第36話 オイゲンの報告
「以上がアレサ=デュレールとの会談の内容であります。ドラーム帝国に対する怒りが、言葉の端々からにじみ出ておりました。女王がここまで言ったのは、ノルディン連合王国内に我が帝国に対する不満があり、それが大きいからだと小官は愚考致します」
「ノルディン連合王国が同盟より離れるのは確定という訳だな。イェーガー大佐、アレサ=デュレールの人物をどう見た?」
「ルーテンドーフ中将閣下。アレサ=デュレールは、先を読んで行動しております。ドラーム帝国が報復出来ぬよう、エゲレース王国とフラシア共和国を味方に引き込みました。我々が迂闊に軍を動かせば、両国が背後から攻め込みましょう。もっとも、彼女は更に恐ろしい事を考えているようですが」
アレサとの会談の翌日。オイゲンは陸軍参謀長オスカー=フォン=ルーテンドーフ中将に対し、アレサに関する報告を行っていた。モノクルを左目にかけた初老の男は、アレサの思惑を知って、大いに警戒する。戦場では無く外交でドラーム帝国に対抗しようと考え、見事に包囲網を形成して見せた。そして、アレサの考えと話を読み解いていけば、次に何をするかは分かる。
「イェーガー大佐。ロマルク帝国との同盟もアレサ=デュレールは考えているのだろう? 周辺の3大国が全てドラーム帝国の敵になる訳だ。その知謀、全く恐るべき女よな。だが、何もせず我々も手をこまねいている訳にもいかん。そこで、だ。‥‥ヒューレンフェルト大尉、入りたまえ」
「はっ、失礼します。」
オスカーに呼ばれ、部屋に入って来た男は小男であった。しかし、ただ者ではないとオイゲンは察した。その大きな黒い瞳は自信と野望に満ち溢れており、初めて会ったオイゲンを値踏みするように観察している。初めて会う男だが、オイゲンはある人物を思い出す。
(この威圧感は、エルザ=スタンコ軍曹に似ているな。だが、彼女を炎と例えるなら、こいつは闇だ。何もかも呑み込み、消してしまう闇。恐ろしい男だな)
オイゲンが考えを巡らせていると、オスカーがその男を紹介する。
「アドルフ=ヒューレンフェルト大尉だ。彼は、新たに創設した特殊部隊の隊長でな。今回の作戦で、君の部隊と合同任務を行う。作戦内容は、アレサ=デュレールの暗殺だ」
敵国の為政者の暗殺という内容に、さしものオイゲンも絶句する。失敗、あるいは成功したとしても自分達の仕業と露見すれば、ドラーム帝国の名に泥を塗るに等しい任務だからだ。
「な、何と。しかし、下手をすればドラーム帝国の名は地に落ちます。エウロパ諸国に、我が国と戦う大義名分を与えかねませんが」
「もちろん、我らの仕業とは気づかせんよ。ノルディン連合王国のバロル大公とは話がついている。彼は近々、反乱を起こすからな。その反乱に我らも参加する。義勇軍の名目でだ。意味は分かるな?」
反乱の手助けが任務と知り、気乗りしないオイゲン。しかも、バロル大公は優秀ではあるが、人を人と思わないところがある。下手をすれば、自分達が使い潰されてしまう可能性が高い。
「ルーテンドーフ中将閣下。バロル大公に利用され、何も得る物が無い。という危険も考えられます。危険が大きいのではありませんか?」
「イェーガー大佐。確かにこの任務は厳しいものです。ですが、成し得ればノルディン連合王国をドラーム帝国に引き戻せましょう。バロル大公は親ドラーム派ですし、ノルディンの陸軍のほとんどがドラーム帝国のシンパです。海軍の連中はアレサ女王陛下を支持していますが、陸上戦力は少ない。勝てる見込みはあります」
アドルフの説明は的を射ていた。アレサの行動を面白く思わない勢力が実は多い。貴族の中でも6割がドラーム帝国支持派だ。陸軍はロマルク帝国と戦争し続けていたのに加え、軍事演習等でドラーム帝国と交流も深い。戦力的には、彼女を打倒する事は可能である。オイゲンは、アレサの言葉が現実になるのを残念に思いながらも私情を捨てる。
「ふう、やらなきゃならんか。ルーテンドーフ中将閣下、戦力は小官とヒューレンフェルト大尉の隊だけでしょうか?」
「ああ、そうなる。出来ればドラーム帝国の存在を隠したいからな。軍服と武器等は、準備してあるノルディン製を使用してもらおう。この作戦は今後の戦局を左右する。オイゲン=イェーガー大佐、並びにアドルフ=ヒューレンヒェルト大尉。くれぐれも、よろしく頼むぞ!」
「「はっ!」」
敬礼して答える2人。こうして、ドラーム帝国によるノルディン連合王国への軍事介入が始まる。
ヒューレンフェルト大尉の登場です。彼は、ある人物がモデルですが分かる人は多いはず。




