第6話 主犯は巨漢
帝国歴1856年4月12日早朝。レオナルド達は敵を振り切り、リブニク前線基地へと入る。本来であれば敵地の中で唯一の安息の地であるべき、この場所。しかし、今の彼らにとっては違う。物資集積所の前で、横流しの主犯たる基地指令と彼らは会っていたからだ。
「レオナルド=フォンターナ特務大尉であります。物資を帝都より運んで参りました」
「フォンターナ特務大尉だったか。ふむ、任務ご苦労であった。物資は基地に預け、帝都へ戻るが良い。ここから先は我らが受け持つ。前線は過酷だ。出来て3日しか経ってない新造部隊が、生き残れる場所では無いからなあ」
薄暗く朝霧立ち込める中で、見事に肥えた軍服の豚男がレオナルドにそう言い放った。彼こそがデミトリ=ブレディエフ大佐である。前線の物資を横流しする親玉にして、元凶。しかし、今にも軍服がはちきれそうなデミトリの体つきを見て、部隊の皆も呆れてしまう。
「おい、どんだけ食べたらあんなになるんだよ。体重は軽く3桁は越えてるぜ。軍人失格だな」
「たくさん食べて運動しないと太るのは当たり前。もう、運動出来そうにない体だけど。手遅れ?」
「そうか。貴重な物資が奴のぜい肉になり果てたのか。ふふふっ、そんな奴は消毒しないとな。おい、火炎放射器を持ってこい!」
「ちょっと、何? あれが主犯なの? 金持ちなイケメンを期待して損したわ」
上官に対する配慮が無さすぎる部下達の言動に、頭を抱えるレオナルド。当然、そんな言葉をぶつけられたデミトリは激怒する。見れば、大佐の部下達の多くが笑いを堪えている。
どうやらあまり人望は無いらしい。ただ金と欲だけで繋がっている関係だと、レオナルドは改めて認識した。
「フォンターナ特務大尉! 君の部下は教育がなっていないんじゃないか。さっきから聞いていたが、私に対して随分無礼な口の聞き方だ。しかも、主犯と言うのは何の話だね?」
「申し訳ありません。部下の無礼は謝りましょう。しかし、ブレディエフ大佐。あなたが物資横流しの主犯格なのは、最早言い逃れは出来ません。前線にあるべき物資が、この基地で5割程消えているのですから」
レオナルドの糾弾を受けても、デミトリは意にも介さない。むしろ余裕があった。何故なら基地の軍人達は買収しており、書類は数字等を改ざんしてある。そして、抵抗する者は密かに戦死として処分していたからだ。
「ほう、では証拠を出してもらおうか? 最もそんな物は存在しないがね。突然何を言い出すかと思えば、とんだ濡れ衣だ。この事は父上にも伝え、貴様を最前線送りにしてやるぞ!」
「書類は改ざんし、軍人達には口止めの為に金を支払っている。だから、ばれないとお思いで? 甘いですな、ブレディエフ大佐」
そう言って、レオナルドはデミトリに証拠を突き付ける。過去全てのリブニク基地への物資搬入証明書と前線への物資供給証明書。そして、デミトリが物資を取引した商会への売買契約書である。
それを見たデミトリは激しく動揺する。改ざんされる前の書類と商会との契約書がレオナルドの手にあるからだ。全て焼却処分したはずで、部下からも報告を受けていた。
「ば、馬鹿な。どうして、それを貴様が持っている!」
「ブレディエフ大佐。ウラディミル=レノスキー少将閣下をご存知でしょう。少将閣下は、あなた方の悪行を内偵していました。皇帝陛下直々の勅命でね」
デミトリは青ざめ、巨体を震わす。レノスキー少将は皇帝の懐刀として、広く知られる傑物。そして、皇帝直属の組織たる影の騎士の長でもある。諜報や暗殺等を受け持ち、帝国の影と呼ばれる彼ら。狙われたら確実に命は無いと言われ、敵味方共に恐れられている。
「れ、レノスキー少将閣下だとおお! たかが、横領に魔王が動いたと言うのか!?」
デミトリの言葉に彼の部下達にも動揺が広がる。自分達も処分されかねないと、今さらながらに気がついたようだった。それを見たレオナルドは、更にデミトリを追い詰める。
「既に大佐の父上であるブレディエフ侯爵は爵位と軍務大臣職を剥奪され、処刑されました。侯爵家は断絶となり、親族も沙汰を待っている状況です。さて、大佐。どうなさいますか?」
自分の父親が死んで家族も捕まった。そう聞いたブレディエフ大佐の顔は土気色に染まる。捕まれば、早晩自分も処刑されてしまうだろう。このままでは、スダール少将の二の舞だと考えた彼は部下に命じる。
「こ、こうなっては仕方あるまい。お前達、こいつらを殺せ。さもないとお前達の家族ごと粛清されるぞ。私と同じく罪人なのだからな。ドラーム帝国に亡命するしか生きる道は無いと思え!」
上官たる大佐の命令に、将兵もレオナルド達に銃を向ける。彼らも横流しの共犯であり、その恩恵に預かっていたからだ。数は200名程ではある。しかし、この状況でもレオナルド達は冷静であった。
「‥‥仕方ないか。大佐、後悔しないで下さいよ」
「なんだ、今さら命ごいをしても‥‥はっ?」
レオナルドは腰のホルスターから照明弾を取り出すと、空に向かって撃つ。これは大佐達が抵抗した時の合図である。この時、大佐の運命は決した。悪い意味で。