第19話 イダルデ王国の悲劇
レオナルドの祖国の話です。彼は祖国の王族や貴族に憎悪を抱いてます。
「‥‥まず皆様に訴えたいのは、私がイダルデ出身である事であります。そして、イダルデ王国の滅亡を目の当たりにしました。ロマルク帝国に敗退後、イダルデ王国は国力を消耗。ロマルク帝国の侵攻に怯え、明日をも知れぬ命に国民は怯えていたのです」
今は亡き祖国の過去を静かに語るレオナルド。しかし、ある事を思い出して声を荒げる。怒りと憎しみを内包したその声は、謁見の間にいる全員を驚かせた。
「だが、貴族どもは変わらぬ生活を送り続けた!! 貧苦にあえぐ国民を放置して。それを見た国民は彼らに失望し、救いの手を共産主義に求める事になる。人々は希望を求め、当時危険思想家として弾圧されていた共産主義者に政権を委ねました。しかしながら、それは地獄の始まりだったのです」
「さもあろうな。奴等は扇動や行動力は伴ってはいる。しかし、統治能力や実務能力等は皆無に等しい」
共産主義者にとって、王や貴族は搾取の親玉だ。怒りと憎悪の対象とはいえ、王族や貴族の人数は多い。数万単位の人間を処断するのは、国際的にも非難を浴びてしまう。
主だった者達の処刑で済ますだろうとエウロパの国々は考えていた。ところが、予想外の事がイダルデで起きる。共産主義者達による暴走により、多くの人々の命が奪われた。
「ベリート=サヴォナオーラ。共産主義者として名高い男に率いられた国民は、王や貴族を女子供関係なく容赦せずに殺戮した。サヴォナオーラは恐怖政治を行い、粛清の嵐をイダルデ全土に広げ、多くの国民の命を失わせてしまう。結局、生き残った貴族達と裏社会による共同戦線が起こした反乱によって、サヴォナオーラ率いる共産主義勢力は倒されたのです」
「‥‥確か、最期は生きたまま火をかけられたと聞く。奴のせいで、イダルデ王国の貴重な資料や財物等が全て失われたからな。余としても、それらを燃やしおった奴の死は喜ばしい事であったが」
火刑に処されたサヴォナオーラ死後、貴族達はイダルデ解放軍を組織。代表に元王女たるイザベッラ=エマヌエールを迎える。しかし、王族や貴族は国民の支持をほとんど失っていた。求心力などまるで無い。むしろ憎しみや怒りの感情に満ち満ちていた。
また、裏社会の者達を政権から追い出した為に彼らの反乱や騒乱も各地で起きている。彼らはなかなかに手強く、簡単に制圧出来ると思っていたイダルデ解放軍は対応に苦慮している。現在の状況では、イダルデ半島統一ですら夢のまた夢であろう。
「現在、ロマルク帝国は他国を制圧した土地の上に君臨しております。ロマルク帝国民以外の人々が愛想をつかせば、帝国はイダルデ王国以上の速さで瓦解しかねません。故に、ゼリシュ中尉やヤルステイン少尉が上奏した改革は絶対に成し遂げねばならない。私はそう考えております。全てはロマルク帝国の安寧の為に!」
「た、たかだか特務大尉風情が国の大事を語るなど図々しいにも程があるわ!」
「そうだ。我々は支配者なのだぞ! 何故、奴等に媚びる必要がある。イダルデとロマルクは違うのだ!!」
「ふん、所詮は青二才の言う事です。かの論文を書いた事といい、スダール少将を‥‥」
「静まれっ、この愚か者どもが!! いつ、余が口を開いて良いと言った!?」
「「「ひっ、ひいい! お、お許しを!!」
レオナルドの指摘は、ロマルク帝国が抱える問題の根幹を示していた。貴族の横暴が続けば、征服したはずの民族が立ち上がる可能性が出てくる。そうなれば、ロマルク帝国は内と外に敵を作ってしまうのだ。困難な状況を想像できたミハイルは、難しい顔をしてうなった。
「‥‥このような認識を持つ愚者が多いようでは、帝国の存亡に関わりかねんな。速やかなる改革を余が約束しよう。しかし、フォンターナ特務大尉。イダルデ王国の民たる君が、何故ロマルク帝国に仕えた?」
「知れた事です。旧イダルデ王国の領土のうち、まともに統治がなされているのは、ロマルク帝国の地域だけでした。チロム、トリデンテ、ヴィレティアの3つの地方に住む人々は、平穏と安寧を享受出来ております。だからこそ、私はロマルク帝国中枢へ入り、イダルデの民を可能な限り救いたいと考えたのです」
ロマルク帝国以外の領土はマフィアや傭兵等の支配地域が多い。イダルデ解放軍が抑えているのは、旧王都ローナがある中央イダルデ地方だけに過ぎない。
その他の地域に住む国民は、抗争に巻き込まれて死ぬか、全てを奪われ飢えて死ぬかの二者択一を常に迫られる生活を送っている。ロマルク帝国の領域がイダルデ全土に広がれば、状況を改善出来るとレオナルドは考えた訳だ。
「そうか、祖国の事を思ってな。だが、1国民であるそなたが考える願いでは無い。フォンターナ特務大尉、君は王族ないし、貴族の出身なのではないか?」




