第2話 卒業論文の余波
『兵站を無視した戦争は自殺行為である。やたら精神論を振りかざし、兵站を蔑ろにする愚かな軍人も多い。そのような輩は何も持たせず、敵の前に放り出せば良い。身をもって、その意味を知るだろう』
レオナルドが書いた士官学校の卒業論文『兵站軽視に対する警鐘』は、発表されると賛否両論であった。過激すぎる内容に、喧々囂々の議論が軍内部で繰り広げられた。
『なんと軟弱な。それでも帝国軍人か。気合いが足りん! 気合いが!』
『この意見は間違っていないな。うちの隊長、物資管理が下手すぎなんだよ。このままじゃ、いつか兵士が飢え死にする』
『馬鹿者、足りない時は略奪するのだ。物資が到着するまで、悠長に待てるものか!』
『途中で物資を横領する愚か者が多い。兵站線を確保しても、取り締まらねば意味がない。取り締まりの強化が必要かと』
軍上層部でも話し合われ、御前会議においても意見が別れた。陸軍の長たるブレディルは、レオナルドの意見を基にして皇帝へ提言する。皇帝も兵站の重要性を認め、その意見を採用。現在、兵站部隊に資金と人材を投入し、部隊の強化に努めている。
「君の意見は最もだ。略奪は戦後の占領政策に悪影響しかもたらさん。物資不足を気合いでなんとかしろと言う、馬鹿な精神論も害悪だ。しかしだな。兵站部隊には、極めてやっかいな問題がある。それが分かるか、フォンターナ少尉?」
「貴族の子弟が、後方任務が安全だからと志願する。その傾向が強く、数も多いのが主な問題と愚考致します。物資を横領する不届き者も出てきており、規律を正さねばならない時が来たかと考えますが」
毎年帳簿と物資を調べるのだが、多くの基地で物資の数が合わない。貴族の士官が軍の物資を商人に売り、利益を得る事が大きな原因である。取り締まろうにも監察官すら抱き込んで、うやむやにする輩も多く、軍務省は頭を抱えていた。口の悪い者は『無能と盗賊の集まり』や『軍内部の恥部』とまで言う。
「分かっているのなら話が早い。現在の状況を打破すべく、物騒な論文を書いた張本人を兵站部隊へ送りこむ。上官たるスダール少将に、馬鹿と直言が出来る蛮勇と強靭な精神力があれば大丈夫だろうからな。階級は大尉だが、特務大尉。中佐相当の権限を持たせる。何か質問はあるかね?」
途方に暮れるような話を聞かされ、レオナルドは戸惑う。だが、ここで簡単に受け入れる訳にもいかない。うまい話には裏があるのが世の常だからだ。
「階級が特務大尉なのは何故でしょうか? それに、処分と言いながら昇進しておりますが?」
レオナルドの質問に、不敵な笑みを浮かべるブレディル。その質問は予測してたと言わんばかりの態度だった。
「簡単な事だ。兵站の改革を行って欲しい。いずれは、全てをひっくり返しても構わん。責任は私が持とう。あの論文で、軍内部を混乱させたのだ。更に今回の件で、士官学校の関係者も多くの教官が処分されている。『この若造に、軍の秩序の何たるかをしっかり教えたのか?』との声が多くてな。自分の言った事は責任を持つ。当然の事と思うが?」
「確かに小官の行った事は蛮勇であります。しかし‥‥」
「しかしは無しだ、フォンターナ特務大尉。貴官は本来であれば、上官に対する反逆で銃殺されても文句は言えん。だが、とある筋からの助命の命令と国民からの人気の高さが貴官の命を救ったのだ。受けねば、最前線で一兵卒として働いてもらう。質問はあるかね?」
レオナルドは逃げ切れないと判断し、命令を受け入れる事にした。懲罰での最前線送りは死を意味するから当たり前だ。だが、やるからには妥協しないのが彼の性格である。
「大将閣下、恐れながら申し上げます。任務を受けるにあたり、お願いがございます。私の申し上げる人物を部下に加えて頂きたいのです。出来ないとおっしゃるなら、諦めますが‥‥」
ブレディルは苦笑する。その言葉を聞いては、無理だと言えない。なかなか喰えぬ男だと思うが了承する。
「では、まず‥‥」
レオナルドが挙げる名前を聞いて驚くブレディル。何故なら、問題のある人物だらけだったからだ。とはいえ、この難事は彼ら以外に適任な人物はいないだろう。
「分かった。彼らには辞令を出す。それとワシからも人を出すゆえ、副官として使うと良い」
「監視と状況報告の為にですか?」
渋い表情を浮かべるレオナルドに、ブレディルは笑う。意図を見抜くのが早い事を称賛する気持ちと、彼の表情を崩した事への喜びの笑みである。
「ふっ、お目付け役を付けるのは当然であろう? 今回の任務はリブニク基地への物資輸送だ、表向きはな。真の任務はリブニク基地司令デミトリ=ブレディエフ大佐を捕らえる事だ。どうやら軍事物資を着服し、金に変えておる。そのせいで前線に物資が届かず、味方が疲弊しているそうだ。皇帝陛下の怒りは凄まじく、極刑に処すと息巻いておられた。必ずや生かして連れてこい!」
レオナルドはため息をつく。スダール少将に続き、ブレディエフ大佐は皇太子派の軍人である。つまり、次代の皇帝となる人物の味方を2人も潰す訳だ。心証を著しく害するのは目に見えている。とはいえ、命令とあればやるしかない。
「誠心誠意、任務に邁進致します。名誉挽回の機会を与えて頂き、ありがとうございました」
「よろしい。では、フォンターナ特務大尉よ。健闘を祈るぞ。多くの勲章をもぎ取って来い。ただの生意気な小僧なのか、英雄たる器なのかを帝都から見守っている」