第35話 帝国に忍びよる落日
「アレサ様。何故、ドラーム帝国を切ったのでしょうか?我がドラーム帝国の軍事力は未だ強大です。貴国にとっても不利益をもたらすと思いますが」
「‥‥不利益ですか? 確かにドラーム帝国を敵に回すのは、国家戦略上悪手でしょうね。でも、同盟を解消するのは必然だったわ。どこかの帝国は、我が国の窮地に援軍を派遣するどころか、物資の納入を催促しましたからね」
「それを言われると辛い。あの時は、フラシアの英雄アルベール=ボルナットのせいで、西側戦線が抜かれそうでしたから。幸い、こちらもヴィルヘルム=モルト大将閣下を引っ張り出して何とか引き分けに持ち込みましたがね」
アレサが言うのは、4年前のサールド島攻防戦の時の話だ。サールド島は、バレット海に浮かぶ小さな島である。しかし、ノルディン、ロマルク両国のほぼ中間に位置するこの島。どちらかの国が基地化に成功すれば、安全保障面で危機をもたらす。そんな島をロマルク帝国が制圧せんと軍を動かしてきたのだ。
ノルディンとロマルク双方の陸海軍が、1ヶ月近くにわたり激戦を繰り広げる。勢いと物量に勝るロマルク帝国に対し、苦戦を強いられたノルディン連合王国は、ドラーム帝国に援軍を要請した。
「確か、うちの軍部の連中は拒否しましたな。結果、サールド島は失陥してロマルク帝国に基地化された。おっしゃる通り、敗北したノルディン連合王国に我が国は鉱物資源の供給を命じております。ですが‥‥」
「ええ、フラシア共和国とロマルク帝国の戦線が厳しかったのは分かってます。ただ、鉱物資源の供給は同盟の対価として支払われるもの。貰うものを貰うだけで、義務を履行しない帝国を信じろと? オイゲン=イェーガー大佐」
オイゲンは困る。あまりにドラーム帝国のやり方がまずすぎて、フォローのしようがない。かといって、何も言わないのは駄目だ。相手の言い分を認めてしまう事になる。
「アレサ様、お怒りはごっともです。とはいえ、自国の都合を優先するのは世の常。悔しいのであれば、力を‥‥。ふっ、俺とした事がとんだ愚問でした。その為にドラーム帝国を切ると決めたんだからな」
「イェーガー大佐、本来の口調に戻りましたね。ええ、ノルディン連合王国を強国とする為に、私はエゲレース王国とフラシア共和国との同盟を選んだ。仮に私が道半ばで倒れても、後に続く者が現れる。そう信じて私は前へと進むだけよ」
エゲレース王国とフラシア共和国は、ノルディン連合王国に対して既に支援を開始している。軍艦や武器の提供、食料等の物資も渡していた。ドラーム帝国との同盟よりは信頼出来る状況に、アレサは自信を見せた。
「覚悟は本物のようですな。了解しました。その言葉、皇帝陛下にお伝え致しましょう。今日は突然の訪問にも関わらず、ありがとうございました。また、お会い出来ればと思います」
「ええ、貴方なら歓迎するわ。次に会うのは戦場かしら? そうならない事を願っているわ」
オイゲンは思う。彼女は為政者として、まごう事なき名君であると。その名君に自分の国が見限られた。ドラーム帝国の軍人として、オイゲンは不安に感じる。
(この国は大丈夫なのか? まずは、ルーテンドーフ中将閣下に報告だな。間違いなく荒れるだろうなあ。政治家と軍人の何人かの首が飛ぶのは間違い無いし、戦略も1から練り直さねばならん。しかし、あのイザベッラ姫はドラーム帝国に災いを巻き起こすな。これ以上、何も起こらなければ良いが)
こうして、アレサとオイゲンの会談は終わった。ドラーム帝国は、未だ混乱の中にある。この混乱が新たな戦いを生むのだが、それにはオイゲンとレオナルドも巻き込まれてしまうのだった。
次回。オイゲンが軍上層部に呼び出され、ある人物と出会います。




