第78話 王位継承権を持つ娘
「知っての通り、アレサ様とヴィクトル王はバロル大公と先代王妃との間に生まれた不義の子です。バロル大公にも継承権はありますが、第6番目。その子供であるお2人は、更に血が薄い。つまり、正統なる後継者ではないのです」
オットーの言葉にどよめく会場内。慌ててリノアが止めに入る。
「び、ビルメイス閣下! それだと、ヴィクトル王を擁立する我々の立場が否定されます。彼もまた不義の子ですから」
「さよう、リノア嬢の言う通りだ。では、どうすれば良いか? 継承権を持つ人物に、王位を授ければ良いのです。ローザ様、お入り下さい。ヴィルヘルム、ドアを開けて差し上げろ」
「分かっとるわい。しかし、お主もとんでもない逆転劇を演じさせるな」
ヴィルヘルムが立ち上がり、ドアを開けた。現れたのは赤く長い髪が印象的な少女であった。多くの人々に注目されている為か、かなり緊張しているのが分かった。それでも、彼女は話を始める。
「え、えーーと、ローザ=シュレンと申します。こ、今年で16歳になります。母はノルディン王宮でメイドをしていました。よ、よろしくお願いします」
ローザを見て、アレサは驚いて立ち上がってしまう。その反応を見たオットーは、満足げに頷くや説明を続けた。
「彼女の母は、先代ノルディン国王専属のメイドでした。1年間程休職しており、その後は先代国王が亡くなるまで務めあげております。アレサ様、ローザ様とお会いになってますね?」
「‥‥お父様、そういう事なのね。ビルメイス閣下、彼女は私の侍女です。ローザのお母様とは、年の離れた姉と慕う程に仲が良かったんですよ。お父様から『母子共に仲良くするように』と言われていたので、何かあるとは思ってましたが」
アレサが話を終えると、オットーが部下から聞いた話を説明し始める。王妃の不倫を知った国王は、その当て付けからかローザの母レーアと関係を持つようになった。結果、ローザが生まれたがレーアとシュレン伯爵家は王妃の報復を恐れ、実家にて養育。兄であるシュレン伯爵の娘として育て、実家で穏やかに暮らしていた。
ところが、15歳になった時に事態は急変する。突然国王に呼び出され、アレサの侍女として仕える事になったのだ。ちょうどその頃、王妃が病死している。これ、幸いと伯爵家の人々が宮中に戻そうと考えたらしい。国王は喜び、ローザをアレサの側に置くよう指示した。いずれ時が来たら、アレサとローザに2人が姉妹だと告げる予定だったようだ。たが、それは果たされず、国王は亡くなってしまう。
「彼女は庶子ではありますが、先代国王陛下の娘。継承権は充分に備わっております。他の方々は性格に問題があったり、病弱だったりと難がありましてな。白羽の矢を立てたのが、ローザ様なのです」
「話は分かった。だが、ビルメイスよ。見るからに帝王学を学んでいない少女に、国を任せるのは酷ではないか?」
ミハイルや他の者から見ても、侍女に過ぎないローザに国を任せるのは重荷だろうと思う。オットーの狙いが分からない中で、当の本人が答える。
「ミハイル陛下のおっしゃられる通りです。そこで、アレサ様。貴女がローザ様の教師になって頂きたい。ノルディン元女王の貴女なら適任でしょうからな」
「ビルメイス閣下、何が狙いです?」
「ローザ様には、ノルディン西側の女王になってもらいましょう。幸いにも、母親の実家は親ロマルク派です。ロマルク帝国。そして、アレサ様にとっても益のある話ではありませんか? レオナルド殿と結婚する貴女にとって、ノルディン王家の肩書きは重荷でしょうから」
オットーの説明に、ロマルク側の人々が考え始める。話を聞くだけだと、ロマルク側に得が多い話だ。ヴィクトルは病弱かつ凡庸で、ロマルク王家の血が薄い上に不義の子である。国民はともかく貴族が付いてくるか、甚だ疑問であった。その点、ローザは庶子ではあるが国王の実子だ。ノルディンの安定の為には役に立つ。皆がそう考える中で、オットーの企みに気付く者がいた。
「ビルメイス閣下。貴方は、やはり喰えないお方だ。ローザ嬢の実家、シュレン家は確かに親ロマルク派ではある。しかし、貴方の姪がローザ嬢の母親なのです。偶然にしては出来すぎですな」
ウラディミルの指摘に、会場内の視線はオットーに注がれる。彼もそれには気付くも、まるで意にも介さない振りを見せた。
「さすが、魔王と呼ばれるだけはあるな。確かに、彼女の母親は私の姪だ。とはいえ、よく調べた物だ。儂の弟が妾に生ませたのたが、正妻が怖すぎたらしい。そこで、母子共々儂の別荘に隠していたのだ」
「それを閣下が利用した。遠縁に当たるシュレン家に養女として送り込んだ。しかも、レーア嬢を諜報員に仕立てあげましたね。それは見事に的中し、ローザ嬢が生まれた。貴方はいずれ、ノルディン王家を乗っ取るつもりだったのでは?」
レーアは10歳の時にドラーム軍情報部に所属し、それから3年間念入りに訓練を受けている。諜報員としての訓練を終えた彼女をシュレン伯爵家に養女として送り込む。3年後、王宮に仕えたレーアは国王の側近くに配属。たちまち彼の信用を得ると男女の仲になる。以後は国王の寵愛を一身に受け、ローザを授かった訳だ。その辺の動きはウラディミルも知っていたが、彼女がオットーの親戚と分かった時は驚いたものだ。
「はっはっは、面白い事を言われる。残念ながら、ローザはそこらにいる小娘に過ぎませんよ。母親に似れば良かったのですが、ノルディン元国王に似たようでしてな。気弱な性格過ぎて為政者としては務まりません。ただ、飾りとしてならその力を発揮出来ましょう」
「飾り? オットー。お主、何を考えておる?」
ヴィルヘルムの問いは、会場内全て人々の総意に近い。オットーは、ローザを見つめた後で皆に語りだす。
「簡単の事ではないが、立憲君主制を導入させたいのです。ヴィクトル王では正直、制御が効かぬのでね。あくまで、暫定の王に過ぎません。これ以上、ノルディンの騒乱にドラーム帝国も力を割かれる訳にもいかないのですよ」




