第18話 平民士官の叫び
「次は、ボルフ=ヤルステイン少尉だな。顔を上げよ。ふむ面構えは、さすが歴戦の勇士よ。かなりの功績を挙げていると聞いているぞ。余が勲章を与えてからも精進を怠らなかったようだな」
「はっ、ありがとうございます。しかしながら、その功績は私だけの力ではありません。部下達の助け無くば、ここまで生きてこれなかった。そう確信しております」
ボルフにとって、数多くの死線をくぐり抜けた仲間達は大切な存在だ。だが、そんな彼にとって許せない人々がいた。貴族出身の将兵である。彼らは平民であるという理由だけで、ボルフ達を死地に追いやった。功績は自分達の物にして、失態はボルフ達に押し付ける。それが何度も繰り返されてきたのだ。
故にボルフは皇帝に対して物申す機会をうかがっていた。今がその時である、彼は勇気を出して話し出す。
「恐れながら。陛下の御前という機会を得ましたので、上奏したく存じます。お許し願いませんでしょうか?」
「ヤルステイン少尉! 不敬である控えよ!!」
「さよう、さよう。たかが平民出身士官の分際で畏れ知らずよな。礼儀をしらないと見える」
エルザに続き、前代未聞の事態に騒然となる人々。その中心たる貴族将校達が騒ぐのを手を上げて制するミハイル。その声音には怒りが多分に含まれていた。
「やかましいわ! 誰が貴様らに発言を許した!! ‥‥構わぬ、許すぞ。言いたい事は大体分かるがな」
「はっ。まず言いたいのは、貴族出身の将兵全てが悪ではありません。優秀な方もいらっしゃいます。ですが、特権を盾にして悪さをする輩も存在している。この是正をすべきであると考えます」
「‥‥で、あろうな。先に吠えた馬鹿どもは、その典型であろう。分かった、まずは奴等を処分しよう。なに、レノスキー少将が調べたら叩いても叩いてもほこりが出る有り様だからの」
ボルフの言葉にミハイルはうなずく。前々から自分が考えていた改革の1つだからだ。貴族将校達は青ざめ、先程までの意気軒昂ぶりは一瞬で失われた。
その様を苦虫を噛み潰した表情で見たミハイルは、ボルフの隣にいるグレゴールにも声をかける。彼も貴族に言いたい事があると思ったからだ。
「グレゴール=ゼリシュ中尉、そなたも思う所はあろう。顔を上げ、申してみよ」
「はっ、では申し上げます。ボルフ少尉の申し上げた通りでございます。貴族将校は、今回の件で国民に思われております。『合法的な盗賊のごとき輩ではないか?』と。その印象を払拭すべく、速やかなる改革が必要と愚考する次第であります」
「ブレディエフ大佐のやった事は、言い訳など聞かぬ大失態よ。ふん、これならば皇太子と共に妖精狩りをしていた時に極刑に処すべきだったわ! ‥‥誰だったかな? 『将来性がある人物なので許して欲しい』と言ったのは」
ミハイルの言葉に、宰相や皇太子は大量の冷や汗を流していた。彼らがかばった事を知る者達は、軒並み失笑と嘲笑の笑みを浮かべている。今回の件で皇太子の派閥は面子と権威を大きく失墜する事になるのは間違いない。
戦場と兵坦。戦う場所は違えども、貴族出身の将兵に苦労させられたボルフとグレゴール2人の言葉は重かった。ミハイルは改めて改革の遂行を決意する。
「言いたい事をはっきりと言いおるわ。確かに、今回の事件は諸国に恥をさらした。ブレディエフ侯爵の一族は、横領した物資の返還を命じよう。貴族の爵位と領地返上はすませているが、更なる重荷を背負ってもらう。さて、レオナルド=フォンターナ特務大尉。顔を上げよ、先の2人以上の言葉を期待するぞ」
「‥‥はっ。されば、申し上げます」
レオナルドは、部下2名を見てため息をつく。どうやら、示し合わせて上奏を行ったらしい。こっそり右手で親指を立て、レオナルドを鼓舞している。覚悟した男は語り始めた。自分の祖国イダルデ王国が滅亡した原因を。自分が軍人として戦う理由が、どこから生まれたのかを。
ボルフとグレゴールは、皇帝に上奏しようと前から企んでいました。国民を虐げる貴族に怒りを覚えていたからです。




