第70話 壮烈なる返り討ち
アドルフが神兵を過大評価し、敵を侮り過ぎた結末がこれです。
「しかし、どう言う訳だ? 敵の陣形がまるで崩れん! 貴様らは、それでも栄えある神兵なのか!」
「敵の銃撃が激しく、これ以上は進めません。戦車による砲撃も脅威です。ここも‥‥、ぐっ」
夜の闇に包まれた森の木々に隠れ、戦況報告をしていた神兵からの通信が途絶える。敵の攻勢が激しく、連絡がつかない部隊が増えつつあった。
「おい! くそっ、やられたか。しかし、ここまで固いとはな。さすが、魔王と死神。防備の壁は厚いか」
アドルフ達が突撃して、30分近くの時が流れている。最初の攻撃で、敵の前衛を破ったまでは良かった。だが、その後がいけない。重機関銃と突撃銃による間断の無い弾幕で進撃が止まっていまう。そこをライフルの狙撃で、止まった神兵の頭を次々と撃ち抜かれている。正確無比に将兵を射抜いているのは、間違い無くエルザの仕事だ。更には敵の戦車による砲撃も加わり、戦況は停滞。むしろ、悪化の一途をたどる中で、アドルフは戦場に姿を見せない副官の所在を部下に問い質す。
「おい、シュナイダー中尉はどうした? 中尉率いる分隊も見当たらんが」
「は、はい。それがシュナイダー博士共々、姿を眩ましました。戦死者を除けば、今残っている200名程で全員であります!」
部下からの報告を聞き、歯噛みするアドルフ。裏切る事は想定内だったが、戦いの最中に仕掛けてくるとは思っても見なかった。抜けた戦力を除外し、戦術を組み直さねばならない。そんな時に、1人の男がアドルフの隣の茂みに滑り込んでくる。
「お困りのようだな、アドルフ。だから、あの女は止めとけって言ったんだ。所詮、自分の事しか考えない。昔からそうだったろう?」
「ああ、そうだな。で? どうして、こんな所にいるシュフェルニー大尉。ドラーム帝国で、俺の親衛隊を作っていたのではなかったか?」
ハインツ=シュフェルニー大尉。神兵計画に参加していた軍人であり、かつては第1世代の神兵達の教官でもあった。あのエルザと互角に戦える程の実力を持つ、この男。神兵計画中止により、粛清の対象となり、処刑される寸前であった。そこをアドルフが助け、精鋭の神兵を集めて作った親衛隊の隊長に抜擢した経緯がある。
32歳独身だが、金髪赤眼に均整のとれた容姿と洗練された仕草から、女性との浮き名を数多く流す男としても有名だ。
「親衛隊のボスに死なれたら困るからな。アドルフ、とっとと逃げるぞ。魔王が舞台を整え、死神が踊る。加えて、天才と魔法使いまで出てきた。この戦場は、完全に詰みだ。色々と画策した博士も死ぬだろうが、諦めろ」
「ハインツ。魔王と死神は分かるが、天才と魔法使いとは何者だ?」
アドルフの疑問に、ハインツは呆れる。知るべき事を知らない事にだ。最も情報封鎖していたウラディミルとユリア達の手腕をこそ、誉めるべきだろう。
「天才はサーラ=ルイシコフ技術中尉だ。いつの間にか、イェーガー大佐の重戦車を調べあげて、新型戦車の開発に成功したらしい。名称はMR8、ミハイル8世の名前から取っている。まず、砲の威力が洒落にならん。こっちの戦車の装甲が軽く撃ち抜かれてるし、歩兵も抵抗出来ぬままに倒されている。防御、速度、機動もドラーム帝国が運用している戦車は敵いそうにない。それだけを見ても、アレサ元女王やエルザと同じ位の化け物だな」
知らなかった情報に絶句するアドルフ。サーラの身辺にも何人か諜報員を出していたが、戦車の件は聞いていなかった。既に諜報員達は消され、ユリア達が代わりに偽情報をドラーム帝国に流していた事をハインツは説明をする。騙されたと知り、憤るアドルフ。しかし、これはほんの序ノ口。次の人物の方が大問題だからだ。
「魔法使いは聞いて驚くな、あのリース=エルメインだよ。エルザ以外は落ちこぼれと馬鹿にしていた。彼女は、間違い無く本物の魔法使いだ。もし攻撃魔法が使えるなら、アドルフ。お前の敗北は確定する。さっさとずらかるぞ」
「馬鹿な、あの無能リースがか。とても信じられん。だが、まだ負けた訳ではない! まだ‥‥」
最後まで言わせず、ハインツはクロロホルムを染み込ませたハンカチを鼻と口にあてる。たちまちアドルフは深い眠りについた。
「アドルフ、悪く思うなよ。まだ死んでもらっては困るんでね。神兵達には悪いが、盾になってもらう。‥‥ちっ、やっぱり撃ってきやがった!」
闇夜に突然、光が輝く。見れば数え切れない程の炎の剣が、戦場である森の上空に浮かんでいた。しばらくして、森の中へと剣が降り注いでいく。爆発とそれで生じた熱風が森を焼き尽くした。神兵達がなす術もなく焼かれていく中で、アドルフを抱えたハインツは森の中に作っていた塹壕に飛び込む。
「ぎゃああ、助けてくれええ!」
「死にたくない、死にたくないよおお」
「隊長、どうかお戻り下さい。このままでは‥‥」
逃げ場もなく、炎に焼かれた神兵達。その断末魔の叫びが通信機から流れてくる。それを聞きながら、死にゆく神兵達を思ってハインツは瞑目した。
「今回の件はアドルフとシュナイダー博士の大失態だ。神兵の投入が、あまりにも早すぎた。まだまだ未熟な少年兵を、あたら殺してしまっただけに終わったからな。情報収集を失敗した俺にも責任の一端はある」
ドラーム帝国に帰還しても、待っているのは軍法会議。事の重大性からして、銃殺刑なのは間違いない。アドルフやメル、ハインツとナーシャ等は、真っ先に血祭りにされるだろう。
「長生きはしたいし、銃殺はごめんこうむる。親衛隊と共に地下に潜るしかないか。しかし、いずれ表舞台に帰って来るぞ。エルザ、リース。その時は、必ず勝つからな!」
塹壕から出るとアドルフを背負って、ひたすら走るハインツ。こうして、ロマルク皇帝暗殺は失敗に終わった。ドラーム帝国は、取り返しのつかない失態を諸国にさらす事になる。だが、この戦いにはまだ続きがあった。メル達とレオナルド達との戦いが。
ハインツ=シュフェルニー大尉のモデルは隣国の指導者救出や拉致。暗殺計画阻止。噂だけで敵司令官を何週間も司令部に釘付けにした等の功績を持つ男です。
ハインツもエルザやウラディミルの防諜線を突破し、リースと新型戦車の情報を持ち帰って来た強者なので、彼に負けない実力の持ち主。




