第66話 本来の仕事
ようやく部隊の形が整いつつあります。
軍港ベルンに本営を置いたミハイルは、ノルディン制圧に向けて軍を動かす。ます王都を制圧すべく、アレクサンドル=レーム少将率いる2万の軍勢を進発させる。
続いてアレサに依頼し、ノルディン連合王国海軍を動かした。トーレ=ノルドフェルト海軍元帥率いる艦隊が、ロマルク海軍と共にバレット海沿岸部の都市を説得ないし制圧に向かう。今年で50歳になるトーレだったが、若き女王たるアレサに心酔していた。必死になって国を守り、優れた為政者たらんとする姿勢に感動したからだ。今回、ロマルク海軍へ編入される事に反発する将官達を殴り飛ばして、こう言い放つ。
「今、最も悔しいのはアレサ女王陛下である。馬鹿王子、保身宰相、寝盗り大公のせいで国を失ったのだからな。ならば、我らがするべき事はロマルク帝国に協力し、アレサ様の立場を強化する。それに尽きるだろう。幸いにも伴侶となるレオナルド=フォンターナ中佐の奥方達は凶悪だからな。ロマルク帝国皇帝といえど、無法な処断は出来まい。分かったら、さっさと働かんか!」
トーレの檄に海軍全体が震撼し、ロマルク帝国へすぐに協力を開始した。おかげで、バレット海沿岸部の都市の9割は説得に成功
。残りの1割も制圧戦になったものの、短時間で決着がついた。トーレの威名はノルディンに轟いており、彼が従うならとロマルクに降伏する国民が多かったからだ。
「ノルドフェルト海軍元帥は、そのままの地位を認めよう。ノルディン方面軍司令官を兼職させてな。アレサは帝国の手中にある。愚直かつ忠臣たる彼が裏切る事はあるまい」
この活躍を見たミハイルはトーレを得た事を大いに喜んだ。後になって、この処遇を恨み嘆く者達が続出するのだが、まだ先の話である。ロマルク軍が慌ただしく動く中で、レオナルド達は本来の仕事をすべく、邁進中であった。
「ゼリシュ中尉。レーム少将閣下より、弾薬の補充を多めにとの要請が来ている。在庫は大丈夫か?」
「‥‥レーム少将閣下は弾薬を使いすぎますからな。攻撃一辺倒なのも考えもの、もう少し節約して欲しいものです。弾薬が無くなって進軍が出来ないと言われたら困りますし、要請通り送りますけどね」
グレゴールは愚痴を言いながらも、書類に物資の数量や品目等を書き込んでいく。部隊の増員と訓練を終えたレオナルドは、ノルディン遠征前に部隊を再編成していた。グレゴール率いる兵站部隊、ボルフの護衛部隊、サーラの工兵部隊の3部隊である。兵站部隊は、部隊への補給に必要な書類の審査、認可等を行う。書類仕事が主な任務で、兵士の中で学業の出来る者らを中心に配属させた。
ボルフの護衛部隊は補給物資を護衛し、前線部隊に送るのが任務だ。当然、腕の立つ連中が集められ、ボルフら古参兵が鍛えている。報告では死神の鷹や影の騎士、神兵以外なら勝てる位になったとの事だった。
サーラの工兵部隊は輸送車両や戦闘車両、武器等の整備や管理を行っている。最近サーラの開発した車両が次々と配備され、他部隊の羨望と嫉妬を受けている。原因は、レオナルドとサーラの恋仲である事は言うまでもない。サーラは新型車両について兵士達に教え、運転技術の向上と実戦での扱いを学ばせていた。
最後がそれらを統括する司令部。当初、士官はレオナルド、レナニートとエルザの3人だけだったが、これにアレサが加わった。彼女が、ロマルク帝国士官学校を卒業している事を考慮したミハイル。何と戦時特例で少佐の地位を与え、レオナルドの副官に任命してしまう。
『女王を難なくこなすのだ。少佐程度軽くこなせよう。いずれは将官の地位を与えようかな?』
『ミハイル陛下、戯れをおっしゃらないで下さい。ロマルク史上初の女性佐官を作ったかと思えば、今度は将官ですか? まずは実績を上げますので、ひいきの引き倒しはお止め下さい。実力で手にいれますから』
こうしてアレサ=デュレール改め、アレサ=リーンハルト少佐はレオナルドの副官として働き始めた。その仕事振りは優秀で、先輩副官レナニートを大いに焦らせる事になる。そんな彼女が、兵站部のある野営テントに入って来た。
「フォンターナ中佐、ノルドフェルト海軍元帥より食糧支援の要請があります。どうなさいますか?」
「元帥閣下の事だから、国民に配給するつもりだろうな。我々に対する国民の支持を取りつける、という点では有効な手段だ。しかし、こちらとしても余剰物資は少ない。リーンハルト少佐、ノルディン国内の物資集積所からも出せないか?」
万単位の軍が動いているのだ。物資は消費され、その都度本国から輸送するのは負担が大きい。新たな領土となるノルディンでの略奪は論外。となれば、ノルディン軍が貯蓄している物資を徴収するしかなかった。
「出せなくはないけど、国内の治安は悪化の一途をたどってるわ。集積所周辺に盗賊紛いの集団が多いのよね。ヤルステイン大尉の部隊を護衛にして陸路を進むのが得策かしら」
「分かった。今からヤルステイン大尉に命令書を書く。後で持って行ってくれ。兵員は500程、戦車も出そう。ルイシコフ技術中尉に許可を貰わないとな」
すぐに命令書を書き始めるレオナルド。アレサがテント内を見渡せば、軍人達がひたすら書類と格闘している。それを見ているとかつての自分を見ているようで、彼女は深々とため息をつく。
「書類の山との戦いは、精神的に参るからなあ。私も何度逃げ出そうと思ったか。‥‥あら、リースさん。どうかされました?」
リースが来たと聞いて、レオナルド達も顔を上げる。彼女は今、皇帝直属の近衛として仕えていた。いきなりの登用に反対も多かったが、ミハイルとウラディミルは押し切った。リースの力は自分達の命を担保にする程の価値があると2人は考えたからだ。
「フォンターナ中佐、皇帝陛下が緊急会議を召集します。リーンハルト少佐と共に同行して下さい。仕事や命令書はオーブルチェフ少佐に任せて良いと思いますよ」
「勝手に仕事を押し付けないで下さい。リース殿、何があったんです?」
レナニートの問いかけに、リースは嫌そうな表情を浮かべた。会議の原因が、積極的に語りたくない出来事だったからだ。しかし、これも仕事である。テントにいる全員に向けて語り始めた。
「バロル大公が倒されたわ。アドルフの率いる神兵部隊によってね。彼に従っていた貴族や軍人達もことごとく殺されてる。戦いとは言えず、一方的な虐殺に近い。正直見ていて吐き気がしたわ。恐らく自分達の実力を見せつけたいのでしょうけど、幼稚に過ぎる。フォンターナ中佐。彼らは間違い無く、次は陛下を狙ってくる」
レオナルドが任されているのは、レーム少将とノルドフェルト海軍元帥の兵站です。ミハイルの命令により、いくつかの部隊が彼の指揮下に入っています。




