第73話 全てを失う者
「間違いなく、シュナイダー博士はこの辺にいるはずです。しかし、アレサ様御自身が出なくても良かったのでは? 今からでも遅くはありません。基地にお戻り‥‥」
アレサの身に危険が迫るのを怖れるマルク。だが、アレサは笑いながらも断固とした面持ちで首を横に振る。
「ありがとう、マルク。でも、祖国を踏みにじった敵を私は許せない。アドルフが取り逃がしたのは残念ですけれどね」
アレサはリースと共に兵士を引き連れ、魔法で焼け落ちた森の中を進んでいた。彼女達が率いる兵士達は、ウラディミルが率いる影の騎士に所属しており、その中でも最精鋭の部隊である。辺りには森の木々や人が燃える臭いが漂い、火は未だに燃え盛っている。彼女はイザベッラの最期を見届けた後、すぐに本営から出撃。リースと合流し、ある人物の捜索にあたっていた。
「レオ君はイザベッラ姫の始末をつけた。となれば、もう1人の首謀者もこれを機会に仕留めたいわ。全ての元凶、メル=シュナイダー博士をね」
「そうね。私にとっても倒したい人物の1人よ。アドルフを仕留めたかったけれど、シュフェルニー大尉の親衛隊が護衛してたから出来なかった。広範囲の攻撃魔法を使ったせいで、彼らと戦う余力は無かったし。となれば、今も動きが止まっている博士を始末する。彼女は、ここから西側に100メリル先にいるからね」
リースの指示に従い、5名の兵士が前を歩いて先導。その後をアレサが付いていき、後方をマルク達ノルディン王国近衛隊が警戒する布陣である。しばらく行くと先導した兵士の1人が戻ってきた。アレサとリースに近付くと小声で報告する。
「博士を発見しました。洞窟の中に身を寄せている模様。リース様の魔法に巻き込まれ、かなりの火傷を負ったようですね。それと子供の泣き声が聞こえましたが‥‥」
「シュナイダー中尉の話では、博士は身重の身を押してノルディンに来たそうです。出産したのかも知れないわ。身の危険も顧みず行動したのは、失態続きで立場が危なかったのでしょう。すぐに向かいます。ただし、警戒は厳にして下さい。母親となった女性は子供のためなら、どんな事でもします。手負いだからと侮らないように」
アレサの指示に従い、慎重に洞窟へと近付く兵士達。洞窟まで後少しというところで、彼ら目掛けて銃弾が放たれた。しかし、見当違いの所に弾着し、兵士には当たらない。よく見れば、倒れ込んだシュナイダー博士が拳銃を握り締めていた。
「く、来るな。お前達には渡さんぞ、私の最高傑作を。アドルフ、もう少し使えると思ったが‥‥」
全身が炎に焼かれ、特に左半身は酷く、服は焼けて肉が焦げている。損傷の少ない右腕で拳銃を握り、弾が切れていても引き金を引き続けていた。
「お久しぶりですね、博士。私を覚えていますか? 私の魔法で、随分と酷い目にあったようですね」
「‥‥り、リース? お前が魔法使いだと! あ、あり得ん、非科学的だ!! 魔法使いなど古代の遺物に過ぎない。ローゼンハイムの狂った夢が実現したというのか」
メルは信じられない表情を浮かべ、リースを見つめる。かつて、彼女が馬鹿にした者が2人いた。神兵計画の推進者たるローゼンハイム侯爵とリースだ。魔法使いの復活に命を賭けた老人と彼に見出だされた無能と呼ばれた少女。しかし、今彼女の命を脅かしているのが、そのリースという皮肉に怯えの色を隠せない。
「貴女には、散々無能と蔑まれましたね。ですが、不思議なもの。今の貴女こそが、無能と呼ぶに相応しい存在です。計画は破綻し、脱走した神兵は敵国で活躍する者が多い。第2次神兵計画は、今回の戦いで8割近くの人的損害を出した。ドラーム帝国に戻れば、間違い無く極刑の沙汰が下るでしょうね」
「ま、まだだ。ナーシャの部隊が、フォンターナ中佐の拉致に向かった。中佐の子を神兵として育て、イダルデ王国の後継者とする。そうすれば‥‥。アレサ=デュレール、何がおかしい!?」
諦めの悪いメルに対し、アレサは冷笑を向ける。彼女がこの場に出向いた真の理由、レオナルドの子を強引に作らせる計画を立てた博士を自ら処断する為だった。
「残念ね。イザベッラ姫の暴走で失敗したわ。ナーシャ=シュナイダー中尉以下100名は降伏。イザベッラ姫はフォンターナ中佐の手で射殺された。彼女を作戦に組み込んだのは大失策ね」
「ぐっ、あの女は! 最後の最後まで祟ってくれる。ナーシャめ、せめて重要人物を何人か殺してくれれば良いものを」
「最後まで人のせいにする。これが天才科学者の末路とは哀れ。シュナイダー博士、貴女の全てを奪わせてもらうわ」
「全てだと? ま、待て! 何をする、止めろ!」
リースはそう言って、メルの側で眠っている赤ん坊を抱き上げる。作戦が始まってすぐに産気付き、メルは女の子を出産していた。共にいた神兵達はリースの魔法によって消し炭と化している。阻止する術は無い。メルは、泣き喚きながらリースにすがる。
「返せ、返してくれ! それは私の物だ。私の作った最高傑作何だよ。最強の神兵となる存在、お前達に渡せ‥‥」
1発の銃声が森に響く。眉間を撃ち抜かれたメルは、そのまま地面に倒れ込んだ。銃声に驚いた赤ん坊が泣き始める。それをあやすリースを見ながら、撃った当人であるアレサは倒れたメルの遺体を確認していた。
「確実に死んだわね。神兵計画の第一人者が失われたなら、計画の継続は不可能でしょう。2度と不幸な子供達が現れないように、ここで決着を着けたかったの。皆様ご苦労様でした。撤退しましょう」
「‥‥とりあえず1人目か。それにしても、博士がここまで取り乱すなんて。この子はいったい?」
メル=シュナイダー博士は30年の生涯を閉じた。彼女の死により、神兵計画は完全に消滅。後にアドルフ達が計画を再開しようとするも、理論や技術面で分からない点が多く失敗に終わっている。こうしてドラーム帝国は、また1人優秀な人材を失った。
メルが亡くなって
エルザ「最悪の女だった。正直、人間としては失格ね。ただ、彼女の作った訓練、教育プログラムには見るべき所があった。良い所は取り入れるわ」
ガスパー「うん、酷い女だよ。情報収集しか出来ない俺はリースと同じ扱い受けてたからな。嫌な思い出しかない」
ユリア「うーーん、判断に悩むわね。私の性癖を目覚めさせたの博士だし。生きる術を教えてくれたのは感謝してるわ。でも、人して見習える所が何も無かったわね」
アドルフ「‥‥‥‥何も言えん」
リース「ようやく殺れた。ああ、清々したわ。それ以外に、言うべき事は無いわね」
リノア「殺しても死ななそうな博士が、こうも簡単に死ぬとはね。利用価値が無くなった私の一族も粛清対象になりかねない。亡命の準備をしとこうかしら?」




