第55話 計算の狂い
オイゲン達の行動が、計画を大いに狂わせます。ヴィクトルの人生すらも。
数多くの銃弾と砲弾が近衛兵に襲いかかり、近衛連隊の8割が失われた。味方であるはずのノルディン軍の戦車と兵士が、突然撃ってきたのだ。対応出来なかったのも無理はなかった。
「アレサ様、ご無事ですか?トラックの影にお隠れを。それと白いシーツを渡しておきます。これで、敵からは雪と見分けがつかないはず‥‥」
「おっと、そこまでだ。近衛隊長殿、なかなかの洞察力と判断力だ。今の銃撃で、君に従った近衛兵以外は、全員あの世行きになったよ。アレサ女王陛下、初めまして。私はドラーム帝国軍所属、アドルフ=ヒューレンフェルト大尉です。貴女の身柄を拘束致します」
「き、貴様。姉様に近づくな!ドラームの軍人が何のようだ。だいたい、僕以外の男が姉様に近づくのは‥‥ひいいいっ」
ヴィクトルの怒声をアドルフは拳銃を撃つ事で黙らせる。体ぎりぎりに、何発も銃弾を撃ち込まれたヴィクトルは無様に失禁した。
「‥‥この道化が!自分の生まれも知らず、王子を名乗るとは片腹痛いわ。しばらく、そこで大人しくしていろ」
アドルフの凄まじい剣幕に何も言えないマルク達。そこへ、オイゲンやユルゲン、ベルントとリノアが駆けつける。
「ちょっと、アドルフ。私達の切り札候補を殺さないでよ?まあ、その偽物王子にどれだけ価値があるかは分からないけど。それにしても、まさかこういう事になっていたとはね」
「おい、僕が偽物とはどういう事だ。説明しろ、貴様ら」
「黙っていろと言っている!リノア、ようやく来たか。命令書は持ってきたか?」
ヴィクトルを無視したアドルフの問いかけに、リノアはうなずく。ベルントからバロル大公の変心の報告を受けたリノアは、バロル大公の領地をすぐに離脱。潜伏していたドラーム陸軍の諜報員に伝え、本国の命令書を貰ってから王都へやって来た。
「ええ、持ってきたわよ。バロル大公への援助は中止。速やかにアレサ女王とヴィクトル王子を確保せよとの事よ。ノルディン連合王国に侵攻すべく、ドラーム陸軍2師団を向かわせるそうね。王子様、自分のしたことを後悔するといいわ。ノルディンは大国による草狩り場になる事が確定よ」
「ば、馬鹿な。ドラーム帝国軍の海上輸送をエルゲースとフラシアの海軍が黙って見てるものか。それに、お祖父様が貴様らを許す訳もない。今に、ノルディン軍が駆けつけてくるぞ」
ヴィクトルの言い分はもっともである。エルゲースとフラシアはノルディン連合王国と同盟を組んでいた。今回の内乱に際し、アレサ派に助力を惜しまないと言質は取っているのだ。
「失礼ながら、ヴィクトル王子殿下。その約定はアレサ女王陛下がいてこその物であります。バロル大公でも王子殿下でも、かの国々は助けますまい。アレサ女王陛下のいないノルディンなど、取引したい国ではないのでありますからな」
ユルゲンはリノアに頼み、ドラーム帝国本国にいる父と連絡を取っていた。父親からの手紙にはノルディン王家に伝わる醜聞が書かれてあった。そして、この事は各国の王家や指導者は知っているという。
「何せ、ヴィクトル王子はバロル大公と先代王妃の間に出来た不義の子ですからな。先代のノルディン王は、その事を知っていたようですぞ。もし、アレサ女王を無理矢理退位させた場合、この事を公表して欲しいとおっしゃっていた。ヴィクトル王子、どうしましたかな?」
「ぼ、僕がバロル大公の息子だって?嘘だ!そんなこと、僕は信じないぞ」
未だ強弁するヴィクトルに、オイゲンが首を横に振る。
「残念ながら事実のようですな。先程、宰相閣下へお伝えしたら、無念の面持ちで亡くなりましたよ。どうやら、知っていて黙っていたらしい」
オイゲンに続いて、リノアが更に追撃する。優秀な姉の後ろで何もしていないうえ、思い上がったヴィクトルを嫌悪したからだ。
「イェーガー大佐が各国の上層部がヴィクトル王子の秘密を知っていると伝えたら、絶望していましたよ。ヴィクトル王子、貴方が偽物と言う理由。お分かりになりましたか?」




