第45話 皇帝と魔王 前編
ミハイルは私生活が悲惨です。子供や后達が権力闘争をするわ、遊びまくるわ、事件を起こすわで泣きっぱなし。
そんなミハイルが信頼してるのが、娘のソフィーとその夫であるウラディミルです。
「ウラディミル、成功したようだな。全く、困った娘だ。イダルデ王は愚かにも程があるな。災厄を次々と生み出す娘を作り出したのだから」
「陛下、これでイダルデ解放軍は力を失いましょう。更にギレブー王国は、親ロマルク派が盛り返しています。トルド帝国も同盟離脱に傾きつつあり、ロマルクにとって有利な状況になりました」
客船沈没から1週間後。ロマルク帝国帝都の離宮にて、ミハイルとウラディミルが会談を行っていた。イザベッラ暗殺を仕掛けたのは影の騎士であり、ウラディミル自身が指揮をとっていたのだ。イザベッラの読みは、間違っていなかった訳である。
イザベッラの暴走はドラーム帝国に多大な損失を与えた。ギレブー王国では、彼女の無軌道な行動を聞いた宰相が激怒し、第1王子を担ぎ上げ反乱。王妃であるイザベッラの妹と現国王を幽閉してしまう。
「ふっ、反乱の格好の口実を与えたからな。ギレブーの元国王らは、表舞台には2度と戻れまい。トルド帝国はどうなっている?」
「イブラヒム殿下は、呆れ果てた様子でしたな。『ドラーム帝国には付き合いきれぬ。我が国は同盟離脱を本気で検討する』と言って、帰国してしまいましたよ」
トルド帝国はドラーム帝国を見切り、フラシア共和国に近づいている。更に意外な動きをし始めた。
「皇帝陛下、トルド帝国はロマルク帝国との和平を望んでおります。条件はバルケニア半島全土の支配を認める事と5年間の不可侵条約締結との事ですが、いかが致しましょう?」
「まあ、良かろう。しかし、バルケニア半島は民族が入り乱れており、統治は難しい。そこをあえて欲しいとは、何か理由があるのか?」
「何でも先々代の皇帝からの遺言だそうです。バルケニア半島を押さえ、エウロパ諸国に侵攻する事を望んでいたようですから。現実はバルケニア半島の併呑が精一杯。それで手を打つつもりなのでしょうな」
ロマルク帝国にとって、バルケニア半島は必要性が無かった。反乱の多い事に加え、国土が荒廃しきっている。トルド帝国と係争していたルーメリアは、唯一安定した国であった。先の敗戦で領土の半分を失ったが、バルケニア半島の制圧を目論んだ勢力の失墜と言う副産物を産んだ。反対派だったウラディミルは、容赦なく彼らを潰し、ようやくイダルデ半島制圧を願い出る。
「陛下、イダルデ半島を獲る時期が来ました。ノルディン連合王国とトルド帝国とは和平。ドラーム帝国は政治的混乱に陥りましょう。豊かな大地と弱すぎる解放軍。攻略すれば、ロマルク帝国の食糧問題も改善出来ると考えます」
皮肉にも、マルコ=フォンターナが言っていた理由そのままであった。それに気付いた皇帝だが、決断を下す。
「分かった。ノルディン連合王国との和平がなった暁にはイダルデを奪おう。ところで、ウラディミルよ。ボリスをどう見る?皇太子として相応しいと思うか」
ミハイルは、和平の全権大使たるボリスについて尋ねる。ウラディミルはため息をついて、首を横に振った。
「‥‥話にもなりませんな。上手く装っていますが、それは皇后様や義父であるポリチフ公の力添えがあっての事です。陛下の娘たる私の妻も言いますが、皇太子殿下は直情径行に過ぎます。脇が甘い所も有りますな。かのブレディエフ大佐とは危ない遊びをする仲でした。妖精狩りと称し、帝都で少女を誘拐してたようで。その後は皇后様やポリチフ公に相当絞られたようで、大人しくなったようです」
誘拐された少女は30人を数え、彼女達は体を弄ばれて捨てられた。本来なら泣き寝入りだったが、デミトリが捕まった事で事態が急変。彼女達には見舞金が支払われ、家族には手厚い援助が与えられた。口止め料なのは言わずもがなである。全ては考え無しの皇太子のせいであった。
「我が息子ながら情けない。今回の任務、奴には重すぎるかも知れん。失敗した時は廃嫡も考えねばならんか。しかし、余の息子達ときたら不出来な者が多い。イザベッラ姫のように、世界に恥をさらさないからまだ良いがな。これからのロマルク帝国が心配になるわ!」
「ご安心下さい、陛下。希望の光はあります。皇子殿下もレオナルド=フォンターナを見て、学んでくれるとありがたいのですがね」
ウラディミルが言うのは、第4皇子であるアレクセイの事である。彼から見て、政治に興味を示さない第2皇子と芸術にしか興味を示さない第3皇子は、最早眼中に無い。
「アレクセイか‥‥、あやつも分からぬ所があるからな。イワンは無類の戦好きで、バルトスは芸術にしか興味はない。やれやれ、我が帝国も前途は多難だな」




