第5話 初任務先への道のり
軍用トラックの車列が山中を走り続けた。トラックが20台に指揮官車1台、護衛の軍用車が10台の陣容だ。新緑の木々に覆われた山々は、平和であればハイキングを楽しめるだろう。しかし現実は、と言えば‥‥。
「ヤルステイン少尉、少し遅れているぞ! 敵は待ってはくれない。急げ!」
先頭を走る指揮車の中で、レオナルドは通信機を片手に、部隊へと指示を送る。舗装もされていない山道を行くので、どうしても車列が乱れてしまう。木の根や石等にタイヤがとられ、トラックが山の木々とぶつかりそうになった事が、既に何度か起きている。
ハンドル操作を誤れば、木にぶつかるか崖に落ちるかだ。生死の境を綱渡りしながらの運転に、皆のストレスは極限に達していた。
「分かってますよ! ったく、人使いの荒い隊長ですな。ゼリシュ中尉、生きてますか? 先程から窓を全開にして、顔を出していますけど?」
「うぷっ、は、吐きそうだ。もう少し速度を落としてくれ、ヤルステイン少尉」
「無理ですなあ。速度を緩めたら、機関銃で蜂の巣にされますぜ。相手は軍用車に機関銃乗せて走ってるだけだから、足が速い。ゼリシュ中尉も2階級特進はしたくはないでしょう?」
ボルフは、最後尾のトラックの運転席で苛立ち紛れにそう答えた。グレゴールに至っては、車酔いのせいか助手席で憔悴しきっている。
しかも、苦しんでいるのはグレゴールだけではない。トラックや軍用車に揺られる兵士の3割が車酔いで倒れている。だが、彼ら以上に苦しんでいる人物がいた。
「隊長、後部座席の副官殿が気絶しそうですが‥‥。どうします、速度を少し緩めますか?」
「‥‥エシェンコ大尉、耐えてくれ。この状況では速度を落とせば、死あるのみだからな。スタンコ少尉、速度は維持してくれ」
「了解です。しかし、このままだとまずいのでは?」
運悪く敵の哨戒網に捕捉され、追われるレオナルド達。起伏の激しい山道を全速力で飛ばした結果、これである。戦場経験が少ないグレゴールやアーンナは、気絶寸前になっていた。その様子を見て聞いたエルザは、速度を落とすかを再度レオナルドに尋ねる。
「死ぬ、死んじゃう‥‥。 レオ君、スピード落としてええ!」
「いや、物資を味方に届ける事が最優先だ。車酔いに苦しむ者達には悪いが、耐えてくれとしか言えない。飢えた将兵達をこれ以上待たせたくないからな」
「そ、そんなあ。うっぷ、おえええっ!!」
窓に顔を出していたアーンナの口より、噴水の如く吐瀉物が放出された。それは、すぐ後ろにいたトラックのボンネットに見事に付着する。運転していた兵士が眉間にしわを寄せて彼女をにらみつけた。生死がかかってる中で吐瀉物をまかれたのだ。怒るのは当然の事である。
「‥‥吐いちゃった。フロントガラスに当たらなかったのが幸いか。エシェンコ大尉、タオルならシートのポケットにあるので使ってください。くれぐれも車中で吐かないで下さいね。においますので」
「ううっ、ごめんなさい。無理、こんな激しい揺れは無理なのおお」
アーンナが音をあげる中、後方からはドラーム帝国の部隊が迫っていた。エルザがバックミラー越しに見れば、銃弾が直撃しているトラックもある。しかし、致命的なダメージは何とか受けていない。約1名、女として致命傷を受けた者はいるようだが。
帝都から出て3日という短期間で、リブニクまであと1日の場所まで到達している。本来は1週間程の時間がかかるも、昼夜兼行して何とか時間を短縮して見せた。全ては前線部隊の危機的状況をレオナルドが考慮しての事だ。
「隊長、そんなに前線の戦況は厳しいんですか?」
エルザの問いにため息を出しながらも、レオナルドは情けない帝国軍の実情を語り始める。貴族出身の将兵の腐敗が進んでいるせいで、あたら兵士が死んでいる現状を。
「残念だがスタンコ軍曹、輸送隊はことごとく敵に捕捉されている。基地に到達したとしても味方が横領してるせいで、ほとんどの物資が前線に届いていないのさ。報告によれば、物資不足のせいで前線では餓死者が出てる程だ。なんとしても、この物資は届けたい」
「くそ貴族ですね。そんな奴は死ねば良いのに。隊長、私に彼を殺すよう命じて下さい。絶対に見破られない殺し方を知ってますので」
「いや、スタンコ少尉。既に策は立ててある。ブレディエフ大佐を追い詰める策をね。だから安心して私に任せてくれ」
グレゴールに調査してもらうと、呆れた事に5割程の物資が横流しされている。首謀者は、リブニク基地司令デミトリ=ブレディエフ大佐。軍務大臣を務めるブレディエフ公爵の次男で、横領で稼いだ金と実家の権力によって、その地位を得た男である。
横流しして得た金は、道楽と趣味に使い続けていたようだ。この事が明るみに出た結果、ブレディエフ公爵家は取り潰され、公爵は死を賜った。
その事をまだ基地にいるデミトリは知らない。近く憲兵隊が捕まえる予定だと、苦労人の上司からレオナルドは聞いている。だが、そんな愚者を生かす道理など無い。故にレオナルドは彼を葬る策を立てていた。
「ヤルステイン少尉。彼らはレーム少将の陣中に着いた頃かな?」
レオナルドは通信機でボルフに確認をとる。彼に命じ、ある策を実行させていたのだ。彼は豪快に笑いながらレオナルドに答える。
「ハッハッハッ、着いたと思いますよ。今頃、あのじいさんは激怒して、基地へと殴り込みに向かってるでしょう。怒らせると怖いですからな、レーム少将閣下は」
「そうか。貴族軍人の腐敗が目に余る昨今。彼らを潰す糸口になれば幸いだ。この策、上手く行けばいいのだがな」
前線の司令官であるアレクサンドル=レーム少将は、敵味方から戦鬼と恐れられている。苛烈な攻撃を得意とし、敵の部隊や要塞を短時間で粉砕する闘将として名高い。そんな彼に、真正面から戦おうと言う勇者など、そうはいないはずだった。
だが、今回は最悪の形で喧嘩を売った愚か者がいる。レオナルドは少将にデミトリの横領を知らすべく、部隊から何人かを軍使として彼の下に派遣していたのだ。
「では我らも敵を振り切って、その舞台に上がるとしよう。スタンコ軍曹、スピードを上げろ。全員、このままリブニク基地に突っ込むぞ」
「「「了解!!」」」