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左遷からの成り上がり  作者: 流星明
第3章 ノルディン内乱
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第54話 裏切り王子

「外部との連絡がとれない?」


アレサが執務室で書類に署名をしている所へ、近衛隊長マルク=オルドウィンがそう報告する。物腰柔らかい優男の印象が強い彼だが、その戦歴は凄まじい。15才で軍に入隊。対ロマルク戦線において、狙撃兵として敵の将校を次々と射殺していった。特筆すべきは、4年前。ロマルクとノルディンの戦争において、将校100人近くを狙撃。その技量から、雪原の狩人の異名を持つまでになった。その功績により、平民でありながら近衛隊長の地位を与えられている。


「はい、警察署や軍務省等の省庁を始め、無線や電話がどこにもつながりません。アレサ様、どう思われます? 私としては最悪の事態を想定しましたが‥‥」


マルクの問いかけに、アレサは士官学校時代の授業を思い出す。大規模な通信手段の切断は、軍隊の行動に間違いない。しかも、首都でそれを行うとするならば、1つしか可能性は考えられなかった。


「クーデターか。でも、対外的にはこちらが優勢のはず。機を読み間違える者がいたというの? マルク、王子と共に脱出準備を‥‥」


その時、宮殿に轟音が響く。どうやら、砲弾が着弾したようだ。同時に兵士の喚声が聞こえ、銃声や怒号に加え、悲鳴が響く。しかも、それは徐々に近づいてきていた。


「大変です、アレサ様! 我が方の兵の一部が王都を制圧。味方と敵が分からない状況に陥っています。『アレサ女王を捕らえろ』と叫びながら、こちらに向かって来ている部隊があります。直ちに撤退を!」


「分かったわ。皆逃げるわよ、急いで!」


伝令兵の報告を聞いて、アレサは即座に行動を起こす。近衛兵を動員し、脱出に取りかかる。対応の遅れは死を招く。それを知っているアレサの動きは早い。ものの10分もせぬ内に宮殿を車で脱出した。周りを近衛連隊が護衛しながら進む。


「姉様、どこに向かうんですか? 味方が誰なのかも分からない、この状況で」


現状に不満な面持ちを見せるのは、ヴィクトル=ディレール王子。先王が2年前に崩御し、本来なら国王になるべき人物であった。しかし、若年という理由でアレサが女王に即位。5年後に王位継承を行う予定である。線が細く、病弱な為に今は亡き王妃を心配させていた。


「確実なのはノルディン海軍とロマルク帝国軍ね。一部を除いて陸軍は信用出来ない。まずは、軍港ベルンを目指しましょう。あそこならノルドフェルト元帥がいるし、もうすぐレオ君も来るわ」


レオナルドの名前が出た事に、ヴィクトルは苛立ちを覚える。ロマルクから帰国してからも、アレサの思いを寄せる男性はレオナルドであった。愛しい姉を奪わんとする男への嫉妬は、ヴィクトルにある決断をさせてしまっている。


「姉様、車を止めて下さい。大勢は決しました。バロル大公に降伏しましょう」


拳銃を懐から取り出し、アレサに向けるヴィクトル。助手席にいた近衛兵が動こうとするのを、アリサは手を上げて止める。その顔には、怒りがにじんでいた。


「‥‥ヴィクトル、やっぱり貴方が大公と通じていたのね。ある時期を境に、対応が後手後手に回るのを感じていたわ。内偵を行っても怪しい人物が誰も出ない。なんて、おかしいと思ったわよ」


「僕だけではありませんよ。近衛隊の半数以上は僕の指揮下にあります。姉様に従うのは、今やマルクのような堅物ぐらいです」


アレサが見れば、マルクら数人を除いて近衛隊の者達が銃を自分の車に突き付けられていた。マルクは、悔しそうな顔を見せながら銃を捨てている。


「ヴィクトル、この先どうする気なの? バロル大公は対立していた私達を殺すか、幽閉する位の事はするわよ。それを知っての振舞いかしら?」


「姉様。宰相であるお祖父様は、バロル大公と和睦をするようです。10年間はバロル大公が王になり、その後は僕が王になる。そういう約束を取り交わしました」


「‥‥よくバロル大公が受け入れたわね。宰相一派もろとも、私達を片付ければ1番楽なのに」


内乱をするまでに対立していた派閥が手を組む理由が分からないアレサ。ヴィクトルはその理由を語る。それはごく最近の出来事がきっかけであった。


「ドラーム帝国の失態ですよ。イザベッラ姫の暴走と同盟の崩壊、バロル大公が方針転換をするのには当然の理由です。そして、姉様。貴方はやり過ぎた。改革を急ぐあまり、貴族達をないがしろにしたのは、まずかった。お祖父様達が危機感を持つのは当然でしょう。そろそろ、ローデン准将が迎えに来ます。姉様には、しばらく休んでもらうと言ってましたよ」


ヴィクトルの言葉を聞き、全てを理解するアレサ。自分の行動により、バロル大公と宰相の利害が一致したのだ。アレサは改革を断行し、貴族ではないマルク等の優秀な人材を登用。既存の政治の仕組みを大きく変えようとしていた。それを面白く思わない宰相が、バロル大公と手を組んだのだ。


「私のしてきた事は何だったのかしら? 国の為に戦ってきた3年の月日は無駄だったの。そして、私が父様に託された思いは‥‥」


ため息をつき、脱力感に苛まれるアレサ。そんな姉の気持ちを考えず、ヴィクトルは胸を反らす。


「心配せずとも、僕が王位を引き継ぎますよ。むっ? どうやら、ローデン准将が来たようだな。姉様、車を降りましょうか」


ヴィクトルに促され、アレサが車を降りようとしたその時、マルクが大きな声で叫ぶ。近づく兵士達が、銃を構えたからだ。


「全員臥せろ!!」


マルクの切迫した声を聞き、アレサはドレスが汚れるのを気にもせず、地面に伏せた。










ヴィクトルは、ローデン准将の死とオイゲン達の接近に気付いてません。バロル大公と宰相の計画は既に破綻しています。

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