第25話 悪意ある嘘は、最悪の形でばれるもの
嘘を嘘で覆い隠してきたアーンナの末路です。
「これより、アーンナ=エシェンコ少尉の査問会を開始する。エシェンコ少尉、前へ」
軍務省内にある会議室。軍法会議が行われる場所にて、アーンナの査問会は始まった。レノスキー少将に促され、彼女が証言台の前に出る。エルザによって破壊された鼻にはガーゼが貼られ、とても痛々しい。だが、居並ぶお歴々は冷めた目でアーンナを見つめていた。
「とんだ恥知らずだな。さすが奴の娘だけの事はある」
「やはり、女性士官など重用すべきでは無かったのだ」
「さしものゴルバ大将閣下も今回の人事は後悔しているようですな」
ブレディル=ゴルバ陸軍大将に至っては、苦虫をかんだような表情浮かべている。彼女をレオナルドに推薦したのは自分の責任。その後悔と自分の人を見る目の無さに怒りを覚えていたからだ。
「さて、エシェンコ少尉。パーヴェル=ルイシコフ中尉の件、最早言い逃れは出来まい。あと、君には余罪もかなりあるようだ。特に悪質なのは、士官達に金銭をばらまき、ゴルバ陸軍大将へフォンターナ中佐の部隊に自分を配属させるよう進言させたと聞く。間違いないか?」
アーンナが士官の買収を行っていたと知り、ざわめく人々。そんな状況でも彼女はまるで動じない。
「何の事か分かりませんわ。証拠はありますの?」
この態度は予測済みだったのだろう。レノスキー少将は嘲笑した上で、アーンナに決定的な証拠を突き付ける。それは確実に彼女の嘘を暴ける代物だった。
「なら、これは証拠になろう? エシェンコ少尉に買収された士官の自白の記録に加え、君の実家から提供された買収に使った金の総額が書かれた記録だ。金額は一致してるし、双方の証言も得ている」
提示された記録を見て、青ざめるアーンナ。実家であるエシェンコ商会の記録まで持ち出されては、もはや反論の仕様がない。だが、ここで認める訳にはいかない。罪が確定してしまうからだ。
「エ、エシェンコ商会が出すはずないわ。こんなのでたらめよ」
「残念だが、君はお父上に見限られたのだよ。『私に娘はいない。煮るなり焼くなり好きにしろ』と言われたが?」
アーンナの父、ヨシフ=エシェンコは1代で財をなした成金である。強引な取り引き手法と人を人と思わぬ言動から、敵は多い。しかし、商人としての才覚はあり、帝国内の農産物を6割近くを取り扱う大商人である。機を見るに敏な男は、娘アーンナを切り捨てる事でエシェンコ商会に与えるダメージを少なくしたのだ。
「嘘よ! お父様が見捨てるなんて。私は言われた通りに動いていたわ。『英雄たる男を捕まえろ。エシェンコ商会の発展に役立つ』からと。それなのに‥‥」
「奴が言いそうな事だな。だが、エシェンコ少尉よ。娘の君も知っていよう? ヨシフは、無能を容赦無く切り捨てる事を。つまりは、そういう事じゃ」
アレクサンドル=レーム少将は、ヨシフとは同郷で士官学校の同期でもある。そんな彼の性格をアレクサンドルは熟知していた。娘でも害になれば見捨てるだけだ。
「‥‥違う違う違う違う違う! 私は無能なんかじゃない。私はエリートよ。スタンコ少尉やルイシコフ技術中尉よりも上なの! レオ君の隣は私の物なのよーー!」
「こ、こら。暴れるな! おい、鎮静剤と拘束具を持ってこい」
「は、はい」
「触るなああ! 私の体を触って良いのはレオ君だけなのよ!」
狂ったように叫び出すアーンナを憲兵達が取り押さえる。レノスキー少将は、ヒステリーを起こすアーンナに頭を抱えながらも処分を告げる。
「アーンナ=エシェンコ少尉。副官の任を解き、君を軍務省の記録室送りとする。‥‥この状況では、まず病院か?」
「あはははは。お父様、レオ君、助けに来てええ。私は何の罪も犯してないのよ。本当よおお!!」
「隊長、鎮静剤です。それと拘束具を持ってきました」
「よし、全員で取り押さえろ。鎮静剤を射つ」
アーンナはしばらく暴れていたが、鎮静剤が効いたのか大人しくなる。憲兵達によって抱えられ、部屋から連れ出されるアーンナ。こうして、彼女の描いた野望と出世への道は閉ざされた。後に、彼女はある大事件を引き起こす事になる。しかし、それはまだまだ先の話。
アーンナはしばらく退場です。後で再登場の予定。




