第16話 不毛なパレード
お待たせしました。
帝国暦1856年4月18日。帝都に帰還したレオナルド達を待っていたのは、凱旋パレードであった。確かに横流しの首謀者たるブレディエフ大佐とロッテハイム准将を捕らえた。
その功績はあるものの、リブニク一帯を失った失策を鑑みれば、とても喜べる事態では無い。敗北を覆い隠す為に作られた英雄。彼らはそれを演じなければならないのだ。
レオナルド、アーンナ、グレゴール。そして、ボルフとエルザ。彼ら5人は馬に乗り、周囲を隊員達が行進していく。彼らの姿が見える度に、民衆の熱狂的な歓声が帝都に響いた。
レオナルドは不満を隠しながら必死に笑顔を作る。その状況を理解している隊員は、レオナルドに同情していた。ただ、目立ちたがりのアーンナだけは無邪気に喜んでいて。
「皆様、我々はロマルクとドラームの悪の根源を倒しました。これで、戦局も好転していくでしょう。ロマルク帝国軍により一層の応援を。そして、英雄レオナルド=フォンターナ特務大尉をよろしくお願いします!」
「若い英雄さああん! これからも頑張ってええ!」
「憎きドラーム帝国を倒してくれよ!」
「皆さん、我々戦士連盟も応援してます! 英雄達に栄光あれえ!」
多くの人々が、アーンナの言葉に万雷の拍手と歓声を送る。調子に乗って選挙のような演説をするアーンナに、エルザは怒りを覚えた。手綱を動かしてアーンナの馬に寄せると抗議を行う。
「エシェンコ大尉、言い過ぎです! 今回の戦いで戦局が劇的に変わる訳じゃありません。それと隊長は英雄と呼ばれるのを嫌がってます」
「そんな事無いわ。今回の件でかなりの貴族将校達が降格される。そうなれば、皇帝陛下は平民の将校を昇格させるしかないわ。優秀だけど平民出身なのが原因で登用されない事例は多かった。ようやく軍は正常化されるのよ」
今回の功績の重要性をアーンナは熱く語る。だが、エルザには分かってしまった。いくら言葉を重ねても、彼女の望みが透けてみえてしまう。
「自分の出世に障害が無くなった。そう言う事でしょう、エシェンコ大尉? 隊長が英雄扱いされて喜ぶのは、恋人候補の男に箔がつくからですよね?」
「なっ!?」
エルザの指摘に絶句するアーンナ。自分の欲望を全て言い当てられたからだ。今まで脳筋と侮っていたエルザに、彼女は初めて警戒感を抱く。
(この娘、危険だわ。いずれ、排除しなきゃいけないわね。私の薔薇色の未来、邪魔されてなるものですか)
アーンナがエルザを敵と見なすのをよそに、凱旋パレードは未だに続く。エルザはレオナルドの側に馬を寄せ、小声でささやいた。
「レオ、本物の英雄になればいい。また帝都で凱旋パレードすれば、今日のパレードは笑い話になる」
「そうだな。ありがとう、エルザ」
「どういたしまして。暗い顔は隊長に似合いませんから。では、失礼しました」
そう言うとエルザは自分の持ち場に馬を戻し、作り笑顔を浮かべて嫌々ながらも民衆に手を振る。その様子を見たレオナルドは本当の笑顔を取り戻した。
(やれやれ、部下に心配をかけてしまったか。上官としては、まだまだだな。とはいえ、少し気分が良くなった。ありがとうエルザ)
レオナルドとエルザの様子を見ていたボルフは、隣にいたグレゴールに声をかける。その表情は少しにやついていた。
「ゼリシュ中尉殿。エルザを見ていてどう思われますか? 最近、隊長に気を使っている事が多くみられましてね。こりゃ、もしかしたら春が来たんじゃないかと」
「‥‥スタンコ軍曹が恋をしているか。貴官が言いたい事は分かるな。人間、恋をすると生き生きとするものだ。現に彼女は笑顔が増えているし」
グレゴールは2人を見ながらレオナルドに感心する。彼女は男を寄せ付けない。むやみやたらに口説いて病院送りにされた男は数知れずだ。そんなスタンコ軍曹の心を溶かした彼は相当な大人物に違いないと思い始めていた。
「まっ、ここは俺達年長組が手助けしましょうや。エシェンコ大尉殿も隊長を狙っているようだが、どうもいけすかないんですよ」
「それは私も同感だ。彼女の噂は聞いているが、あまり良い話を聞いた事が無い。記録室務めの私の所にまで悪評が聞こえてくる程だ」
特に女性兵士達の評判が悪く、かつては兵士であったグレゴールの妻の友人達からも愚痴を聞いたものだ。男達に仕事を割り振り自分は仕事をしない。上官から叱責されれば嘘泣き。あげくにその上官の更に上の上官に泣きついて、叱責した者を左遷させる等々だ。
「エシェンコ大尉は優秀ではあるが、性格にかなりの難ありと見ている。このままでは、いずれ‥‥」
「そこのお2人! もっと笑顔を見せなさい。‥‥まったく、折角のレオ君の晴れ姿なのに」
「「‥‥やれやれ、仰せのままに愛想を振りまきますかね」」
そう言って、男2人は満面の笑みで民衆に手を振り出す。だが、強面のおっさんとボサボサ髪の男のそれはインパクトが強すぎたらしい。子供が泣き、民衆は顔をひきつりながらも拍手と歓声を上げる。それを見た2人はパレードが終わった後で、かなり落ち込んでしまうのだった。




