第56話 アレサの覚悟
「イェーガー大佐。私の出生の秘密も知ってますね? いずれ、白日にさらされると覚悟はしてました。ですが、このような形になるとは思いませんでしたわ」
アレサの言葉を聞き、オイゲンはうなずく。ここまで隠し続けた彼女に感銘を受けながら。
「ええ、もちろん。しかし、陛下も大した女傑ですな。海千山千の強者連中に、ああも啖呵を切るんですから。失礼ながら、ヴィクトル王子は器量と気概において、貴女とは雲泥の差がありますね」
「切りたくて、切った訳じゃないわよ。ああでもしないとノルディン連合王国は、大国の争奪戦に巻き込まれていたわ。それを阻止しようと私は考えて行動し続けた。結果は失敗に終わったけれど、今は清々しい気分よ。これで、ようやく重荷から解き放たれたから。ヴィクトル、王位は渡すわ。後は貴方の好きになさいな」
王冠と玉璽をいとも簡単に渡すアレサ。その場にいた全員が、彼女の行動に度肝を抜かれた。突然、渡されたヴィクトルの方が動揺を隠せないでいる。彼は総身汗みずくになりながらも、王位を断る旨を告げた。
「ね、姉様。私は間違っていました。やはり、この国難を乗り越えられるのは姉様しかいません。ですか‥‥ごふっ」
いつの間にか持っていた拳銃の銃底で、アレサは思いきりヴィクトルの顔を殴り付ける。前歯の何本かが折れ、体は雪に叩きつけられた。
「‥‥話にならないわね。国家の重大な局面で、困難に尻込みする人物に王位は務まる訳がない。ヴィクトル、貴方は為政者失格です。臆病者はほっといて、行動するとしますか。王の責務を果たす為にね」
アレサは、すぐ側にいたオイゲンを捕まえると銃口を突きつける。その素早すぎる手際の良さに慌てるドラーム軍人達。
「あーー、アレサ女王陛下。もしかして、私を人質にするつもりで?」
「ええ、そうよ。マルク! 銃を持って、こちらへ来なさい。イェーガー大佐を拘束してから車で逃げるわよ」
命令を受け、マルクはすぐにアレサと入れ替わる。そして、オイゲンを携帯していた手錠で拘束した。その様子を見ていたアドルフは、すぐさま部下に命じ、銃を構えさせる。慌てたのは、ユルゲンとベルントだ。
「おい、ヒューレンフェルト大尉。どういうつもりだ?」
「イェーガー大佐もろともアレサ女王を撃ちます。ここで逃しては将来の禍根になる。ドラーム帝国に仇なす強敵になる事は必定でしょう」
「しかし、アレサ女王陛下を殺せばノルディンの国民を敵に回します。占領統治の観点から見れば、まずいのでは。何より、イェーガー大佐を死なせる訳にはいきません」
ユルゲンとベルントは拳銃をアドルフに向ける。一触即発の状況が続く中で、事態は動いた。いくつかの煙幕弾がドラームの将兵のいる場所に投げ込まれ、辺り一面煙が広がっていく。視界が悪くなり、アレサ達の姿が見えなくなった事にアドルフは焦った。
「ぬう、何者か! ええい、撃て。逃げられる前にアレサ女王を殺すのだ」
「止めんか! 全員動くな。これは少佐である我輩の命令である。従わなければ、軍法会議にかけるぞ!」
「動かないで下さい、大尉。本当に撃ちますよ?」
「大局が見えないのですか、ライペール少佐。ギュンター少尉、銃を下ろせ!」
アドルフの暴走を抑えるユルゲンとベルント。ドラーム帝国軍が動けない間に、アレサの下へとやって来たのは4人の屈強な男達だ。軍服姿の彼らを見て、アレサは分かった。ロマルク帝国の軍人であり、味方であると。
「アレサ女王陛下ですな。俺はロック。ただのしがない親父だ。こっちはローズ、プリムとシェル。エルザ嬢ちゃんの命令だ。貴方を貰い受け、脱出させる。ここから東に3キラル行けば、シャイアと言う女が部隊を展開して待っています。彼女達に保護してもらって下さい」
「‥‥分かったわ。貴方達に身を委ねます。エルザ=スタンコ少尉か。なかなかの強敵そうね。人としても恋敵としても。マルク、行くわよ」
アレサは従う近衛兵らと共に、白いシーツをかぶって脱出を開始する。対して、ロック達はドラーム帝国軍の目の前に4人で立ちはだかる。彼らには勝算があった。エルザに聞いたアドルフの弱点。それをつけば敵を混乱させられると。




