないとブレディエフ大佐は、レーム少将閣下に殴り殺されてましたから。やむを得ずの対応です。命があるだけ儲け者と思って頂きたいですね」
アレクサンドルの頭を冷やすべく、デミトリを撃ったと説明するエルザ。その答えに少将は頭をかいた。彼女の指摘が間違っていないからだ。
戦鬼と呼ばれる男は、ボルフ以上の豪腕である。その鍛え抜かれた鋼の肉体で、リブニク基地の将校20名を半死半生の目に合わせている。スキンヘッドの筋肉老人が無双する様を見たリブニク基地の兵士達。その光景は彼らの戦意を喪失させるものであった。
「仕方あるまい。この馬鹿が物資を横流ししたせいで、罪の無い兵士が大勢死んでいるのだからな。半殺しにしなければ気がすまんわ!!」
「か、閣下! 膝を、膝を踏みつけないで下さいい!! 傷が痛みまするうう!」
「少将閣下、私も殴りたいです。ですが、私は非力。鼻の穴に、唐辛子の粉末をぶちこむ位しか出来ません。殺っちゃって良いですよね?」
「ひ、ひいい。なんの恨みがあって私にそんな‥‥。ああ! あの時の堅物監察官!! 貴様は記録室送りにしたはずだぞ」
グレゴールの事を思い出したデミトリは、足を引きずりながらも彼から離れようとする。だが、アレクサンドルによって、地面に押さえ付けられて動けなくなった。
「覚えてくれていたとは重畳の至り。ですが、私の復讐はこれからですよ」
アレクサンドルとグレゴールの怒りに震えるデミトリ。そんな二人をボルフは止めに入る。憎い相手だが、まだ生きてもらわないと困るからだ。
「まあまあ。お2人とも、その辺で。しかし、レーム少将閣下。まだ前線勤務なんですな。60も近いんですし、前線から外れてはどうですか?」
ロマルク帝国軍では、55歳近くになると前線任務から外される傾向がある。体力面の考慮もあるが、戦闘経験を後進に生かすべく教官への転任や軍務省内の役職への栄転等が主な理由だ。しかし、アレクサンドルはそれらを断り、前線に居座り続けている。
「ふん。こんな奴らが軍でのさばっておるのに、後ろへ下がれるか。早く出来る若手が出てきて欲しいものよ。フォンターナ特務大尉、貴様には期待しておるからな。かなり生意気な若造と噂になっておるが、わしも似たような事をしてきた。ただ、勇気と蛮勇は似ているようで違う。使い所を誤るでないぞ」
「はっ、全力を尽くします! レーム少将閣下、私もまだまだ未熟者ですが、誠心誠意任務に邁進したいと思います。現在、前線の兵士達に食料や医療品の配布を検討しておりまして。ついては少将閣下の兵をお借りしたいのですが?」
アレクサンドルが率いて来た兵数は1万。昨日までドラーム帝国軍と戦っていた精鋭である。かつては3万近くいた兵士達も、戦死や餓死、病死等でここまで減ってしまった。満足な補給を得られぬまま、戦い続けた彼らに報いたいとレオナルドは心から思う。
「頼む。ようやく、まともな飯にありつけるわい。フォンターナ特務大尉、基地内の備蓄分も出して構わんぞ。兵士達にたらふく食わせてやって欲しい」
「了解です。スタンコ軍曹、エシェンコ大尉に伝令を。レーム少将指揮下の兵と協力しつつ、物資の配布を命じる。それと飢餓状態の兵士には、ゆっくり食事するよう伝えるんだ。一気に食べると死ぬ危険性があるからな」
「了解、すぐに伝えます」
敬礼したエルザは、アーンナを探しにすぐさま走り出した。その様子を見ていたデミトリが青ざめる。自分の命に関わる事態が発生したからだ。
「ま、待ってくれ。備蓄分は既に売却先が決まっている。勝手に手を出すな。兵なぞいくらでも補充出みぎゃあああ!!」
キレたグレゴールが、デミトリを黙らせる。鼻に唐辛子の塊を指で押し込んだのだ。大佐は地面を転がりながら、鼻から必死にそれを取りだすべく手でかき出そうとする。
「基地の物資は貴方の所有物じゃないんですよ。これはロマルク帝国の資産なんですがねえ。何を勝手に売り出してるんです? まだ寝言を言うようなら膝の傷にも塗りますよ」
「ま、まずいんだよおお。売却先には裏社会の者もいるんだ! 取引が出来ないと私の命が危なあああ!!」
唐辛子の粉末を膝の傷に大量投下し、そこへ水をぶっかけるグレゴール。デミトリはあまりの激痛にとうとう気絶。無様に失禁までしてしまった。
「知ったことじゃありませんね。と言うか、ブレディエフ大佐。貴方は国家反逆罪で銃殺確定なんですけど。命の心配はもう必要ないんですよ」
怒りのあまり無表情になったグレゴールは、物言わぬ大佐に止めの言葉を放つ。一部始終を見ていた3人は、悲惨な状態の大佐を見てドン引きしつつ思う。
(((普段、大人しい奴ほどキレると怖いな)))
さすがに、このままではデミトリが死んでしまう。3人はグレゴールを止め、大佐の治療を衛生兵に頼んだ。こうして、デミトリの悪事は完膚なきまでに叩き潰されたのであった。
グレゴールは過去にブレディエフ大佐の不正を暴きましたが、握り潰されてしまっています。しかも、記録室送りにした張本人なので、復讐の機会をうかがってました。